気ままに

大船での気ままな生活日誌

ミツバチその後

2010-05-31 09:55:56 | Weblog

今朝の朝日もとてもうつくしかった。

朝散歩で、必ず、この桜の木で足を止める。今日もミツバチが元気で働いていた。


このミツバチの巣をみつけたのは、5月5日だった。その日のブログにも、下の写真をつけて紹介した。ミツバチをいじめないでね、というやさしい張り紙が幹に貼ってあった。ただ、ぼくはある心配をしていた。小中学校PTAのモンスター父兄の存在だ(笑)。あぶないから殺虫剤を撒けなんて、学校や市役所にいいつけるかもしれない。



でも、その後、何事もなく平和な日々が続いた。ところがである。5月14日、桜の幹に市役所の警告板がとりつけられたのだ。いかにも市役所らしい非人情的文章だった。やっぱり、ピリ辛ぼけなすの中華風マリネの母親(父親かもしれないが)が市役所に告げ口したのだ。市は、はいわかりました、と言ったけど、心やさしい張り紙をみて、殺虫剤だけは撒けない、中をとって、注意文だけでがまんしてもらおう、と思ったのにちがいない。



その後、ボケなす中華風マリネは、そんななまぬるいことでは、許せない、市民離脱も辞さないと迫ったんだけど、鳩さぶれ市長は、5月末まで決めるから待ってと、殺虫剤散布決行はとどまった。そして期限の5月末になった。

結局、市の警告文は取られ、その代わりにミツバチ擁護派のりっぱな看板が建っていた。擁護派が市に反撃したに違いない。よかったね、ミツバチくん。

字が読めないから、拡大しますね。



その後、ボケなす中華風マリネ夫人が鎌倉市民離脱をしたかどうかは知らない。

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源氏山から海蔵寺へ

2010-05-30 18:39:50 | Weblog


今日は鎌倉芸術館で小津安二郎の映画会があった。麦秋と秋日和の名品二本立てで、是非みたいと2週間ほど前、券を買いに行ったが、すでに完売とのことで、残念であった。で、麦秋の候、源氏山に登った。通常は小津安二郎の住んでいた、北鎌倉の浄智寺脇の山路から入ってゆくが、今日は、映画を観られなかったので、へそを曲げて(笑)、梶原口から登った。緩やかな坂でこちらの方が年寄り向きだ。

大分濃くなった緑の中、静かな山路を登るのはいいもんだ。漱石なら、山路を登りながら哲学的なことを考えるだろうし、芭蕉なら、句のひとつやふたつ頭に浮かぶだろうが、ぼくは、ただただ、山路に咲く、山紫陽花や卯の花やユキノシタの小花をみて、それだけで十分満足だ。なんと頂上にたどり着くまで、誰一人逢わなかった。こんな天国がどこにあろうか、と思う。

源氏山の頂上近くの”天国”には源頼朝がいた。アベックがなかなかイケメンね、それに若いし、と言っていた。たしかにそうだ。中井貴一が頼朝役をしたことがあるが、そんな感じだ。その像の横に、タイムカプセルが埋められているそうだ。1999年、頼朝没後800年に”21世紀・鎌倉への想い”の小中学生や市民の入選作文で、2050年に開けられるそうだ。

そして、すべりそうな化粧坂(けわいざか)を、ゆくっりと降りてた。伏流水がどこからともなく流れてきて、下の方の坂はいつも水びたしだ。この写真は上の方で、そうでもないが、800年以上も前と、ほとんど変わらぬ形状の切り通しで、頼朝も登り降りした坂だ。


化粧坂を降りると、海蔵寺はすぐ近くだ。花の寺らしく、さつきやカラーは見頃になり、苔石に生えているイワタバコが蕾を膨らませていた。そして、いつかサライの表紙を飾った、白花菖蒲と松葉牡丹のコンビも、蕾を膨らませ、はや花を開かせている松葉牡丹もあった。






海蔵寺は、”初夏日和”であった。

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又兵衛絵巻と北斎・広重風景版画の名作

2010-05-30 11:28:33 | Weblog


熱海のMOA美術館で”又兵衛絵巻と北斎・広重風景版画の名作”展が開催されている。MOAは岩佐又兵衛コレクションが充実していて、今回も華やかな”浄瑠璃絵巻”が展示されているというので、楽しみにしていた。加えて、ぼくの好きな、北斎の”冨嶽三十六景”、広重の”東海道五十三次(保永堂版)”まで公開というのだからこたえられない。遠くまで(とは言っても、東海道線で1時間で来てしまうのだ。それに駅から美術館までバスがしょっちゅう出ている)来たかいがあった。

