(Twitter、コメント欄、はてぶのコメントなどを取り入れてVer3になりました。ver2 →3になった際、本質的な計算ミス、勘違いを修正。詳しくは最後の追記かコメント欄をどうぞ)
【能書き】
5月15日に、国際大学グローコムにて、「見えない不安に立ち向かうセミナー・保護者と教師のための放射線学」という勉強会を開いた。
その際、岡山大学の津田敏秀教授に登壇してもらい、疫学的な観点から、放射線の健康影響をどう考えればいいのか「統計科学における確率の考え(Vs ゼロリスク)について」と題して、ご教示いただいた。
その時の様子は、ウェブで動画でも見ていただけるし、また、使用したスライドもPDFにしてご覧いただける。さらに、最近、講演を書き起こした。というわけで、スライドを見つつ、テキストを読んでいただくのも、動画を見ていただくのも可能。
https://sites.google.com/site/radiology3871/seminar20110515/jiang-yan-hua-xiang-zi-liao
基本的に、それを見てもらえればいいのだけれど、小説「エピデミック」を書く前から、疫学の「門前の小僧」なっている感のあるぼくとしては、津田さんの講演の中から、特に強調しておきたい部分も出てきた。
ここから先、津田さんに大いに影響を受けつつ、基本的には川端裕人文責による「ささやかな考察」を行う。
なぜ「門前の小僧」がこんなことをするかというと、日本の放射線疫学の知見をふんだんに使いつつも、日本の疫学者は(もっとも活躍すべき放射線疫学者も、疫学の手法に熟知しつつも少し離れたところから、様々な解説をしうるその他分野の疫学者も、ほとんど沈黙を守っており、「なんで黙ってるわけ?」というフラストレーションが高まっているから。
(群馬大中澤准教授よりコメントあり。国立がんセンター http://www.ncc.go.jp/jp/ には東大疫学出身者がかなりおり、かなり早い時期から組織として一般向けに発言をしてくれているとのこと。たしかにこのサイトはよく見ました。ありがとう!感謝なり)
津田さんにすべてお任せというわけにはいくまいし、また、一人にお任せなのも問題だ。
だから、津田さんの議論をベースにしながらも、門前の小僧が調べたり、考えたことを述べる。
基本的に、話題にするのは表題通り1点。
・「科学的」にもはっきりしない低線量被ばくの健康影響について有り得る「幅」を知っておくこと
それぞれ、人間の健康影響について因果関係に推論するための「唯一」の手法である疫学的な観点を中心におくように努力する。小僧なりに。
ささやかとはいえ、前振りがこれだけ長いのでも分かる通り、そう簡単には終わらない。
かなり長文になるけれど、一気に書かないと意味がないと思うので。
***********
まずは、「科学的」にもはっきりしない低線量被ばくの健康影響について有り得る「幅」を知っておくこと、について。
まず最初の注釈は、ここでいう「科学的」とは、主として「疫学的」という意味であるということ。
くりかえすけれど、こと、人間集団を対象にした健康影響について、一番、信頼できる情報を提供するのは疫学だ。
それについては、WHOの下部機関で、がんのリスクについて評価するIARC(国際がん研究センター)の基準で、グループ1(=発がん性あり)と認定されるためには、 疫学証拠が最重要視され、動物実験などは傍証的に扱われることは、納得いただけるだろうか。
http://monographs.iarc.fr/ENG/Preamble/CurrentPreamble.pdf
(この22ページにグループ1になるための条件がある。十分な(sufficient)な疫学証拠は単独でグループ1分類の理由になりうる。また疫学証拠が十分でない場合には、十分な動物実験・その物質が人体に作用する機序の強い証拠などと合わせ技で分類に記載されうるが例外的。動物実験だけでは、グループ1にはならない)
発がん性、とひとことで言っても、動物によって感受性は違う。
有名な例として、ヒ素は、人間には発がん物質であるが(グループ1)、動物実験でがんを発生したことは今のところない。
というわけで、放射線の人体影響を語るのは放射線疫学、ということになる。
現代の放射線疫学の基礎は、日本の広島・長崎の原爆・被爆者調査が基礎になっている。被ばくした人の数といい、その後の追跡期間といい、これだけの人が、性別、年齢をとわず、一斉に被ばくし、長期にわたって観察されたことは、それまでなかったのだから、当然のことともいえる。
その前提で、まず最初のスライドをみてほしい(津田さん作成、以下別ウィンドウにて常に参照することう推奨します)。
横軸はこの場合シーベルト(Sv) で被ばくした量。
もっとも、シーベルト単位で被ばくはなかなかないので、ミリシーベル(mSv)だと思っておいてほしい。
縦軸は、被ばくから何年もたってからあらわれる(晩発性影響というそうです)病気のリスク比だ。もともとの病気の発生数を1としたら、被ばくの影響でそれが何倍になるか。よく研究されているのは、がんなので、この場合も「がんによる死亡」とする。津田さんのグラフはタイトルが「がんの過剰発生」となっているけれど、「がんによる超過死亡」と読み替えておいてください(理由は後述)。
津田さんが描いてくれたこのグラフで、定規があたっている部分は実際に観察されたリスクで、点線になっている部分は、はっきり分からない部分。だいたい100mSvを境界にするようだ。
描いてある複数の点線がY軸と交わるところで同じ所(y=1のところ)に収束しているのは、今問題にしている環境中の人工放射線の影響がなくても、その前からあるがん死亡のリスク。
そこには、自然放射線の影響や、その他の影響(タバコ、大気汚染、アスベスト、飲酒、遺伝要因、その他色々なものが絡まっている)があるはずだが、とりあえず、原発などからの人工的な放射線がなくとも一定数のがんは発生してそれを「1」として基準にしている、ということ。
ということで、y軸(つまりX=0で自然放射線のみの状態)から、100mSvあたりまでが「よく分からない」とされる世界。
なぜ、はっきり分からないかというと、その程度の被ばくでは、もともとこの世の中にある「がん」という病気から人工由来の放射線によるがんによる増加分が検出できるだけの数にはならない(症例の数が少なく、ほかの要因でがんになった人もたくさんいる集団の中での寄与分をしっかり割り出せない)ということ。
だから、もともとこのあたりの発がんリスクは、気にしようにも「定量的に気にするのが難しい」領域といえる。
とはっても「絶対安全」ともいえないわけで、様々な説が乱れ飛ぶ場となっている。ぜひ、定量的が指標がほしいところなのだが、なかなか悩ましい。
標準的には、疫学証拠があるところからY軸まで、そのまま直線(リニア)を引いて、どこかで急に影響なしになったりしない(閾値なし)モデル、つまり、リニア・ノン・スレスホールド=LNTという仮説を取る。
けれど、それよりも楽観論、悲観論は、専門家と称される人たちの中にも常にあり、混乱させられる。
まずは楽観論から見ていこう。
放射線ホルミシス
スライドの中でも、一番の楽観論。
縦軸が1(Y=1)の部分が、疫学指標の相対リスクとして、益もなければ害もなし、という境界なのだが、放射線ホルミシスの論者は、1を大きく割り込んで、「1と0」の間で議論をする。
つまり低線量の被ばくは、むしろ、体にいい、という。
