【いくつになってもアン気分】

 大好きなアンのように瑞々しい感性を持ち、心豊かな毎日を送れたら・・。
そんな願いを込めて日々の暮らしを綴ります。

奏でる香りのラッパの下(もと)で

2012-03-31 16:56:26 | 『カフェ「薔薇の詩(ポエム)」』編







食卓を飾るのに、荒れた庭に出てけまんそうと
百合で花束をこしらえた。
花を挿すものがないので、
どこからか錆びた古い缶を見つけて来て、
それをトランクから探し出した
緑色の絹のスカーフでくるみ ――
ミニイ小母さんから貰った
高価な絹のスカーフだった ――
それに花を活けた。                  
                  【「丘の家のジェーン」 16.】




   又々、雨の週末となりました。
  しかも結構、大降りの雨。

   おまけに起床時の気温は
  18度近くにも。

   午後にはその雨も
  上がりましたが、予報によれば、
  これから寒くなるのだとか。

   今の処、寒さは、
  それ程感じないのですが・・。

   こんな気温の変動に、
  なかなか冬物をしまう事が
  出来ません。

   さて、雨上がりの静かな午後。
  昨日からプロ野球も開幕しましたね。
  それにしても・・

   昨日はノーヒットノーラン1歩手前。
  今日も 3対0 で巨人勝っていましたのに、
  ツーランホームランで瞬く間に1点差。

   同点になった所でテレビを消しました。
  もう見てなどいられません。

   およそ10日振りですね。
  『カフェ「薔薇の詩(ポエム)」』、開店と致しましょう。

   




   

     今日は和洋折衷(せっちゅう)という事で。
    何しろ和の壺や洋の硝子が、所狭しと並んでいますから。

     今日は雨のため折角開花した
    香り高いラッパ水仙やヒヤシンスが、
    その重みのため平身低頭? のお辞儀。

   今日の ジェーン よろしく切り採って来て、
  その下(もと)で、お茶タイムという訳です。う~~ん、良い香り・・。

   そうそう水仙は、【錫(すず)】 の一輪挿しに。
  錫は、お花が枯れにくいそうですから。

   ヒヤシンスとヒマラヤ雪の下の花びらは、
  蝋燭(バスキャンドル)と共に水に浮かべて。

   温める事でヒヤシンスの香りも、より強調されます。
  この方法に今、ぞっこんの私です。

   曇っていた空は、いつの間にか雲一つない青空に。
  同時に風も出て来たようです。今宵は、確かに冷えそうです。

召しませ薔薇を~その2

2012-03-30 17:16:30 | リラのお気楽ユメ日記





この小さなアクセサリーの持つ魅力と神秘に
エミリーはき付けられたが、
怖いような気もした。
ぞっと寒気を覚えながら
ネックレスをほっそりした白い喉に巻付け
遠く死せる帝国時代に
これを身に着けていた王の娘の事を考えた。
このネックレスには、どんな歴史と
秘密がまつわっているのかしら。
                 【「エミリーはのぼる」 第8章】