北斎、広重はいつでも見られるが、江戸時代、浮世絵又兵衛と評価の高かった、又兵衛の作品はめったにみられない。最近では東博で”洛中洛外図屏風(舟木本)”を観たが(でも東博では作者不詳としている、美術史家のあるボスが浮世絵又兵衛を認めないのに基因しているのだろう)、すばらしい作品だった。

さて、今回は絵巻ものである。それも12巻すべての展示で、もちろん全部開くことができないから(1巻が11メートルもある)、それぞれの巻の名場面が開かれ、ガラス越しに観ることになるのだ。”浄瑠璃物語”というのは、義経と浄瑠璃姫の恋物語で、金売吉次の刀持ちとなって、陸奥へ下る途中の牛若丸が、長者の家の浄瑠璃姫を見染め、その夜契りを交わす。その後、旅の途中、牛若は殺されるが、追いかけて来た浄瑠璃姫の落とす涙で生き帰り、牛若は彼女を大天狗の背負わせ、家に戻らせる。ところが母親が彼女の行動に激怒し、彼女を殺す。それを知った牛若が、彼女を成仏させ寺を建て、母親を殺す。そして平家をほろぼす、大筋はこんなところである。この物語は人形芝居になり、その後、発展した”浄瑠璃”は、この物語の題名からきているとのことだ。

絵巻物は、達筆な物語文のよこに、又兵衛工房の絵が描かれているいう構図である。とにかく色彩の鮮やかさには驚かせる。まるで、1,2年前に描いたような新鮮さだ。余程、保存状態がいいのだろう。そして、舟木本のときも感じたが、とにかく、人物(こんどは女人が多いが)一人ひとりの顔の微妙な表情、衣装の模様も細かい模様にまで手を抜かず描かれている。それぞれの人々のひそひそ話、笑い声、悲痛なうめきまできこえるようだ。

圧巻は、第4巻、四季の段、姿見の段、枕問答の段、そして第5巻、大和言葉の段、精進問答の段、御座うつりの段、だろうか。牛若は浄瑠璃姫の館に招き入れられ、対面し、夜契りを交わす場面のあたりである。姫の部屋の東西南北に四季折々の草花が描かれた障子、枕屏風や襖の絵模様、姫の麗しい衣装、それぞれ単独に、拡大して展示して貰いたいようなうつくしさであった。ここでは、その一部の、牛若と姫の対面の場を紹介する。



大変、満足し、次の部屋に移った。驚いた、又兵衛の作品がまだまだあったのだ。展示は絵巻物だけだと思っていたので、とても得した気分だった。竹の椅子に座り竹の杖をもつ晩年の”又兵衛自画像”その横に”岩佐家系譜”、そして、官女図、楊貴妃図、伊勢物語図、寂光院図、柿本人麻呂・紀貫之図である。それらのほとんどが重要文化財である。電車の中で、新潮日本美術文庫”岩佐又兵衛”(藤浦正行著)を読んでいたが、それらの作品のほとんどが載っていたので、以下に紹介する。今度は、ぜひ”山中常盤物語絵巻”も展示してほしいな。これもMOA所蔵なのだ。

又兵衛自画像と官女図

寂光院図(建礼門院が読書している)と柿本人麻呂・紀貫之図

楊貴妃図


そして、次の展示室は、北斎の”冨嶽三十六景”、広重の”東海道五十三次(保永堂版)”。数えたら(汗)、三十六景中25作品が、そして53次中29作品が展示されていた。赤富士、神奈川沖、山下白雨そして、蒲原の雪景色、庄野の雨、名作はみんな入っていた。


午後1時半頃、見おわって、美術館のレストランに行ったら、長蛇の列。すぐ山を下りて、熱海駅前の蕎麦屋に。ひさしぶりに、ソ連(ソバ連)の杉浦日向子さんみたいに、ソバ屋で昼酒してしまった。熱海の芸者さんがソバにいてくれればもっと良かったんですが
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影絵のような景色

2010-05-29 08:05:00 | Weblog
平家物語受講の道すがら、第2段(笑)