一般的な説明として、よく引き合いに出されるのは、ラドン温泉の健康効果であるとか、ラドン温泉地域やほかの自然放射線が多い地域で、自然放射線による発がんの増加がはっきりと観察されていないこと、日本の原発労働者など一般人よりは被ばくしている人たちで、むしろ発がんがやや少ないという報告があることなど(原子力発電施設等 放射線業務従事者等に係る疫学的調査 http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf)。
この中では、原発労働者の件が本稿のメインテーマである疫学研究だ。これは、研究者自身が、選択バイアスのひとつ「健康労働者効果」だろうと結論している。原発で働く人はまず健康であることが前提。一方、対照群は一般の人たちなので、健康な人たちが多い集団と、健康な人と病気がちな人が混じっている集団を比べていることになる。そのバイアス(=偏り)の範囲内であろう、と。
放射線ホルミシスについてのwikiの記述も、気になる人は参照してください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホルミシス効果
ぼくが知る限り、ホルミシスを支持する証拠は、マウスやラットの動物実験がほとんどだ。動物実験の結果はそのまま人間に適用できないので、疫学証拠がほしい。
そこで、Pubmedで調べた。1990年以降、"radiation hormesis" とepidemiologyのキーワードにかかるのは9件。中にはアブストラクトすら見られないものもあったけれど、ぱっと見たかぎり人間集団を対象にした疫学研究はなかった。
もちろん、このキーワードに引っかからない疫学研究があるなら、ご教示を。
(**コメント欄にひとつの論文が紹介していただけた。内容は微妙なものだったけれど興味のある方はコメント欄をどうぞ)
一方、2005年のBMJに掲載された、WHOの下部機関、国際がん研究センターのCardisらの論文は、放射線ホルミシスに不利な結論を導いているように思える。(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17388693 これPDFをどこかで落とせたのだけど今見つからない)。日本を含む15カ国での調査をとりまとめ総計60万人について総合した研究(メタアナリシス)で、はっきり発がんリスクが確認できている。つまり、ホルミシス効果はここでは否定させれている。
疫学では最高レベルの雑誌BMJに出ているのに、今のところそれほど有名になっていないのか、評価を知りたい。
(*はてぶより、この論文中の15カ国中カナダのデータが問題視されているとのこと。確認済み。そこのところを評価しなおした論文が今年か来年に出るとか。それがどのようになるか興味深いが、現時点でホルミシスの疫学証拠が薄いのは、事実だと思っているので論旨は変わらない。)
まとめ。
これは門前の小僧であるぼくの個人的な見解であるから、参考までに。
ホルミシスは原理的にあり得ないわけではないが、今のところはっきりしない。
ひとことでいえば、分からない。だ。
なによりも、放射線防護の観点からは「使えない」説でもある。
そして、今この時点で、「ホルミシス効果があるから、むしろ放射線は安全」などという人は、危険だと思う。(原発事故報道のきわめて初期だが、ある地方局に呼ばれた放射線ホルミシスの研究者が、自説はすでに確定した定説として、『福島第一原発』の正門前に行ってもむしろ体に良いくらいだ、と述べていたのには驚愕した)。
閾値がある、という考え
放射線の被ばくが減るとだんだん健康影響は減じ、あるところでゼロになる、というのが「閾値あり」の考え方。津田さんの図では、「閾値(フランス)」という矢印で示されている考えだ。
ちなみに、フランスでは、世界で唯一政府の見解として「閾値あり」モデルが採用されていて、それに応じた放射線防護策が取られているらしい。
この閾値があるかどうかも、疫学研究では分かっていない。
閾値ありモデルを主張する人は、動物実験や、生物学的なメカニズム論(放射線に被ばくした際の修復機能を見込んでいたりするらしい)から閾値があるはずだと述べていると認識しているが、人間集団では観察できていないのは(原理的に観察しにくい)のは、ホルミシスと同様。
ICRP勧告は直線・閾値なし、か
さて、日本で放射線防護施策の基準となっているのは、国際基準といってもいいICRPの勧告だ。
一般にこれはLNT 「直線・閾値なし」の仮説だと言われている。
でも、安易にLNTと呼ぶには首を捻らざるを得ない部分もあってややこしい。
というのも、この直線の実線の傾きが1だとして(実際に観察されている疫学研究ではそれくらいになる。グラフでは津田さんは、1.1としている)、破線部(100mSvの部分)は、低い被ばくだからということで、低減効果を期待して、2で割っているのだ。これには、線量・線量率効果係数(DDREF)という、いかめしい名前がついている。
つまり傾きは0.055。これを「名目リスク係数」と呼ぶそうだ。
で、なにはともあれ、ICRPの勧告に従うと、実線と破線は繋がらない。
ある閾値(100mSv)で急に害が半減するという閾値モデルといえなくもない。
このモデルにおいて、名目リスク係数の考え方は、総量1Svの被ばくをした人は、将来の発がんの可能性が0.055(5.5%)増えますよと言っていると解釈してよいと考えてしまっていたのだが、ちょっと複雑らしい。
Twitterでの指摘を受けて、ICRP2007を再確認したところ、名目リスク係数は、広島・長崎で被ばくした人たちが、のちに発がんして亡くなったり、QOLを低下させたりした「損失」を総合的に考えたもの、と理解した。
その上で、ICRPは放射線防護上は、将来的にがんで亡くなるリスク係数「致死リスク係数」0.05を使うように言っている。さっき、グラフを「がんの過剰発生」ではなく「超過死亡」と読み替えてくださいと書いたのは、そのせい。
また、今後、傾きも0.05として読み替える。
さて、この「致死リスク係数」0.05は、具体的になにを意味するか。
これもそう簡単に言えない側面があるのだが、粗く言ってしまえばある集団が1Svの被ばくをすると、トータルで5%がんによる死亡が増えるということ。
もっとも、1Svの被ばくはなかなかする機会がないので、20mSvで考えるなら、50分の1として、0.1%の増加ということになる。
もしも、1万人が住む町があったとする。
その町の1万人をずっと追跡したとすると最終的には3000人(30%)が、がんで亡くなる。(これは、毎年100万人が亡くなり30数万人はがんによる死亡である日本の現況がこのまま続くという粗い仮定に立った話)。
ところが、その町の住民が平均20mSvの放射線を浴びたとする。
すると先ほどの3000人に加えて、放射線による超過死亡が生じる。
これはさっき計算した通り、人口の0.1%だから、10人だ。結局当初の1万人中、3010人ががんでなくなり、そのうち10人が、放射線による超過死亡ということになる。
あくまで放射線影響にかぎって考えれば、1万に10人。もっと単純化して1000人に1人というのが本質的なところ。(要するに0.1%ということです! ただ、この議論は非常に粗くて、桁が合っていればいい、くらいのものであるご理解を)。
ICRP2007が言っている致死リスク係数というのは、だいたいこんなこと。
