


今夜、小説を読んだ。悲しい最後 である。 私はみじめでたまらないので、 この小節の幸福な結末を作り出した。 私の小説は必ず最後を幸福にしよう。 「現実に忠実」 であろうとなかろうと構いはしない。 当然そうなるべきだという点でそれは現実に 忠実であり、この方が余計忠実と言える。 【「エミリーはのぼる」 第16章】 |


さすがに今日は、
冷たい朝を迎えました。
写真のように今朝も最初は
おずおずと頼りない太陽
でしたが、その後は
たっぷりの日射し。
日射しさえあれば・・。
この恩恵に感謝です。
久し振りの冬日和となりました。



本箱を探していましたら・・。
シミのある、こんな古ぼけた
文庫本が出て来ました。
例の武者小路実篤の 「愛と死」。
絵も描く彼の見覚えのある表紙です。
私が再読したのは全集の方でしたが、
それこそ、ページはセピア色に
変色したこちらの文庫本。
こちらで読めば良かったと・・
ちょっぴり後悔も。やけに懐かしくて。
武者小路実篤の、この 「愛と死」 と
もう1つの 「友情」 は、どなたでも
1度は読んだ事のある本でしょう。
実は私もそう。
今日はもう1つの代表作、
「友情」 の感想を。
屋根裏部屋気分の、セピア色のこの部屋で。
「愛と死」 は、誰もが羨む美男美女のカップルでしたのに、
幸福の絶頂から最後の最後、奈落の底へ突き落されてしまいます。
運命の悪戯と片付けるには余りにも惨(むご)く、言葉もありません。
小説の中の出来事とは言え、
悲劇で終わるのはあまり気持ちの良いものではありませんね。
一方、「友情」 も失恋で終わります。
それはそうと、「愛と死」 の方は1回きりしか読んでいませんでしたが、
こちらの 「友情」 は2、3回は読んだのではないでしょうか・・。
主人公の野島の名前も覚えていましたし。
でも今回読んでみて、何と都合の良い解釈をしていたと言いますか・・
人間の記憶のいい加減さに驚きもし、同時に呆れてもいます。
野島が杉子の事を好きなのは、その通りなのですが。
先に親友の大宮に杉子との恋を打ち明けられ、
心ならずも親友のために骨を折る・・。
でも杉子は、野島の方を心秘かに思っていた・・と。
結果は全く逆。
先に親友の大宮に恋を打ち明けたのは野島であり、
その大宮は親友のために自分の恋心を抑え、協力するのです。
いよいよ大宮は、それに耐えられなくなり巴里に行くのですが、
あくまでも野島の恋を応援し、杉子はあくまでも野島を拒否。
果ては自分の心を伝えるために巴里にいる大宮に手紙を書くのです。
今回読んで感じた事。
私だって野島より大宮の方が断然、いい。
なのにどうして・・野島に思い入れ? が強かったのでしょう。
さては、その当時・・私も片想いしていたのかしら・・?
~なんて、思いは尽きません。
そうそう、先日も記しましたが、この小説の書かれたのは大正8年。
言葉の美しさ以外には現代との違和感は全くありません。
それにしても言葉の美しさ以外には・・~なんて、ちょっと変ですね。
又、大正時代の女性も意外に積極的だった事にも随分驚いたものです。
この本に限らず再読して改めて感じる事。
人は、その時々の年齢や環境によって受け取り方や興味の持ち方も違って来ます。
又、時を経る事によって新たな発見もありますものね。
時間が許せば、たまには再読してみるのもいいかも知れません。
今日は屋根裏部屋の雰囲気で。いいえ、逃避行かも。
屋根裏部屋は環境的には厳しいかも知れませんが、
秘密の部屋雰囲気と、ロマンが溢れているようで好きなのです。