   今日も引き続き快晴の空となりました。暖かさも同じです。
  ただ、今日は風があります。

   窓を開けると、プンと風に乗って刺激的な沈丁花の香り。
  我家には植えていませんから、これぞ借景ならぬ借香ですね。

   今の処、良いお天気なのですが、
  この風がお天気の崩れの兆候なのでしょうか・・。
  又々、お天気下り坂との事。しかも明日は荒れ模様だと。

   でも、こうなれば一雨ごとに春は確実に増して来るのでしょう。
  そうなればなったで、凛とした冬に名残り惜しさを感じてもいます。

   戸外と室内の優劣に逡巡する事なく、家の中に安心して? 
  いられる冬は思い切り本も読めますから。
  ~なんて。



   さて、「召しませ薔薇を」 第2弾。
  今日も昨日のミシンの登場です。

   昨日から蓋を開けたままにして
  いるのですが、何だかいい感じ。

   ずっと前からそこに存在していた
  かのように、既に飾り物の体(てい)
  を成しています。本題に戻ります。

   “古い” というのが、
  アンティークと言えるなら、
  こちらのビーズのバッグでしょう。

   すっかり忘れておりました。   
  それと、ゴブラン織りのバッグ。
  いずれも薔薇。

   そして琥珀色のネックレス。
  もう一つ、大好きな葡萄も添えて。

   尤も、今日の引用文のような
  大層な物ではありませんが、
  こんな時こそ、「想像の余地」 ですものね。

   とは言っても古い宝石には、持ち主だった者の怨念? 
  が籠っているような気がして、怖い気がします。
  宝石は、やむにやまれぬ理由で手離す事になったのでしょうから。

   そうそう、薔薇の花が付いた赤い靴も探したのですが、
  出て来ません。しかしながら、こんな事は私にとってはいつもの事。
  仕方がありません。

古道具たちが語るおとぎ話

2012-03-29 17:57:57 | ちょっとアンティーク







布切れを 5千枚 使い、
仕上がったばかりだという リンド夫人
新しい刺子の掛布団が一同の前に持ち出され、
当然受けるべき讃辞を受けた。         
                 【「アンの幸福」 第2年目5.】


   

   今日は快晴となりました。
  しかも日本全国、北から南から、それこそ津々浦々、
  晴れマークなのだそうですね。この時期にしては珍しいのではないでしょうか。

   朝こそ少々、冷たかったものの、日中は大層暖かくなりました。
  これで桜の蕾も一気に膨らむ事でしょう。








                                    【横面から】
   さて冒頭の写真。
  ずっと納戸で眠りっ放しだった
  ミシンを思い切ってリビングに
  持って来ました。

   そもそも、このミシンの
  事を思い出したのは、
  こちら 【旧笹井家住宅】
  出掛けてから。

   ずっと物置き同然だったミシンの上。
  蓋(ふた)を開けるのは何年振りの事
  でしょう。と言うより数える程。

   それにしても、ミシンを使う事など
  全くなくなってしまった私。

   機能オンリーの現在のものと
  比べて昔のミシンって、
  何と重厚感があるのでしょう。

   ある意味、贅沢品だったのかも
  知れませんね。ちょっとした家具のような。

   そうそう、このミシンは 「シンガー」 ですが、
  アメリカからの逆輸入物です。
  
   こんなミシンには、リンド夫人 がぴったりですね。
  5千枚もの布切れを使って布団を作るリンド夫人でしたなら、
  大活躍させた事でしょう。きっと。

   ところで私は・・と言えば、珈琲テーブルにいいなと。
  板を広げれば、十分、スペースはありますものね。

五感で味わう器の癒やし

2012-03-28 16:51:51 | 趣味の器(壺)~その他







祖母の箱を開けるのはたいそう面白かった。
中には美しい硝子製品や
瀬戸物類が入っていた。
祖母の物であった白と金の正餐せいさん用食器類一式、
脚の細い台付きコップ、あらゆる種類の
風雅な美しい皿などがあった。
それに銀製品もあった!              
                  【「丘の家のジェーン」 18.】


   

   起床時には昨日の名残りとも言うべき、
  太陽燦々(さんさん)でしたが、その後は霞の掛かった春独特の天気に。

   そして曇り空と段階を踏み・・。
  “やはり天気予報通りだわ・・” ~なんて納得したものです。

   でもその後、パ~ッと太陽が出て回復。
  暫く小康状態を保っていたのですが、やはりいけません。

   午後になりますと俄かに暗くなり、何と季節外れの雷も。
  おまけに風も出て来て荒れ模様・・と思ったのも束の間、太陽と青空。
  何とも変わりやすい天気になっています。【今(16時50分現在)は安定】