【注・もちろん、これが乳幼児、子どもになると、影響がもっと大きくなると想定される。ここはICRPから逸脱するが、かりに係数を10倍するとして(この係数についてのICRPは3倍とどこかで言っているらしいが、発見していない。ここは桁が違うという前提で)、1万人の子どもが被ばくしたら、将来、100人の放射線由来のがん超過死亡が加わることになる。こと放射線の影響という部分だけで考えると1万人に100人、つまり100人に1人ががんで死亡するのだとしたら、実に重たい。若齢での被ばくが早期での発がんに繋がるとしたら、がん死としても人生に与える影響はさらに大きいと考えるべき。しかし、繰り返すが、これは元々不確実なICRPの基準をラフに使ってなおかつ、勝手に10倍したものなので、本当に参考の参考程度。リスク評価は、門前小僧は自粛する】
本当の意味でLNTなモデル
参考までに、アメリカで放射線のリスク評価をしているBEIR(電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会)はICRPと同じような証拠をもとに議論をした上で、1.5で割っている(ICRP)よりも厳しく見ており、本当の意味でのLNTに近い。(なぜかぼくはBEIRは、本物のLNTと誤解していた)
ドイツでは1で割っていると、指摘を受けたが、今のところ未確認。正しければ、本当の意味でのLNTになる。
悲観的な考え
ホルミシスや「閾値あり」とは違い、破線部が上に凸な形状になると仮定する人たちがいる。
津田さんが描いてくれた図では、こんなかんじ。
こういったモデルを主張する代表格は、ECRR(欧州放射線リスク委員会)だ。各国政府や国際機関の組織ではなく、独立した市民活動的側面を強く持つグループである。
根拠は、疫学的には、ヨーロッパの核施設(イギリスのセラフィールド、フランスのラアーグ、ドイツの各原発周辺)などで子どもの白血病の多発(多発とは、平均よりも多く罹患者がでるという意味。疫学でいうアウトブレイクは感染症のみならず、ある疾病が通常以上の頻度で発生することを言うことに留意)などが旧来から言われている。
なお、これらの研究や報告などは、被ばく量の推定が難しかったり(低い被ばくではなかったかもしれない。イギリス、フランス)、他の要因を考慮する余地があったり(イギリスとフランスについては人口混交効果なるもので説明しようとした研究者がいた。また、ドイツについては原発に近くに住む子ほど白血病になりやすいという結果を導いたものの、研究された各原発のまわりの空間線量は低く、社会経済的な要因なども指摘されている)、決定的な研究とはいえない。
また、ECRRはチェルノブイリの事故後、スウェーデンでのがんが増えた(セシウム137の100kBq/m2の放射性物質降下に対して、がんの比率が11%(95%信頼区間 3-20%)とするTondel論文を重く見ている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1732641/pdf/v058p01011.pdf
しかし、この論文もこれだけで決定的なものとは言い難いようだ。
ちなみに、この論文について痛烈な批判を書いた日本のブロガーがおり、(http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110520#1305851134)、これはこれで疫学のことをあまり知らないまま、統計は読める人にありがちな罠に落ち込んでいるようにぼくには見える。ただ、門前の小僧であるぼくは彼(or彼女)の批判を詳細に検討するのも身に余る。また、批判が的を射ているかもしれないとも思う。ぜひ、ブロガー自身が、論文が出た雑誌Epidemiol Community Healthにコメントを送ってほしいと願う。また著者トンデル氏に直接問い合わせもいいかもしれない。メールアドレスは、論文の冒頭に出ている。著者自身やエディターの意見が聞くことかできれば、世界中の人にとって有益であろう。(この件は、別にこのブログに限らず、査読付き雑誌に出た論文の瑕疵を見つけたなら、せっかくだから著者や雑誌にレターを送ってみればどうかと最近真剣に思っている)。
もっともすでに、同様のツッコミが別の筋からアカデミックに行われているなら、ご教示いただけるとさいわい。
いずれにしても、人間集団の中で、100mSv以下の被ばくの影響を見積もるのは本当に難しい。
ECRRの考えの一部(全部とはいえない。後述)は、悲観論側として、ありえなくはない、とぼくは考えておくことにしている。
なお、「二相性モデル」について、ECRRはペトカウ効果だとか、バイスタンダー効果だとか、ぼくにはよく分からない生物学的機構を用いて説明しようとしている。これについては門前の小僧ですらないので論じられない。素直によく分からないと述べておく。
津田さんも同意見だったが、内部被曝込みの影響か、外部被曝中心の評価か、の違いでいいんではないか、とは思う。
さらにいっておくと、ECRRの勧告はICRPと比べて厳格すぎて、今の日本の現状では「役に立たない」。一般人の年間被ばく線量限度について、ECRRは0.1mSvを勧告する。この数字だけが一人歩きし、ECRRはけしからんとか、逆に日本政府の対応は生ぬるいとか、いろいろ言われるようだけれど、どっちにしても、この基準を勧告されても、今の福島などでは実現不可能だ。
さらにさらに、ついでに書いておくと、よく誤解されるけれど、年間被ばく線量限度とは、環境中の人工線源による(自然放射線や、医療用などを除く)被ばくだ。西日本の人が、今、自分が住んでいる場所の自然放射線を年間積算して0.1mSvを超えたと、さわぐのはおかしい(そういう人がいるか知りませんが)。
シーベルトという単位について少し
そもそもSv(シーベルト)という単位は、人体影響をあらわすために特別に作られたもので、外部被曝にせよ、内部被曝にせよ、正しく人体影響を換算できていれば、本来なら、被ばく量(シーベルトが単位)と健康影響は比例するはず。本当は各種電離放射線からの換算係数(外部被曝の場合)、ベクレルからの核種ごとの換算係数を見直せ、ということなのかもしれない。
ちなみに、ICRPが内部被曝のベクレル→シーベルト換算用に使っている係数はこちら。
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
また、こちらでは、簡単に計算をしてくれるページを作ってくれている。
http://testpage.jp/m/tool/bq_sv.php?guid=ON
幅を考えること
以上、楽観的なホルミシス説から悲観的なECRRまで、ざっと見てきた。
いろいろな意見があるが、じゃ、どれが正しいのかと問われると困る。
ひとつ言えるのは、今、専門家が同士が緊急に議論したとしてもすぐさま合意に至るわけではなかろうから、すでに国際基準として日本が採用しているICRPの最新勧告を最低限のラインに、公共の放射線防護施策、公衆衛生施策(衛生というと変かもしれないが、パブリックヘルスと思ってください)は、考えて欲しい。
で、個人的な信念については、自分が納得できる考え方をご自由に、ということになる。
いずれにしても、今、世の中には、これだけの見解の差があることを知っていると、自分の信じていることとは違う意見に出会っても、うろたえずに済む。
ただし!
