気ままに

大船での気ままな生活日誌

なるほどザ宝戒寺

2017-01-25 08:48:59 | Weblog

おはようございます。

宝戒寺には銘木の枝垂れ梅がある。最近、勢いがなくなって、心配しているのだが、前日に初優勝を決めた稀勢の里の”稀なる勢い”をつけてやろうと、22日に訪ねた。稀勢のように、ほれぼれするようなりっぱな体格だ。

まだ、咲いていないようにみえるが、どれどれと探してみると、二輪ほど咲いていた。初花がみられて、これは春から縁起がいいわい。それに、花芽も去年より多く、勢いを盛り返してきたようだ。稀勢の里効果だ、よしよし。

さて、”なるほどザ宝戒寺”は、この枝垂れ梅のことではなく、本堂前の立て看板からはじまった。

聖徳皇太子大祭/大護摩とある。この日、午後1時から。ぼくが到着したのは午後3時頃で、すでに終わっていた。

聖徳皇太子?そういえば、境内にはお堂がいくつもあるが、あのお堂は、聖徳太子を祀る太子堂だったはずと近づいた。

たしかに聖徳皇太子とある。まさしく太子堂だ。

聖徳太子といえば、建築業者の神さま。ふと、紫の垂れ幕を見ると、”鎌倉建設連合会”の文字が。


そのとき、はたと思い出したことがあった。正月4日、ここで、鳶職の方々のはしご乗りに偶然出くわした。境内に鳶職組合の慰霊碑があり、その前での、はしごのりだったのだ(その日、八幡宮の手斧初式のあと、初参りに来られたようだ)。ただ、何故、この慰霊碑が宝戒寺にあるのか、そのときは、考えが至らなかった。

太子堂があるからなのだ。なるほど、ザ宝戒寺!太子堂のあるところは、鎌倉ではたぶんここだけ。川崎にある、うちの菩提寺にもある。同じ天台宗だが、太子と関係があるのかもしれない。

2017年1月4日の鳶職のはしご乗り↓

鳶職組合の慰霊碑

聖徳皇太子(16歳)の絵馬が太子堂の前の石塔に架けられていた。

お祭りのかがり火がまだ残っていた。

聖徳太子の命日は2月22日だが、ここでは新年早々の月命日に聖徳皇太子大祭が施行されるとのこと。来年は、式次第を拝見したい。そう思って、帰宅したら、ローカルニュースで、この通称、太子講の様子が放映されていた。ぼくのあそびのかみさまのご配慮にはいつも感謝している(笑)。

太子堂の前で祈願するご住職と職人のみなさん。護摩を炊いて読経し、木遣唄などを奉納する。

いろいろ見聞したことが、後日、なるほど!と繋がってくるのは、とても楽しいことである。

この旗は日章旗と並んではためいていたが、何の旗であろうか。きっと、いつか、なにかと繋がると思う。覚えておこう

福寿草が咲き始めていた。

それでは、みなさん、今日も一日、寒さを物ともしない福寿草のように、お元気で!


(今朝の富士山)

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