「うつろ庵の福寿草」が咲いた。
土から頭を出したばかりの福寿草の変化を、虚庵夫人は毎朝楽しみに観察していたが、
「咲いたわよ!」 と歓喜の声をあげたのは、十日ほど前だった。二人で屈み込み、顔を寄せ合って暫らく見入った。やぶ椿の木漏れ日がスポットライトのように、福寿草の花を浮き立たせて、やぶ椿と福寿草の絶妙なコラボレーションに感嘆したものだった。
今年の冬は、殊のほか凍てつく日が続いたが、ひな祭りの季節ともなると、福寿草は日増しに背丈を伸ばし、小さな葉も少しずつ開いて、花数もたちまち増えた。日をおかず背丈ものび、小さな葉を大きく広げることだろう。隣には「ほととぎす」も新芽を出して、狭い「うつろ庵」の庭も少しずつ活気付いてきた。
福寿草が足元に咲くやぶ椿は、殊のほか花付がよいので、ツグミや目白などの小鳥が椿の花蜜を求めて、賑やかだ。目白などは椿の花びらにとまって蜜を吸うので、椿の花びらには足跡が残って気の毒にも
キズだらけだ。時には椿の花を落として飛び立つが、そんな椿の花が福寿草の隣に落ちると、「うつろ庵」の庭はたちまち彩りが豊かになって、虚庵夫妻を愉しませてくれるこの頃だ。
未だ固き莟の数をかぞえては
今朝は幾つと告げる妹(いも)かな
いと寒き庵の庭に我妹子(わぎもこ)と
笑みつつ見入りぬ福寿草咲けば
わが庵(いお)に飛び来る目白は数寄者か
福寿草にぞ落花を添えるは