申し訳ないけれど、ホルミシスからECRRまでの、「幅」を定量的にしっかり示す能力はぼくにはない。
門前の小僧、ここに力尽きるだ。
せめて、自分が聞かされてきたこと、周囲で支配的だった意見とまったく違うことを言っている人がいても、ああ、「この人はあれか」と分かるだけでも、放射線と健康をめぐる見通しがよくなるのではないかと思ってここまで書いた。
なお、科学的に(疫学的に)はっきり分からないからこそ、専門家の意見が大幅に食い違う。
分からないのは、影響が小さすぎて、もっと大人数の調査でないと検出の限界を超えてしまったり、ほかのノイズに埋もれてしまうからだ。
だから、大したことはないのだともいえる。
実は、いろいろな情報にさらされて、怖くなりすきて引き起こされる、いわば放射線情報ストレスというのも、確実に健康被害をもたらしているかもしれないと感じており(今のところ証拠はないが、ストレスが様々な病気のリスク要因になるのは常識レベルだろう)、「心配しない方が得!」とも言えるだろう。
もっとも、これまで紹介した中で、ECRR的悲観論に立つ人は、これに納得しないと思う。
また、福島で子を持つ人も、納得しがたいだろう。
後者については、徹底的な放射線源の撤去(土や植物など含む)を含めて、日常的に被ばくする量を減らして欲しいし、「子どもがいる家族」で引っ越したい人、留まりたい人、双方に公的支援を願いたいと思う。
急性障害について
そうそう、「幅」を考えるにあたって、ECRRの主張をはるかに超える立場があるのを思い出した。
関東や関西や、時には九州ですら、「放射線被曝の急性障害として鼻血や下痢が!」「関東で甲状腺障害!」といった情報がネットで乱れ飛ぶことがある。
これはこれまでの放射線疫学の常識では(たぶん放射線臨床の常識でも)ありえないことだが、人間集団を観察する疫学の立場としては無視できない。(だからといって、放射線の急性障害が起きていると短絡してはいけない)。
個人的には、そういう心配をしている人には、心配する方が体に悪いと言いたいが、本当に心配だったら、とりあえずは通院してもらいたいと切に願う。
ひょっとすると、放射線由来かどうかは関係なく、重たい病気の兆候ということもありえる。
なによりも、そのような症状の人がたくさんやってくれば臨床医が多発に気づく。
それがおかしいと感じれば、医師会で問題になったり、保健所が動いたりする。結果、実地疫学的な調査が行われ、多発が確認されるかもしれない。その上で、原因も分かるかも知れない。
原因候補は、放射線と思いたい人もいるかもしれないが、いろいろありえる。前述したストレスの他に、感染症だとか、アレルギーだとか。
**********
以上、放射線の健康影響について、議論されている「幅」について議論した。
低線量放射線が体によいという放射線ホルミシス(実に魅力的な説で、電力会社などから予算を得た研究者がかなり熱心に研究している。公の性質がある放射線影響研究所や、放射性医学研究所にも研究者がいる)は、そうだったらどれだけいいだろうと思うけれど、疫学証拠は薄く、少なくと現時点で防護の考えとは馴染まない。
ICRPは、当面よりそっていくべき指標だと思うけれど、単に20mSVの被ばくでも、水道水での平時の基準「10万人に1人が、生涯リスクで水道水がもとで死亡しないようにする」ということを(日本の水道局はそれを実現してきた)考えるといかにも高い。関東以西はほぼ心配する必要はないけれど、福島はやはり心配だなあという印象。
その一方で、我々がふだん、どれだけのリスクをあまり意識することく受け入れてきているか、ということとの比較は重要。単純にリスクの比較を拒む人がいるけれど、定量的な比較は判断の基準になる。受動喫煙やアスベストや、様々な生活習慣との比較もできるので、それはほかのサイトを探して、自分なりの指針を構築するのに使ってみてほしい。
ECRRは、前述のとおり、かりに彼らの懸念が当たっていたとしても、「使えない」局面が多すぎる。
彼らの勧告をすべて真に受けると、福島県全域とさらにその周辺での避難も検討されなければならず(関東も含むだろう)、彼らが考える放射線リスクのほかに、避難やストレスのリスクも当然極大化する。
急性障害については、現段階ではないと言い切ってよいと思う。もしも本当にあったら新たに発見された放射線影響というこになる。それはそれで、すごいことである。もしも、鼻血が出たり、下痢が止まらない人は、心配なら、とりあえず受診してください! 鼻血や下痢の原因候補は、放射線を疑う前にゴマンとあるけれど、実際に多発しているなら、なにはともあれ臨床医に「発見」してもらわないと。
というのがまとめ。
ここから先、オリジナルのエントリでは、個人と家族の防護と公衆衛生(public health)について語っていたのだが、今回はそこを削除する。
今後吟味してまた、付け足すかもしれないし、独立した別エントリで議論するかもしれない。独立させた方が読みやすかろうとは前から思っていたし。
追記
本文中にも述べたが、公衆衛生的な発想での対策の落としどころはどこか、となると、やはりICRPを基準にしていくしかないと思う。今議論しても、話がまとまる前に自体はどんどん動いていく。既存のコンセンサスとして、ICRP勧告の位置づけは重たい。
先の話として、考え方の見直しが必要な部分が出てくるにしても。
追記2
放射線のリスクについてばかり延々と書いてきたけれど、リスクは放射線だけではない。
さまざまなリスクの中で我々は暮らしており、東京だと大気汚染もばかにならない。
喫煙は自分で吸うのも、人の煙を吸い込むのもとても大きなリスクだ。
福島での放射線リスクよりも上だろう。
そして、さらに今のところ定量化されていないと思うけれど、放射線を気にし続けるストレスの健康影響について、かなり大きなものになのるではないかと心配している。
これはまた、別のテーマ。
追記3
最初、ICRPの0.055という「名目リスク係数」を、放射線による発がんの過剰発生の係数として使い議論した。これが厳密には「ちょっと違う」ことは本文中に書いた通り。そこで、「致死リスク係数0.05」を使い、書き直した。でも、結果的には、内容はほとんど変わらなかった。なぜか、分かった人は鋭すぎです。
簡単に言うと、がんに罹患する人についての統計は、意識せずに年齢調整済みの数字を使ってしまっており、がんで死亡する人についての「致死リスク係数」で議論しなおした今回、年齢調整していない実際の数を使ったから。(それらが偶然、近かった)
どっちが適切なのか、門前の小僧にはわかりません! いずれにせよ、「考え方」について述べる論考ゆえ、許してたもれ。
追記4(2011.7.11)
このエントリを書こうとおもった直接のきっかけは、6月、1週間をへずに、以下の2つの体験をTwitterでしたからです。
・極端な悲観派の方が、都内での健康影響にそれほど心配をしていないぼくに対して、「あなたが食べた放射性物質が、排泄され、最終的にはわたしにも届く。迷惑!」という主旨の非難をされた。
・かなり楽観派で、おそらくはホルミシス支持している自称理学博士より、「疫学は知らない。放射線は危険ではない。わたしは理学博士で、あなたは文系」(超まとめ)と言われた。
正直、このAさんとBさんが(仮名)が直接議論してもらいたいものだと思いつつ、この幅ってすごいよなあ、と思ったのでした。
追記5(2011.7.14)
ひどい間違いをやらかしていたことが発覚。
リスクの計算をする時の母数を間違い、結果的に2桁も安全側にふれた「デマ」を流したも同然。
みなさんすみません。
粗い見積もりをやっているつもりが(それは大事なこと)、結果的に桁が違うくらいのミスは、やった意味がないということなのです。
真面目に読んでくださった方に陳謝。
【能書き】
5月15日に、国際大学グローコムにて、「見えない不安に立ち向かうセミナー・保護者と教師のための放射線学」という勉強会を開いた。
その際、岡山大学の津田敏秀教授に登壇してもらい、疫学的な観点から、放射線の健康影響をどう考えればいいのか「統計科学における確率の考え(Vs ゼロリスク)について」と題して、ご教示いただいた。
