ダーリン三浦の愛の花園

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明日のためにその196-デヴィット・ボウイ(David Bowie)

2016年01月12日 | 音楽
音楽界の巨星堕つ。

今朝、新聞の朝刊を持つ私の手が震えた「デヴット・ボウイ死去」新聞の一面にそれはあった。ジョンレノン射殺事件以来のショックを私は受けた。

デヴィット・ボウイは1947年にイギリスで生を受ける。
音楽好きの父親の影響で、幼い頃から様々な音楽に影響を受ける。
1967年音楽界デビュー、その後1971年グラムロック全盛期に「スパイダーズ・フロム・マーズ」を率い、傑作アルバム「ジギー・スターダスト」を発表。ロック界に大きな衝撃を与え、このアルバムはNMEの選ぶ1970年代傑作アルバムの第一位に輝く。
その後話題のアルバムを次々と発表「時代がボウイに追いつくのはいつの日か」がキャッチフレーズになるようになった。
そして1983年、スマッシュヒットとなった「レッツ・ダンス」を含むアルバム「レッツ・ダンス」を発表。一躍表舞台に復帰した。
その後1983年、バンド「ティーンマシーン」を結成。2年ほどで解散に至るも彼唯一のバンド活動を行なう。
その後も歳を重ねるも、全く制作意欲は衰えず、数々のアルバムを発表する。
しかし2016年1月10日逝去、69歳であった、死因はガンといわれている。

以上がデヴィット・ボウイの略歴である。
私は正確には、彼と同時代ではなく、後追いでの経験となる。
1980年代初頭「パンク&ニューウエイブ」全盛期に、そればかり聴いていた私に、いきつけのレコード店の店員が「これ聴いてみたら」と言ってすすめられたのが、デヴィット・ボウイの「ジギー・スターダスト」だった。
勿論彼の名前は知っていたが、あまり興味を持っていなかった私にとって、そのアルバムは大した価値がないと思っていた。
しかしLPに針を落とした瞬間から、私の衝撃は始まった。
スピーカーから流れ出る音楽の素晴らしさ、新しさは私の体を硬直させた。
アルバム一枚を聴き終えてから、私は暫く椅子に座ったまま動けなかった。
「ジギー・スターダスト」は私にとって紛れも無い、生涯の名盤になった瞬間だった。
その後、リアルタイムで「レッツ・ダンス」を聴いた。
これは一時「スケアリーモンスターズ」で彼にしては珍しく「パンク&ニューウエイブ」に乗ったアルバムを作ったが、原点回帰で、彼自身の世界を作り上げた「レッツ・ダンス」は佳作の一つと言えよう。

「デヴット・ボウイ」
20世紀から21世紀にかけ、音楽界を震撼させた数々の音楽を作った功績は、褒めたたたえる言葉が見つからない。
あえて「ロック界の巨星」とは書かない「音楽界の巨星」だったのだ。

彼は今「スパイダー・フロム・マーズ」とともに、火星に駆け上がっている途上に違いない。

下に私が傑作と思う彼の楽曲2曲を貼った、是非聴いていただきたい。

David Bowie Space Oddity


David Bowie Ziggy Stardust


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