大船駅に向かう川沿いの桜道。おまえ、花だけだはなく影もきれいだな。赤い道のおかげよ。桜ちゃんは謙虚だな。ゴルフもじょうずだし。



足利フラワーパークの藤のようだな。

広重の”はしあたけの夕立”のようだな。実物はただの雑草だけど。

おまえも、実物より影の方が見栄えがするな、自転車さん。

浄明寺辺りの歩道。影だか模様だかよく区別がつかないな。いずれがあやめかかきつばただな

おまえらはチームワークがいいな。いい構図だ。岡田ジャパンだいじょうぶかな。

竹の寺の山門近く。苔緑の木陰、みどりの滝のようだな。

竹林。影よりこもれびの方がめだつかな。

竹の寺の仏像さんの影。本当のいうと、棟方志功の作品。十大弟子だったかな。その内の、お三方。

。。。

今日はこれから熱海のMOAへ。又兵衛と北斎と広重に会ってきます。本当は影の女性に会いたいのだけど(爆)。
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墨絵のような夜明け

2010-05-28 10:59:06 | Weblog
墨絵のような夜明けでした。まだ4時台。



朝日を撮ろうとしたのですが・・・
つい、うとうとと

起きたのは、6時半。もうお日様はとっくのムカシに。

でもいい天気で良かったな。午後からは平家物語。これから、散歩がてら出掛けます。
(ツイッターって、これくらいの文字数でいいのかな。はじめてみるかな)



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長谷散歩

2010-05-28 09:35:46 | Weblog
鎌倉山の棟方板画美術館の帰り、長谷の光則寺と長谷寺に寄ってきた。お目当ては、もちろん山アジサイ。光則寺には約200種の山アジサイがあり、この季節には必ず訪ねている。少し、早いかなと思ったが、もう見頃に近づいていて、満足した。ほとんどが鉢植えで、境内の小路の両脇、いたるところに可憐な花を咲かせている。九州生まれや東北生まれやと、”お国ことば”丸出しの、多様性が何より好ましい。ただ、ふと自生地では、みな採掘されてしまっているのではないかと心配にもなる。













長谷寺に回った。ここは鎌倉紫陽花寺ご三家のひとつで、6月のシーズン中は阿修羅さま並みの待ち時間となる。今はまだ修学旅行生の生徒たちで混みあっているが、待ち時間はゼロである。アジサイ山は、ほとんどが開いていなく、山あじさい系の、いくつかがブルーの花をみせてくれているだけだった。ここでは、カラー(海芋)がお目当てだった。池の周囲に咲く、純白なカラーは、鎌倉では一番の見どころだろう。一部、衰えかけたものもあったが、多くは、そのうつくしいい姿を水面に映していた。また、海のみえる上段の、本堂近くに、見頃の、紅色のカルミアを見つけたのもうれしかった。さすが、花の寺だ。









長谷寺では、こんなにいい天気だったのに、大船駅から家に向かう途中、ぽつりぽつりときたのには、驚いた。東京では土砂降りだったらしい。

。。。

長谷寺の前のうどん屋さんで新メニューのちらしがあった。”華麗なるうどん”で850円。カレーうどんだそうだ、なかなかうまいネーミングだ。実はその日の昼食は鎌倉駅ビルのお店でカレーうどんを食べたのだ。次回のアジサイ見物は、”華麗なるうどん”だ。

近くの骨董屋さんのショーウィンドーに、斑唐津茶碗と、先日根津美術館でも観た、李朝三島の菓子蜂が置いてあった。ワイフにみやげという値段ではなかった(汗)。

長谷駅前では、どら焼き屋さんが新装開店していた。ワイフはどら焼きが大好きで、これなら、お小遣いで買えそうなので、一番小さな包みのをおみやげにした。
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大船フラワーセンター 薔薇見頃

2010-05-27 17:59:11 | Weblog
大船フラワーセンターの薔薇園が見頃になりました。以下、昨日(26日)の写真です。


マリアカラス

ラブミーテンダーとラブユーの姉妹


蔓ばらも華やかに


展示室では”山アジサイ展”が。もうアジサイの季節ですね。

たくさん写真を撮りましたが、代表で、熊本の”黒紫”。

”さつき展”も。


どうぞ、大船フラワーセンターにおでかけください。鉄砲百合がお出迎えします。龍馬の鉄砲だぜよ


恐がらないで、松田聖子ちゃんの赤いスイートピーもお迎えしますよ。熊が出るかもしれませんが。


好きよ今日まで 
逢った誰より
I will follow you 
あなたの生き方が好き
このまま帰れない 帰れない
心に春が来た日は 赤いスイートピー

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ポーラ美術館の日本画/杉山寧を中心に

2010-05-27 10:42:12 | Weblog
箱根に遊んだとき、ポーラ美術館にも寄った。ちょうど、日本画展があったからだ。ポーラのオーナー鈴木常司は、40年かけて、フランス印象派、エコール・ド・パリ等の西洋絵画を中心に、一万点近く美術品を蒐集してきたが、その中に、多数の日本画も含まれている。今回、それらの中から前後期合わせて、約120点が特別展示されている。開館初の日本画展だそうだ。

