ダーリン三浦の愛の花園

音楽や映画など徒然なるままに書いてゆきます。

明日のためにその381-太陽の墓場

2019年09月10日 | 邦画
昇りゆくものを沈めるもの

若い時代、人、特に男は上昇志向まっしぐらで突き進む。
それが間違っていようが、構わない。
目の前の敵を淘汰し、自分がその上に立つ。
これは学生時代から、就職するまで、男の心の炎となって燃え続ける。
心と体がシンクロし、ある程度人間性が固まると、その炎も鎮火するだろう。
今回紹介する映画は「太陽の墓場」
燃え滾る若さの、残酷な終焉を描いた作品だ。
ストーリーを紹介しておこう。

若い愚連隊のチンピラ、ヤスはある日、大阪の繁華街で、辰雄と武と言う若い二人に喧嘩を売る。
ひとしきり暴れたところで、彼らは仲直りをし、ヤスが入っている信栄会のボス、信に引き合わせ、信栄会に無理やり入会させる。
この信栄会は、売春を中心に金を稼いでいたが、そろをよしとせず、対立する大浜会に常に命を狙われていた。
ある日ヤスは個人的に会に内緒で、花子と言う女の元、日雇い労働者の血を買う商売をしていた。
それをひたすら隠し続けたヤスだったが.......

まずこの映画で気になったのは、大阪弁だろう。
付け焼き刃的に俳優は覚えたのだろう、全く説得性の無い大阪弁になっている。
ここは大変惜しいところである。
そしてこの映画に登場する人物は、汗を常にかいている。
映画の設定柄、夏なので、汗はしょうがないとしても、皆異様に、額、頬、鼻が吹き出でいる。
この感じが、観ているこちら側にも伝わって、一種異様な感覚に陥る。
あと特筆すべきは、武を演じた「佐々木功」だろう。
佐々木功と言えば「宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲を歌うアニメ歌手として知られているが、この映画の製作年に歌手デビューしている。
当時は「日本のプレスリー」と呼ばれ、大いに女性フアンにもてたと側聞したことがある。
彼の演技はとてもナチュラルで、その容姿はデビュー直後の「ジェームスデーン」にも似ている。
繊細で、弱弱しいキャラクターを見事演じきって見せたのは、この映画の良い点としてもっと評価されるべきだ。
ラスト、武の裏切りから、信栄会のドヤを大浜会に見つかり、信は命からがら逃げてくる。
その途中、武に会い「ドヤを明かしたのは自分だが、それは花子にしかいっていない」と信に説明する。
その時、武を追ってきた花子を信は見つける。
信は花子を殺そうと追いかけるが、武は身を呈して信を止める。
銃声が二発聞こえた、信が武を撃った瞬間だった。
しかもそこは線路の上、今まさに列車が通過しようとしていた。
一目散に逃げてきた花子は、自分の家、スラム化しているバラック集落だった。
バラック小屋でも、ひと悶着あったことにより、彼女の住まいも、含め、集落は全滅する。
花子は、一緒に血の買取りをしていた老人の手をとり、太陽に向かいどんどん進んでゆく。カメラはその二人が小さくなるまで映し続ける。

さて、この映画の主題は何なのだろうと私は考えた。
なにが「太陽」でなにが「墓場」なのだろう。
明確な答えは出なかった。
しかし、この映画を観て思ったのは「青春とは美しいものばかりではない」と言うことだ。
どんなに若く、健全に暮らしていても、その先は地獄しかない若者もいると言うことだ。
「太陽」は若者の力、希望で「墓場」とはそれを飲み込んで消化してしまう恐ろしいブラックホール、ここではバラック集落がそれの象徴ではないだろうか。
これはあくまでも、ぼんやりとした私なりの解答である。
是非観ていない方は、この作品を観ていただき、ご自身の納得できる「主題」を見つけてほしい。

1960年、日本製作、カラー、87分、監督:大島渚
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