【「たち吉」 の漆塗りの皿・有田 「林九郎窯」 の絵皿】


【茶托 & 皿】


   さて、今私は断捨離を実行しつつ、模様替えの真っ最中です。
  しかしながら世の常で、なかなか進みません。

   中には買った事すら、頂いた事すら忘れている物もあって、
  時には懐かしさに浸ったり。思わぬ時間がかかってしまうのです。

   それにしても、この間から大分捨てたつもりですが、
  相変わらず “何を捨てたの・・?” という感じ。

   そんな時見つけた、3年前の新聞記事。
  奇しくも同様の記事(エッセー)ではありませんか。

   そこには、 
  『「捨てる技術」 ではなく 「残す技術」 を磨こう!』 とあります。

   そうなんですよね。捨てようと思うから捨てられない。
  これは捨てられないと思えば、捨てる物が自ずから見えて来ます。
  発想の転換。

   そんなこんなで。
  写真は、押入れの中から見つけた漆器類です。
  茶托とお皿(2種類)。ただ、たち吉を除いてどこの塗物か分かりません。

   最近の私は、食器棚から食器を取り出す時、
  ついつい漆器を選んでいる事に気付きます。
  以前の私でしたら、普段使いするのは勿体ないと敬遠していましたのに。

   木の持つ独特の温かさとでも言うのでしょうか・・
  何だかほっとするのです。
  今の季節は、特に大好きな土物よりも手に取る回数が増えて。

   それもその筈、木地のしっかりした塗物には保温性があるそうですね。
  体温のような温もりと人肌の感触。五感で味わう漆器の癒やしなのですね。

21世紀の 「昭和行」

2012-03-27 18:50:18 | 音聴箱







邦子は、もうさっきから歩廊ホームに立っていた。
(中略)
反対側の歩廊から、丁度発車する列車が
あるので、人のざわめきが起こった。
そして、その列車が出たと思うと、
入り違いに、邦子の前の線路へ
下関発の急行が突き入って来た。
              【吉屋信子作 「良人の貞操」】


   

   今日も “朝から太陽”、そして雲一つない空となりました。
  1日中快晴の空は、久し振りのような気がします。

   ただ、起き抜けの寒かったこと!
  この処の寒さに、ついうっかりしていましたが、3月も後、僅かなのですね。
  いよいよ春本番を迎えようとしているなんて信じられません。

   一方で、日はいつの間にか高くなり、
  部屋の中程まで入っていたそれも今では、その半分にまで後退。
  着々と季節が巡っているのが分かります。






   

   朝の寒さとは打って変わって、すっかり暖かくなった今日。
  そんな私は、いそいそとなぜか旅支度。

   列車の発車ベルが、けたたましく鳴り響いています。
  どうにか間に合いました。途端に列車は滑るように歩廊(ホーム)を出て行き・・。

   今私は車上の人。そして行先は何と 「昭和」。終点です。
  どうやら、真夏の夜の夢ならぬ、「春の真昼の夢」・・? 
  ~なんて。

   最近の私は、ご存知のように、
  吉屋文学にハマっていますので、すっかり昭和漬け。

   おまけに今日の引用文は松本清張の 「点と線」 を彷彿させるような
  東京駅のプラットホームの描写と来ています。そんなこんなで。
  ちょっと遊んでみたという訳です。悪しからず。

   そうそう、歩廊 がホームというのも新鮮です。
  【因みに麵麭焙器(トースター)、髪刷子(ヘアブラシ)等など】

   ただ、歩廊でホームはいいな・・と思ったものですが、
  麵麭焙器(トースター)なんて、当て字もいい処ですね。

   面白いけれど読めません。
  でも、外来語の漢字がいかにも昭和、それも初期という感じで好きです。

   そんな私ですから今日は当然の如く、セピア色の部屋に一直線。
  聴く曲は勿論、昭和の歌を。本を読んで感動した、【わが愛を星に祈りて】
  尤も、ドーナツ盤ではなく CD ですけれど。通販で求めました。   

召しませ薔薇を

2012-03-26 16:52:26 | リラのお気楽ユメ日記





【薔薇のブローチ&バレッタ&レースの袋】




母は蜘蛛の巣のような灰褐色のレースで
縁取りのしてある又となく美しい
四季咲きの薔薇 のクレープデシンの化粧着を
着て、ベッドに起き上がっていた。
頬は上着と同じ色をしており、
目は生き生きとして露に洗われたようだった。
                  【「丘の家のジェーン」 8.】