その時の様子は、ウェブで動画でも見ていただけるし、また、使用したスライドもPDFにしてご覧いただける。さらに、最近、講演を書き起こした。というわけで、スライドを見つつ、テキストを読んでいただくのも、動画を見ていただくのも可能。
https://sites.google.com/site/radiology3871/seminar20110515/jiang-yan-hua-xiang-zi-liao
基本的に、それを見てもらえればいいのだけれど、小説「エピデミック」を書く前から、疫学の「門前の小僧」なっている感のあるぼくとしては、津田さんの講演の中から、特に強調しておきたい部分も出てきた。
ここから先、津田さんに大いに影響を受けつつ、基本的には川端裕人文責による「ささやかな考察」を行う。
なぜ「門前の小僧」がこんなことをするかというと、日本の放射線疫学の知見をふんだんに使いつつも、日本の疫学者は(もっとも活躍すべき放射線疫学者も、疫学の手法に熟知しつつも少し離れたところから、様々な解説をしうるその他分野の疫学者も、ほとんど沈黙を守っており、「なんで黙ってるわけ?」というフラストレーションが高まっているから。
(群馬大中澤准教授よりコメントあり。国立がんセンター http://www.ncc.go.jp/jp/ には東大疫学出身者がかなりおり、かなり早い時期から組織として一般向けに発言をしてくれているとのこと。たしかにこのサイトはよく見ました。ありがとう!感謝なり)
津田さんにすべてお任せというわけにはいくまいし、また、一人にお任せなのも問題だ。
だから、津田さんの議論をベースにしながらも、門前の小僧が調べたり、考えたことを述べる。
基本的に、話題にするのは表題通り1点。
・「科学的」にもはっきりしない低線量被ばくの健康影響について有り得る「幅」を知っておくこと
それぞれ、人間の健康影響について因果関係に推論するための「唯一」の手法である疫学的な観点を中心におくように努力する。小僧なりに。
ささやかとはいえ、前振りがこれだけ長いのでも分かる通り、そう簡単には終わらない。
かなり長文になるけれど、一気に書かないと意味がないと思うので。
***********
まずは、「科学的」にもはっきりしない低線量被ばくの健康影響について有り得る「幅」を知っておくこと、について。
まず最初の注釈は、ここでいう「科学的」とは、主として「疫学的」という意味であるということ。
くりかえすけれど、こと、人間集団を対象にした健康影響について、一番、信頼できる情報を提供するのは疫学だ。
それについては、WHOの下部機関で、がんのリスクについて評価するIARC(国際がん研究センター)の基準で、グループ1(=発がん性あり)と認定されるためには、 疫学証拠が最重要視され、動物実験などは傍証的に扱われることは、納得いただけるだろうか。
http://monographs.iarc.fr/ENG/Preamble/CurrentPreamble.pdf
(この22ページにグループ1になるための条件がある。十分な(sufficient)な疫学証拠は単独でグループ1分類の理由になりうる。また疫学証拠が十分でない場合には、十分な動物実験・その物質が人体に作用する機序の強い証拠などと合わせ技で分類に記載されうるが例外的。動物実験だけでは、グループ1にはならない)
発がん性、とひとことで言っても、動物によって感受性は違う。
有名な例として、ヒ素は、人間には発がん物質であるが(グループ1)、動物実験でがんを発生したことは今のところない。
というわけで、放射線の人体影響を語るのは放射線疫学、ということになる。
現代の放射線疫学の基礎は、日本の広島・長崎の原爆・被爆者調査が基礎になっている。被ばくした人の数といい、その後の追跡期間といい、これだけの人が、性別、年齢をとわず、一斉に被ばくし、長期にわたって観察されたことは、それまでなかったのだから、当然のことともいえる。
その前提で、まず最初のスライドをみてほしい(津田さん作成、以下別ウィンドウにて常に参照することう推奨します)。
横軸はこの場合シーベルト(Sv) で被ばくした量。
もっとも、シーベルト単位で被ばくはなかなかないので、ミリシーベル(mSv)だと思っておいてほしい。
縦軸は、被ばくから何年もたってからあらわれる(晩発性影響というそうです)病気のリスク比だ。もともとの病気の発生数を1としたら、被ばくの影響でそれが何倍になるか。よく研究されているのは、がんなので、この場合も「がんによる死亡」とする。津田さんのグラフはタイトルが「がんの過剰発生」となっているけれど、「がんによる超過死亡」と読み替えておいてください(理由は後述)。
津田さんが描いてくれたこのグラフで、定規があたっている部分は実際に観察されたリスクで、点線になっている部分は、はっきり分からない部分。だいたい100mSvを境界にするようだ。
描いてある複数の点線がY軸と交わるところで同じ所(y=1のところ)に収束しているのは、今問題にしている環境中の人工放射線の影響がなくても、その前からあるがん死亡のリスク。
そこには、自然放射線の影響や、その他の影響(タバコ、大気汚染、アスベスト、飲酒、遺伝要因、その他色々なものが絡まっている)があるはずだが、とりあえず、原発などからの人工的な放射線がなくとも一定数のがんは発生してそれを「1」として基準にしている、ということ。
ということで、y軸(つまりX=0で自然放射線のみの状態)から、100mSvあたりまでが「よく分からない」とされる世界。
なぜ、はっきり分からないかというと、その程度の被ばくでは、もともとこの世の中にある「がん」という病気から人工由来の放射線によるがんによる増加分が検出できるだけの数にはならない(症例の数が少なく、ほかの要因でがんになった人もたくさんいる集団の中での寄与分をしっかり割り出せない)ということ。
だから、もともとこのあたりの発がんリスクは、気にしようにも「定量的に気にするのが難しい」領域といえる。
とはっても「絶対安全」ともいえないわけで、様々な説が乱れ飛ぶ場となっている。ぜひ、定量的が指標がほしいところなのだが、なかなか悩ましい。
標準的には、疫学証拠があるところからY軸まで、そのまま直線(リニア)を引いて、どこかで急に影響なしになったりしない(閾値なし)モデル、つまり、リニア・ノン・スレスホールド=LNTという仮説を取る。
けれど、それよりも楽観論、悲観論は、専門家と称される人たちの中にも常にあり、混乱させられる。
まずは楽観論から見ていこう。
放射線ホルミシス
スライドの中でも、一番の楽観論。
縦軸が1(Y=1)の部分が、疫学指標の相対リスクとして、益もなければ害もなし、という境界なのだが、放射線ホルミシスの論者は、1を大きく割り込んで、「1と0」の間で議論をする。
つまり低線量の被ばくは、むしろ、体にいい、という。
一般的な説明として、よく引き合いに出されるのは、ラドン温泉の健康効果であるとか、ラドン温泉地域やほかの自然放射線が多い地域で、自然放射線による発がんの増加がはっきりと観察されていないこと、日本の原発労働者など一般人よりは被ばくしている人たちで、むしろ発がんがやや少ないという報告があることなど(原子力発電施設等 放射線業務従事者等に係る疫学的調査 http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf)。
この中では、原発労働者の件が本稿のメインテーマである疫学研究だ。これは、研究者自身が、選択バイアスのひとつ「健康労働者効果」だろうと結論している。原発で働く人はまず健康であることが前提。一方、対照群は一般の人たちなので、健康な人たちが多い集団と、健康な人と病気がちな人が混じっている集団を比べていることになる。そのバイアス(=偏り)の範囲内であろう、と。
放射線ホルミシスについてのwikiの記述も、気になる人は参照してください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホルミシス効果