”杉山寧、不朽の名作「水」を中心に”のサブタイトルが示すように、杉山寧の作品が圧倒的に多い。鈴木が好んだのか、パトロンになっていたのかそれは知らない。杉山は”私は純粋絵画という言葉に強くあこがれる、画面から情緒的なもの、文学的要素も排除する、自分の作品を造形主義と呼ばれるのもそのせいだろう”と述べているが、そうゆう目でみると、たしかに、そんな作品が多いと思う。

ぼくは、杉山寧の描く裸婦が好きで、とくに、今年はじめ山種で観た、渓流の岩場に身体を横たえる”響”が好きだが、杉山の裸婦は、あまり艶やかさみたいな感じは受けず、なんだか、うつくしい姿態の人魚をみているようだ。たしかに”造形的美”なのだ。この展覧会では残念ながら、ひとつの裸婦をみることができなかったが、その代わり、衣装をつけた裸婦(笑)や、花鳥や魚、静物や景色などをたっぷりみさせてもらった。

ちらしの表紙を飾った”水”(題名が一字のものが多い)。1962年エジプト旅行したときの印象を描いた。ナイル川を背に水甕を頭にのせて歩く、黒い衣装の美女。こちらをみて笑みを浮かべているようだ。画面下部と上部の土色は砂漠であろう。印象に残る、とてもいい絵だった。

さまざまな色の鯉が、さまざまな方角にむかって泳ぐ、それでいてバランスのとれた構図と色。水にも黒い影が模様のように配されている。こういうのを”写実と抽象の融合”というのだろうか。

杉山は富士山も描いていた。二点展示されていたが、赤富士の方を。


本展覧会は、第一部:横山大観とその周辺、第二部:杉山寧 純粋絵画への道、第三部:東山魁夷と日本画の旅情、第四部:平山郁夫 源流を求める旅 の構成展示になっている。それらの中に所蔵品(一部、東山魁夷館所蔵)の、 横山大観、川合玉堂、小林古径、安田靫彦、前田青邨、福田平八郎、福田平八郎、山本丘人、東山魁夷、杉山寧、山辰雄、加倉井和夫、横山操、平山郁夫の作品があるので、日本画が好きな方には、見どころ満載である。

前田青邨の、紅梅白梅の”春暖”が、とても暖かったし、東山魁夷は彼らしい作品”緑の湖畔”には心が休まったし、今年はあちこちでみた平山郁夫の、”イラン高原を行く”のロバに乗った母娘のこちらに向けた眼差しもとてもやさしかった。

緑の湖畔

イラン高原を行く


杉山寧の裸婦はみられなかったが、常設展で、すばらしい裸婦と半裸婦(笑)にお目にかかり、とても嬉しかった。どちらも、名作で、黒田清輝の”野辺”と岡田三郎助の”あやめの衣”だ。あやめの季節にいいものをみせてもらった。

野辺

あやめの衣


ポーラ美術館の前庭にひめしゃら林があるが、ひめしゃらも、あやめの衣に負けない美肌だった。こちらは安心して触らせてもらった(爆)。

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”清方門下の新版画”を聞く

2010-05-26 08:49:19 | Weblog
昨日、午後から鏑木清方記念美術館で”清方門下の新版画”という演題の講演会があることを知り、出掛けた。新版画は、いつか江戸博で”よみがえる浮世絵/うるわしき大正新版画展”を観てからフアンになった。大正時代、版元、渡辺庄三郎が、江戸の浮世絵技法の木版画の復活を願い、大正時代から昭和の初めにかけて、多くの版画家を育て、とくに、その中には、鏑木清方門下生が多かったのだ。伊東深水、笠松紫浪、山川秀峰、小早川清、鳥井言人、そして川瀬巴水と錚々たるメンバーがそろっている。だから、渡辺庄三郎がいなければ、大正新版画という分野は存在しなかったかもしれない。