   
   
   昨日同様の冷たい朝を迎えました。
  それでも小さな庭には至る所に春を発見するようになりました。

   再三申していますように、「匂い菫」 が一気に
  その領域を広げれば、ラッパ水仙の膨らんだ蕾を発見。
  そして冬の間は全く姿を見せなかったドクダミも。

   そうそう今、満開なのが 「ヒマラヤ雪の下」。
  可愛い小さなピンクの花をたわわに付けて俯(うつむ)いています。










   さて、昨日の今日ですが、
  昨日の雑誌の写真と同型の
  バッグがある事を思い出しました。

   この型って、意外に古いのですね。
  雑誌によれば1950年~1960年代の
  アンティークとあります。

   アンティークかどうか
  分かりませんが、
  古い物には間違いありません。

   何せ叔母に貰ったものですから。
  (~なんて叔母に怒られそう・・)

   後、私も薔薇の花の付いた、
  赤い靴を持っています。
  (何だか探す気力がありません)

   これらは以前にもアップ済みの
  物もありますが、手近にある
  薔薇グッズを集めてみました。

   薔薇グッズって心愉しくて、
  毎日を薔薇色に変えてくれそうですね。




私に薔薇を咲かせましょう

2012-03-25 17:15:17 | 薔薇の追憶







お手製の白ネルの小さい 袋の口に、
針金を縫い付けたを持って、
邦子は瀬戸引きの珈琲沸こーひーわかしからドクドクと
その袋へ、ジャバとモカを半々に挽いた粉を
含んで、ドロリとしたのをぐと、
袋のネル地にされたのが、チョボチョボと
下の珈琲碗コーヒーカップに湯気を立てて溜まってゆく。
やっと一杯になると、自分の分は後廻しにして、
牛乳入れと砂糖壺を揃えて、
卓袱台ちゃぶだいに置いたとたん、向こうの部屋から
「おい」と信也の呼ぶ声がした。
                  吉屋信子作 「良人の貞操」


   

   昨日とは打って変わって、“朝から太陽” となりました。
  やはりお天気はいいですね。

   そして昨日より、ちょっぴり下がった気温も。
  凛とした空気は、シャキッとした気分になります。

   ただ、今日は少々風も。
  北風ですから エミリー によれば、“がみがみ女” ですね。








   

   さて私は又々、吉屋信子の本を。
  一息入れる・・と言ったのは、つい昨日の事ですのに。
  その舌の根も乾かぬうちに取り出したのは、「良人の貞操」

   現在でも良人の貞操って、あまり馴染みありませんものね。
  妻の貞操なら分かるのですが・・。
  尤も今では貞操の言葉自体も、ほとんど耳にしませんけれど。

   この小説の書かれた昭和11年は、さぞかし・・
  ~なんて思いますと、もうたまりません。

   “どんな小説・・?” と興味を持ってしまったという訳です。
  でも、それにしては今日のブログタイトルと内容が一致しませんね。
  “あれっ” と思われた方も多いのでは・・と思います。

   失礼しました。と言いますのも今日の引用文。
  実は 「良人の貞操」 の巻頭部分なのです。

   何分にも感化されやすい私の事。やはりと言いますか・・
  無性に珈琲を頂きたくなってしまったのです。

   珈琲は出来るだけ1日1杯と決めているのですが、今日は既に2杯目。
  部屋の雰囲気も昭和に近付けました。ラヂオ、扇風機と。

   ひとまず小説は置いて、薔薇の雑誌を取り出したという訳です。
  花だけでなく、こんな薔薇グッズの写真も見ていて飽きません。
  薔薇のブローチ、イヤリング、靴。

   “こんな薔薇のビーズのバッグも、いいわ・・”
  イケナイ、イケナイ・・。今、一生懸命物を減らそうとしていますのに。
  欲しくなってしまっては元の木阿弥ですね。 