ぼくが知る限り、ホルミシスを支持する証拠は、マウスやラットの動物実験がほとんどだ。動物実験の結果はそのまま人間に適用できないので、疫学証拠がほしい。
そこで、Pubmedで調べた。1990年以降、"radiation hormesis" とepidemiologyのキーワードにかかるのは9件。中にはアブストラクトすら見られないものもあったけれど、ぱっと見たかぎり人間集団を対象にした疫学研究はなかった。
もちろん、このキーワードに引っかからない疫学研究があるなら、ご教示を。
(**コメント欄にひとつの論文が紹介していただけた。内容は微妙なものだったけれど興味のある方はコメント欄をどうぞ)
一方、2005年のBMJに掲載された、WHOの下部機関、国際がん研究センターのCardisらの論文は、放射線ホルミシスに不利な結論を導いているように思える。(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17388693 これPDFをどこかで落とせたのだけど今見つからない)。日本を含む15カ国での調査をとりまとめ総計60万人について総合した研究(メタアナリシス)で、はっきり発がんリスクが確認できている。つまり、ホルミシス効果はここでは否定させれている。
疫学では最高レベルの雑誌BMJに出ているのに、今のところそれほど有名になっていないのか、評価を知りたい。
(*はてぶより、この論文中の15カ国中カナダのデータが問題視されているとのこと。確認済み。そこのところを評価しなおした論文が今年か来年に出るとか。それがどのようになるか興味深いが、現時点でホルミシスの疫学証拠が薄いのは、事実だと思っているので論旨は変わらない。)
まとめ。
これは門前の小僧であるぼくの個人的な見解であるから、参考までに。
ホルミシスは原理的にあり得ないわけではないが、今のところはっきりしない。
ひとことでいえば、分からない。だ。
なによりも、放射線防護の観点からは「使えない」説でもある。
そして、今この時点で、「ホルミシス効果があるから、むしろ放射線は安全」などという人は、危険だと思う。(原発事故報道のきわめて初期だが、ある地方局に呼ばれた放射線ホルミシスの研究者が、自説はすでに確定した定説として、『福島第一原発』の正門前に行ってもむしろ体に良いくらいだ、と述べていたのには驚愕した)。
閾値がある、という考え
放射線の被ばくが減るとだんだん健康影響は減じ、あるところでゼロになる、というのが「閾値あり」の考え方。津田さんの図では、「閾値(フランス)」という矢印で示されている考えだ。
ちなみに、フランスでは、世界で唯一政府の見解として「閾値あり」モデルが採用されていて、それに応じた放射線防護策が取られているらしい。
この閾値があるかどうかも、疫学研究では分かっていない。
閾値ありモデルを主張する人は、動物実験や、生物学的なメカニズム論(放射線に被ばくした際の修復機能を見込んでいたりするらしい)から閾値があるはずだと述べていると認識しているが、人間集団では観察できていないのは(原理的に観察しにくい)のは、ホルミシスと同様。
ICRP勧告は直線・閾値なし、か
さて、日本で放射線防護施策の基準となっているのは、国際基準といってもいいICRPの勧告だ。
一般にこれはLNT 「直線・閾値なし」の仮説だと言われている。
でも、安易にLNTと呼ぶには首を捻らざるを得ない部分もあってややこしい。
というのも、この直線の実線の傾きが1だとして(実際に観察されている疫学研究ではそれくらいになる。グラフでは津田さんは、1.1としている)、破線部(100mSvの部分)は、低い被ばくだからということで、低減効果を期待して、2で割っているのだ。これには、線量・線量率効果係数(DDREF)という、いかめしい名前がついている。
つまり傾きは0.055。これを「名目リスク係数」と呼ぶそうだ。
で、なにはともあれ、ICRPの勧告に従うと、実線と破線は繋がらない。
ある閾値(100mSv)で急に害が半減するという閾値モデルといえなくもない。
このモデルにおいて、名目リスク係数の考え方は、総量1Svの被ばくをした人は、将来の発がんの可能性が0.055(5.5%)増えますよと言っていると解釈してよいと考えてしまっていたのだが、ちょっと複雑らしい。
Twitterでの指摘を受けて、ICRP2007を再確認したところ、名目リスク係数は、広島・長崎で被ばくした人たちが、のちに発がんして亡くなったり、QOLを低下させたりした「損失」を総合的に考えたもの、と理解した。
その上で、ICRPは放射線防護上は、将来的にがんで亡くなるリスク係数「致死リスク係数」0.05を使うように言っている。さっき、グラフを「がんの過剰発生」ではなく「超過死亡」と読み替えてくださいと書いたのは、そのせい。
また、今後、傾きも0.05として読み替える。
さて、この「致死リスク係数」0.05は、具体的になにを意味するか。
これもそう簡単に言えない側面があるのだが、粗く言ってしまえばある集団が1Svの被ばくをすると、トータルで5%がんによる死亡が増えるということ。
もっとも、1Svの被ばくはなかなかする機会がないので、20mSvで考えるなら、50分の1として、0.1%の増加ということになる。
もしも、1万人が住む町があったとする。
その町の1万人をずっと追跡したとすると最終的には3000人(30%)が、がんで亡くなる。(これは、毎年100万人が亡くなり30数万人はがんによる死亡である日本の現況がこのまま続くという粗い仮定に立った話)。
ところが、その町の住民が平均20mSvの放射線を浴びたとする。
すると先ほどの3000人に加えて、放射線による超過死亡が生じる。
これはさっき計算した通り、人口の0.1%だから、10人だ。結局当初の1万人中、3010人ががんでなくなり、そのうち10人が、放射線による超過死亡ということになる。
あくまで放射線影響にかぎって考えれば、1万に10人。もっと単純化して1000人に1人というのが本質的なところ。(要するに0.1%ということです! ただ、この議論は非常に粗くて、桁が合っていればいい、くらいのものであるご理解を)。
ICRP2007が言っている致死リスク係数というのは、だいたいこんなこと。
【注・もちろん、これが乳幼児、子どもになると、影響がもっと大きくなると想定される。ここはICRPから逸脱するが、かりに係数を10倍するとして(この係数についてのICRPは3倍とどこかで言っているらしいが、発見していない。ここは桁が違うという前提で)、1万人の子どもが被ばくしたら、将来、100人の放射線由来のがん超過死亡が加わることになる。こと放射線の影響という部分だけで考えると1万人に100人、つまり100人に1人ががんで死亡するのだとしたら、実に重たい。若齢での被ばくが早期での発がんに繋がるとしたら、がん死としても人生に与える影響はさらに大きいと考えるべき。しかし、繰り返すが、これは元々不確実なICRPの基準をラフに使ってなおかつ、勝手に10倍したものなので、本当に参考の参考程度。リスク評価は、門前小僧は自粛する】
本当の意味でLNTなモデル
参考までに、アメリカで放射線のリスク評価をしているBEIR(電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会)はICRPと同じような証拠をもとに議論をした上で、1.5で割っている(ICRP)よりも厳しく見ており、本当の意味でのLNTに近い。(なぜかぼくはBEIRは、本物のLNTと誤解していた)
ドイツでは1で割っていると、指摘を受けたが、今のところ未確認。正しければ、本当の意味でのLNTになる。
悲観的な考え
ホルミシスや「閾値あり」とは違い、破線部が上に凸な形状になると仮定する人たちがいる。
津田さんが描いてくれた図では、こんなかんじ。
こういったモデルを主張する代表格は、ECRR(欧州放射線リスク委員会)だ。各国政府や国際機関の組織ではなく、独立した市民活動的側面を強く持つグループである。
