「うつろ庵」のごく狭い庭の、しかも窓際の日除け代りに植えてあるミカンの木が、今年も枝をたたわに沢山の甘夏を実らせた。
虚庵夫人は淡路島に育ったので、乙女になるまで蜜柑も甘夏も食べ放題の日々だったのであろう、無類の黄柑好きだ。毎年、年末から年明け頃になると甘夏の重さに耐えかねて、一つ二つと落ち始めると、もう堪らない風情で 「採って、とって」 と哀願する。
「次に落ちたら、採ってネ」
と釘をさされていた今朝、大きな甘夏が木から落ちた。小さな木とはいえ、脚立に登り手を伸ばして、やっとの思いで全部収穫し終えて、テラスの机に積み上げた。
虚庵夫人の口元は、もう涎を垂らさんばかりの、笑みで一杯だ。
虚庵居士は、新年の大収穫に満足。輝く黄柑の色合いにうっとりとしつつも、手作りの古びた机は、甘夏の重さに耐えかねて潰れはせぬかと、あらぬ心配をした。
偶々来合わせた出入りの職人は、「これが無垢の金だったら・・・」などと無粋な溜息を吐きつつ、「それにしても大収穫ですね」と感嘆している。
それぞれの思いを余所に、甘夏は朝日に輝いていた。
白妙の芳しき花いつの間に
枝もたわわに甘夏実りぬ
わぎもこの採ってとってとせがむ声に
幼き乙女の響きを聞くかも
甘夏のまろき黄金を手にとりて
「金」なりせばと呟く思いは