行間にたゆたふ “雅” ~ 「地の果まで」

2012-03-24 15:10:15 | 心の宝石箱







夫人の話す声は綺麗に澄んでいた。
あんまり近いせいか、響いて抜け、
何を話すか分からなかった。
ただ澄み切った綺麗な声調ちょうしが、
ソプラノの歌声のように思われた。
時々緑の耳へ遠い世界からの
夢の音楽の余韻のように響いて来た。

―― いいえ ―― どう致しまして ――
こちらこそ ・・・・・
まあ、早く拝見したいのね ――
こちらは、相変わらず ・・・・・えゝ ・・・・・
・・・・・ それから ・・・・・ まあ ・・・・・

それは日常誰でも使う言葉であったが、
しかしこの場合、夫人の唇を通して電話機の
前で響く時、みな立派な装飾音を振りいて
綺麗に流れて行った。
何か、心憎い軽い小唄の節のように。
                   吉屋信子作 「地の果まで」
 






   

   雨は上がったと思ったのですが・・。
  今日は少々、荒れ模様の天気になっています。

   気紛れに太陽は顔を出すのですが、パ~ッと雨も。
  引き続き気温は高めです。庭の匂い菫も、その雨粒を受けてキラッ。

   さて、吉屋信子作 「地の果まで」、読了。
  ここまで女史の小説は一気に読んで来ましたが、今は一息入れています。

   ところで、この小説は、女史の処女作なのだそうですね。
  そしてあの 「氷点」 で有名な朝日新聞の懸賞小説、入選作なのだとか。
  女史自身、その事について次のように触れています。









   それにしても、この作品が
  大正9年作と言うのですから
  驚きます。

   「地の果まで」 という、
  タイトルからはどうしても、
  最果ての地に逃避行と言ったような、
  もの哀しい悲劇を連想しますが、
  少々、意味合いが違うものに
  なっています。

   悲劇は悲劇なのですが、
  その中でも明日があり、
  希望の光が見えるような・・。

   それは今日のブログタイトル、
  及び引用文にもありますように、
  文章の美しさにもあるのかも
  知れません。      

   それにうっとりしているもの
  ですからつい悲劇に鈍感に
  なっているのかも・・
  ~なんて思ったりします。

   「血は水よりも濃し」、
  全編に姉弟愛を初め、
  肉親愛に溢れていて。

   それらが希薄になった現在と比べ
  随分、新鮮に感じたものです。
  でも、その中にいれば当然、息苦しさや反発も感じるのでしょうけれど。

   今とは違う家長制度や立身出世主義なども垣間(かいま)見えますが、
  やはりこれらもビシッと1本筋が通っているような、
  凛としたものを感じます。

   翻(ひるがえ)って現在。いいえ、我が身。
  何と言う体(てい)たらく。いいえ、軟弱になってしまったのでしょう。

   覚悟が違うのですね。貧しさも、ここでは 「清貧」 という言葉がぴったり。
  ともあれ、この作品で日本人の原点を見たような気持ちです。

平安浪漫の香気

2012-03-23 15:55:25 | 四季のスケッチ

【薔薇色の椿】



うぐいす を今日初めて聴きましたよ」
と本多は近所から買って移したまばらなひのき林の、
まだ葉にも枝にもいじけた弱さの残るこずえを、
見霽みはるかして言った。
3月半ば から鶯が来るのね。
5月になれば 時鳥ほととぎす を御覧になるのよ。
時鳥が鳴きながら飛んでいる姿を
見られるのは、ここぐらいのものじゃなくて?」
と慶子は言った。          
         三島由紀夫作 「暁の寺」(豊饒の海:第3巻)


   

   朝から雨となりました。又々、週末のそぼ降る雨。
  この所、本当に週末になれば雨になります。

   そう言えば、先週もそっくり同じ事を記した気が・・。
  暖かい雨も一緒です。








   