根拠は、疫学的には、ヨーロッパの核施設(イギリスのセラフィールド、フランスのラアーグ、ドイツの各原発周辺)などで子どもの白血病の多発(多発とは、平均よりも多く罹患者がでるという意味。疫学でいうアウトブレイクは感染症のみならず、ある疾病が通常以上の頻度で発生することを言うことに留意)などが旧来から言われている。
なお、これらの研究や報告などは、被ばく量の推定が難しかったり(低い被ばくではなかったかもしれない。イギリス、フランス)、他の要因を考慮する余地があったり(イギリスとフランスについては人口混交効果なるもので説明しようとした研究者がいた。また、ドイツについては原発に近くに住む子ほど白血病になりやすいという結果を導いたものの、研究された各原発のまわりの空間線量は低く、社会経済的な要因なども指摘されている)、決定的な研究とはいえない。
また、ECRRはチェルノブイリの事故後、スウェーデンでのがんが増えた(セシウム137の100kBq/m2の放射性物質降下に対して、がんの比率が11%(95%信頼区間 3-20%)とするTondel論文を重く見ている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1732641/pdf/v058p01011.pdf
しかし、この論文もこれだけで決定的なものとは言い難いようだ。
ちなみに、この論文について痛烈な批判を書いた日本のブロガーがおり、(http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110520#1305851134)、これはこれで疫学のことをあまり知らないまま、統計は読める人にありがちな罠に落ち込んでいるようにぼくには見える。ただ、門前の小僧であるぼくは彼(or彼女)の批判を詳細に検討するのも身に余る。また、批判が的を射ているかもしれないとも思う。ぜひ、ブロガー自身が、論文が出た雑誌Epidemiol Community Healthにコメントを送ってほしいと願う。また著者トンデル氏に直接問い合わせもいいかもしれない。メールアドレスは、論文の冒頭に出ている。著者自身やエディターの意見が聞くことかできれば、世界中の人にとって有益であろう。(この件は、別にこのブログに限らず、査読付き雑誌に出た論文の瑕疵を見つけたなら、せっかくだから著者や雑誌にレターを送ってみればどうかと最近真剣に思っている)。
もっともすでに、同様のツッコミが別の筋からアカデミックに行われているなら、ご教示いただけるとさいわい。
いずれにしても、人間集団の中で、100mSv以下の被ばくの影響を見積もるのは本当に難しい。
ECRRの考えの一部(全部とはいえない。後述)は、悲観論側として、ありえなくはない、とぼくは考えておくことにしている。
なお、「二相性モデル」について、ECRRはペトカウ効果だとか、バイスタンダー効果だとか、ぼくにはよく分からない生物学的機構を用いて説明しようとしている。これについては門前の小僧ですらないので論じられない。素直によく分からないと述べておく。
津田さんも同意見だったが、内部被曝込みの影響か、外部被曝中心の評価か、の違いでいいんではないか、とは思う。
さらにいっておくと、ECRRの勧告はICRPと比べて厳格すぎて、今の日本の現状では「役に立たない」。一般人の年間被ばく線量限度について、ECRRは0.1mSvを勧告する。この数字だけが一人歩きし、ECRRはけしからんとか、逆に日本政府の対応は生ぬるいとか、いろいろ言われるようだけれど、どっちにしても、この基準を勧告されても、今の福島などでは実現不可能だ。
さらにさらに、ついでに書いておくと、よく誤解されるけれど、年間被ばく線量限度とは、環境中の人工線源による(自然放射線や、医療用などを除く)被ばくだ。西日本の人が、今、自分が住んでいる場所の自然放射線を年間積算して0.1mSvを超えたと、さわぐのはおかしい(そういう人がいるか知りませんが)。
シーベルトという単位について少し
そもそもSv(シーベルト)という単位は、人体影響をあらわすために特別に作られたもので、外部被曝にせよ、内部被曝にせよ、正しく人体影響を換算できていれば、本来なら、被ばく量(シーベルトが単位)と健康影響は比例するはず。本当は各種電離放射線からの換算係数(外部被曝の場合)、ベクレルからの核種ごとの換算係数を見直せ、ということなのかもしれない。
ちなみに、ICRPが内部被曝のベクレル→シーベルト換算用に使っている係数はこちら。
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
また、こちらでは、簡単に計算をしてくれるページを作ってくれている。
http://testpage.jp/m/tool/bq_sv.php?guid=ON
幅を考えること
以上、楽観的なホルミシス説から悲観的なECRRまで、ざっと見てきた。
いろいろな意見があるが、じゃ、どれが正しいのかと問われると困る。
ひとつ言えるのは、今、専門家が同士が緊急に議論したとしてもすぐさま合意に至るわけではなかろうから、すでに国際基準として日本が採用しているICRPの最新勧告を最低限のラインに、公共の放射線防護施策、公衆衛生施策(衛生というと変かもしれないが、パブリックヘルスと思ってください)は、考えて欲しい。
で、個人的な信念については、自分が納得できる考え方をご自由に、ということになる。
いずれにしても、今、世の中には、これだけの見解の差があることを知っていると、自分の信じていることとは違う意見に出会っても、うろたえずに済む。
ただし!
申し訳ないけれど、ホルミシスからECRRまでの、「幅」を定量的にしっかり示す能力はぼくにはない。
門前の小僧、ここに力尽きるだ。
せめて、自分が聞かされてきたこと、周囲で支配的だった意見とまったく違うことを言っている人がいても、ああ、「この人はあれか」と分かるだけでも、放射線と健康をめぐる見通しがよくなるのではないかと思ってここまで書いた。
なお、科学的に(疫学的に)はっきり分からないからこそ、専門家の意見が大幅に食い違う。
分からないのは、影響が小さすぎて、もっと大人数の調査でないと検出の限界を超えてしまったり、ほかのノイズに埋もれてしまうからだ。
だから、大したことはないのだともいえる。
実は、いろいろな情報にさらされて、怖くなりすきて引き起こされる、いわば放射線情報ストレスというのも、確実に健康被害をもたらしているかもしれないと感じており(今のところ証拠はないが、ストレスが様々な病気のリスク要因になるのは常識レベルだろう)、「心配しない方が得!」とも言えるだろう。
もっとも、これまで紹介した中で、ECRR的悲観論に立つ人は、これに納得しないと思う。
また、福島で子を持つ人も、納得しがたいだろう。
後者については、徹底的な放射線源の撤去(土や植物など含む)を含めて、日常的に被ばくする量を減らして欲しいし、「子どもがいる家族」で引っ越したい人、留まりたい人、双方に公的支援を願いたいと思う。
急性障害について
そうそう、「幅」を考えるにあたって、ECRRの主張をはるかに超える立場があるのを思い出した。
関東や関西や、時には九州ですら、「放射線被曝の急性障害として鼻血や下痢が!」「関東で甲状腺障害!」といった情報がネットで乱れ飛ぶことがある。
これはこれまでの放射線疫学の常識では(たぶん放射線臨床の常識でも)ありえないことだが、人間集団を観察する疫学の立場としては無視できない。(だからといって、放射線の急性障害が起きていると短絡してはいけない)。
個人的には、そういう心配をしている人には、心配する方が体に悪いと言いたいが、本当に心配だったら、とりあえずは通院してもらいたいと切に願う。
ひょっとすると、放射線由来かどうかは関係なく、重たい病気の兆候ということもありえる。
なによりも、そのような症状の人がたくさんやってくれば臨床医が多発に気づく。
それがおかしいと感じれば、医師会で問題になったり、保健所が動いたりする。結果、実地疫学的な調査が行われ、多発が確認されるかもしれない。その上で、原因も分かるかも知れない。
原因候補は、放射線と思いたい人もいるかもしれないが、いろいろありえる。前述したストレスの他に、感染症だとか、アレルギーだとか。