今回の演者は、その庄三郎を祖父とする、渡辺章一郎さんだった。現在も、銀座8丁目の並木通りで渡辺版画店を開いている。テレビ番組の”なんでも鑑定団”の鑑定士もされているそうだ。お話しも、面白かったし、パワーポイントで、100以上の歴史的新版画をきれいな映像でみることが出来たし、とても満足した。

”新版画”誕生のきっかけが、外国人(カベラリー)による実験的な15点の風景、美人、大首絵、花鳥の作画だったというのが面白い。当時は西洋崇拝時代で、古い木版画などは、日本人は見向きもしなかったが、外国人がその良さを認め、自分でつくってみたのだった。そのあと、英国人のバートレットが”金も出すが口も出す”で、自身で原図を描き、彫師や刷り師に注文をつけ、新版画の水準をあげていった。”横浜根岸の雪”なんか、とてもいい作品だった。演者が、日本人って、外国人が認めないと動かないとこがあるんですよね、と言っていたが、たしかにそうゆうところは多々ある(笑)。

庄三郎は、日本向けというより、むしろ海外輸出を目標とした。”芸術”よりビジネスを優先した、売れ筋4種のラインナップ、美人画(古今東西、男性の最大の興味は女性;爆)、役者絵(イケメンで女性をターゲットに)、花鳥画、風景画(誰でも好む)が当たった。そして、つぎつぎと新たな版元も生まれ、前述の、鏑木門下の優秀な画家達も参入し、作品の”芸術度”も上がり、新版画隆盛期を迎えることになる。ざっと、こんな話だった。

一方、ミーハーなぼくには、こんな話も面白かった(汗)。朝丘雪路さんに聞いた話しだそうだが、お父さんの伊東深水はお酒を飲まないが、兄弟弟子の川瀬巴水は普段はとっつきいくい人柄だが、お酒を飲むと愉快になり、顔を真っ赤にしていたので、雪路さんは”蛸のおじさん”と呼んでいたそうだ(笑)。この話を聞いて、ぼくは、巴水がさらに好きになってしまった。

巴水の絶筆となった”平泉金色堂”は、売り物にせず、葬儀のときに関係者に配っただけだそうである。その作品が、テレビ番組の”なんでも鑑定団”に持ち込まれ、演者が鑑定し、100万円という値をつけたそうだ。そのあと、問い合わせが相次いでびっくりしたそうだ。偶然、ちょうど巴水の命日にそのテレビ収録が行われたそうだ。

たくさんの映像の中に、江戸博でも出品されていたものも、いくつもあった。たとえば、橋本五葉の”浴場の女”。これは、なんと400万円もするそうだ。また、深水の最初の新版画”対鏡”は600万円の値がついているそうだ。

小早川清作 ”ほろ酔い”。新版画を代表する作品のひとつで、新版画コレクションで知られる、ミュラーが、まるでパリジェンヌだと評した傑作である。

川瀬巴水の作品は多数紹介された。東京十二ヵ月/三十間堀の暮れ雪、東京十二題/春の愛宕山、ポスター”JAPAN"(ほとんど消滅したが、渡辺店の蔵に一枚残っていたそうだ)、春の雪/京の清水、東京二十景/芝増上寺、馬込の月、まためずらしい美人画”ゆく春”など、いいものがたくさんあった。

巴水の”清洲橋”はこの講演には出てこなかったが、ぼくの絵ハガキコレクション(汗)の中にあったので載せておこう。

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もう、八重どくだみが おんめさまにて

2010-05-25 22:27:49 | Weblog
おんめさま(大巧寺)の八重どくだみが、もうこんなに咲き始めていた。
近所の、道端のどくだみの花が急に開いてきたので、もしかしたらと、訪ねてみた。
そしたら、もうこんなに。もう、すぐ六月だもんね。




においばんまつりも。
三社祭も済んだしね
デモ、臭いがきつすぎるね。
デモ、青と白、朝青龍と白鵬、横綱級だね。 デモ、相撲界、また、きなくさいね。 ♪デモはデモでもあの娘のデモはいつもはがいいじれったい早く一緒になろうと言えばデモデモデモと言うばかり有難や有難や有難や有難や♪




山アジサイの季節だね。 七変化。♪有難や有難や有難や有難や酒を呑んだら極楽行きと思うつもりで地獄行きどこでどうやら道まちがえてどなる女房の閻魔顔有難や有難や有難や有難や♪どっかの党みたいやな



ああ、眠い。では、おやすみなさい。
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