   ところで今日の雨は、いつも借景とさせて頂いている、
  お隣の枝垂(しだ)れ梅の、その花びらを散らしているようです。

   黒く濡れた地面に舞い落ちる白い花吹雪。
  なかなか風情があっていいですね。
  この白梅は、そろそろ終わりでしょう。

   でも枝垂れ梅ではない、こちらの梅はまだ大丈夫。
  (写真は昨日撮らせて頂いたものです)

   梅で思い出したのですが、
  昨日は上記の引用文の如く、鶯の鳴き声を聴きました。

   姿は確認できませんでしたが、
  「梅に鶯」 って本当なのですね。しっくり来ます。

   花の美しさも然る事ながら、
  仄かに香る梅の香気も鶯は好きなのでしょう。きっと。

   元来、梅は冬の厳しい寒さの中にあり、
  その寒さに怯(ひる)まない凛々しい姿と、その香気にほっと心和む花。

   やがて訪れる春の確かな手応えを感じる花であったような気がします。
  今年は寒さのせいで、今頃楽しむ事が出来るのですね。しかもこんなに長く。

   後1週間もすれば桜・・~なんて、何だか信じられない気がします。
  でも、お陰様で今年程、梅に心を寄せた事はありません。

   桜のような華やかさはないけれど、控え目で楚々とした花・・。
  そして芳香。こんな処が平安人の心を捉えたのでしょうね。

   最近は私も、お香をくゆらせ、今も梅の香りの中にいます。
  ほんの万分の1でも・・平安人に近付けたでしょうか・・。

   最後に。北側の南天の隅に小さな薔薇色の椿を発見。(冒頭の写真)
  椿は植えた事はありません。見廻しましたが、お隣にもありません。

   花言葉は、「誇り」 「控え目な美徳」
  それは、今日の梅にも似て。因みに梅の花言葉は 「高潔な心」
  鳥か風か・・はたまた神様の贈物。いずれにしても嬉しい贈物です。

風と遊ぶ野の花たち

2012-03-22 15:56:56 | 路傍の花~道草

【なずな(ぺんぺん草)】









【なずな】
神様がたった1度だけ
この腕を動かして下さるとしたら
母の肩をたたかせてもらおう
風に揺れる
ぺんぺん草の実を見ていたら
そんな日が
本当に来るような気がした             
          星野 富弘~四季抄 「風の旅」 より


   

   今日も良い天気になりました。
  昨日同様、いいえ、それ以上に暖かくなりました。

   ただ起き抜けの気温は低く、随分寒く感じたものです。
  三寒四温は言うに及ばず、朝晩の気温の高低差も、
  かなりなものがありますね。





【「姫踊り子草(ヒメオドリコソウ)」】




【「仏の座(ホトケノザ)」】


【「烏野豌豆(カラスノエンドウ)」】



   さて、いつの間にか川の土手や
  田圃(たんぼ)の畦道(あぜみち)に
  春の野の花を目にするようになりました。

   あの風に揺れている白い花は、
  「なずな」、つぶらな瞳を精一杯、
  張り上げ見つめている水色の小さな
  花は 「オオイヌノフグリ」 ~なんて。

   毎年、同じ光景ながら、
  微妙に違っていて。

   でも春のわくわく感は、
  その都度新鮮・・~なんて。

   何だか自分でも何を言っているのか
  分からなくなって来ました。

   今年は早くから 「烏野豌豆」 を
  目にしていましたっけ。
  鞘(さや)は笛になりますね。

   そうそう 「オオイヌノフグリ」、
  “あなたはなぜに・・?”
  と、これもあどけなく可愛い顔を眺める度に思ったものです。

   別名の 「星の瞳」 は、あまりにも有名ですが、
  もう一つ、「瑠璃唐草(ルリカラクサ)」 と言うのも。

   これ素敵! 言葉の響きも文字も。どうして広まらなかったのでしょう。
  尤も、「オオイヌノフグリ」 の与(あずか)り知らぬ所ではありますが・・。




 

  

   

   何と蓮華草も見つけました。今年は寒さのせいなのでしょうか・・。
  例年に比べ、野の花が一斉に花開いたという気がします。
  まるで北国の春のように。