**********
以上、放射線の健康影響について、議論されている「幅」について議論した。
低線量放射線が体によいという放射線ホルミシス(実に魅力的な説で、電力会社などから予算を得た研究者がかなり熱心に研究している。公の性質がある放射線影響研究所や、放射性医学研究所にも研究者がいる)は、そうだったらどれだけいいだろうと思うけれど、疫学証拠は薄く、少なくと現時点で防護の考えとは馴染まない。
ICRPは、当面よりそっていくべき指標だと思うけれど、単に20mSVの被ばくでも、水道水での平時の基準「10万人に1人が、生涯リスクで水道水がもとで死亡しないようにする」ということを(日本の水道局はそれを実現してきた)考えるといかにも高い。関東以西はほぼ心配する必要はないけれど、福島はやはり心配だなあという印象。
その一方で、我々がふだん、どれだけのリスクをあまり意識することく受け入れてきているか、ということとの比較は重要。単純にリスクの比較を拒む人がいるけれど、定量的な比較は判断の基準になる。受動喫煙やアスベストや、様々な生活習慣との比較もできるので、それはほかのサイトを探して、自分なりの指針を構築するのに使ってみてほしい。
ECRRは、前述のとおり、かりに彼らの懸念が当たっていたとしても、「使えない」局面が多すぎる。
彼らの勧告をすべて真に受けると、福島県全域とさらにその周辺での避難も検討されなければならず(関東も含むだろう)、彼らが考える放射線リスクのほかに、避難やストレスのリスクも当然極大化する。
急性障害については、現段階ではないと言い切ってよいと思う。もしも本当にあったら新たに発見された放射線影響というこになる。それはそれで、すごいことである。もしも、鼻血が出たり、下痢が止まらない人は、心配なら、とりあえず受診してください! 鼻血や下痢の原因候補は、放射線を疑う前にゴマンとあるけれど、実際に多発しているなら、なにはともあれ臨床医に「発見」してもらわないと。
というのがまとめ。
ここから先、オリジナルのエントリでは、個人と家族の防護と公衆衛生(public health)について語っていたのだが、今回はそこを削除する。
今後吟味してまた、付け足すかもしれないし、独立した別エントリで議論するかもしれない。独立させた方が読みやすかろうとは前から思っていたし。
追記
本文中にも述べたが、公衆衛生的な発想での対策の落としどころはどこか、となると、やはりICRPを基準にしていくしかないと思う。今議論しても、話がまとまる前に自体はどんどん動いていく。既存のコンセンサスとして、ICRP勧告の位置づけは重たい。
先の話として、考え方の見直しが必要な部分が出てくるにしても。
追記2
放射線のリスクについてばかり延々と書いてきたけれど、リスクは放射線だけではない。
さまざまなリスクの中で我々は暮らしており、東京だと大気汚染もばかにならない。
喫煙は自分で吸うのも、人の煙を吸い込むのもとても大きなリスクだ。
福島での放射線リスクよりも上だろう。
そして、さらに今のところ定量化されていないと思うけれど、放射線を気にし続けるストレスの健康影響について、かなり大きなものになのるではないかと心配している。
これはまた、別のテーマ。
追記3
最初、ICRPの0.055という「名目リスク係数」を、放射線による発がんの過剰発生の係数として使い議論した。これが厳密には「ちょっと違う」ことは本文中に書いた通り。そこで、「致死リスク係数0.05」を使い、書き直した。でも、結果的には、内容はほとんど変わらなかった。なぜか、分かった人は鋭すぎです。
簡単に言うと、がんに罹患する人についての統計は、意識せずに年齢調整済みの数字を使ってしまっており、がんで死亡する人についての「致死リスク係数」で議論しなおした今回、年齢調整していない実際の数を使ったから。(それらが偶然、近かった)
どっちが適切なのか、門前の小僧にはわかりません! いずれにせよ、「考え方」について述べる論考ゆえ、許してたもれ。
追記4(2011.7.11)
このエントリを書こうとおもった直接のきっかけは、6月、1週間をへずに、以下の2つの体験をTwitterでしたからです。
・極端な悲観派の方が、都内での健康影響にそれほど心配をしていないぼくに対して、「あなたが食べた放射性物質が、排泄され、最終的にはわたしにも届く。迷惑!」という主旨の非難をされた。
・かなり楽観派で、おそらくはホルミシス支持している自称理学博士より、「疫学は知らない。放射線は危険ではない。わたしは理学博士で、あなたは文系」(超まとめ)と言われた。
正直、このAさんとBさんが(仮名)が直接議論してもらいたいものだと思いつつ、この幅ってすごいよなあ、と思ったのでした。
追記5(2011.7.14)
ひどい間違いをやらかしていたことが発覚。
リスクの計算をする時の母数を間違い、結果的に2桁も安全側にふれた「デマ」を流したも同然。
みなさんすみません。
粗い見積もりをやっているつもりが(それは大事なこと)、結果的に桁が違うくらいのミスは、やった意味がないということなのです。
真面目に読んでくださった方に陳謝。
って、勝手に書くんですけれど、もし何かの機会にお役に立てば幸いです。
・幅について
放射線の晩発影響に幅があるのは当然でしょうが、放射線以外の原因による癌発生にも幅があるのではないかと思います。こうした複数の「幅」を重ね合わせがあったとき、どういう風にリスクの全体像を理解するのがいいのでしょうか。
・原爆に由来する放射線の影響について
よく、広島長崎では体内被曝の影響が無視されていると被爆者認定訴訟の関連団体の主張などでは言われています。一方で、今回のブログでも書いておられるようにこれらの被曝後の調査結果に基づく数字が今日の防護策の基礎となっています。
もし、被曝放射線量の数字が瞬間の放射線量の計算のみに基づくものであって、その後の大地からあるいは体内被曝を考慮しない数字であれば、その数字(例えば500mSv)による発癌率は実はもっと大線量の被曝の影響を見ていることにならないのでしょうか。つまり、安全側の評価ではありますが、今日の線量ー発癌率の数字はかなりの過大評価になっているという心配です。
・LNTについて
低線量の影響をはっきりさせるにはサンプルサイズを大きくすることが必要かと思います。遺伝的・環境的に多様な集団になればなるほど、その中には放射線感受性が高い個体が必ず増えてきますので、低線量の影響はそうした集団の貢献度が大きくなると必ず検出できるという意見があります。これは既に多くの論文やブログなどでも指摘されている観点かと思います。ある意味、これも「幅」議論と言えるかもしれませんが、ちょっと観点が違うので別項目にしました。
思いつくまま書き連ねて失礼しました。
ご活躍に期待しております。
2点目はよく指摘されることだと認識しています。ぼくもその可能性はあると思います。LSSは、1950年の国勢調査で広島・長崎に住んでいたことが確認された人の中での被ばく者と非被ばく者を追跡調査して比較しているため、実は「非被ばく者」とされた人たちにも食物や呼吸を通じた内部被曝があり、危険性を過小評価する結果になっているとECRRなどは言っておりますが、ぼくが、それを判断できるだけの知識を持っていないのが残念です。
また、感受性が高い人たちというのは、たとえば、乳幼児、胎児、でしょう。そのあたりの研究が、低線量被ばくのブレイクスルーになる可能性はあると思います。チェルノブイリですらまだ25年。フクシマは、始まったばかり、ブレイクスルーという前向き表現にためらいを覚えます。
本文にも反映させました。
ただ……これだけ、放射線の健康影響について、それこそ「ホルミシスからECRRまで」が、それぞれ正当性を主張する中、交通整理をしてくれる人が出てこないのか、という不満は解消されません。
おかげで、こんなに、蛮勇系のエントリを書いてしまいました。
正直、こんなのぼくの範疇ではないです。
京大はどうなんでしょうか。事実上、日本でワン&オンリーのschool of public healthがあるというのに。
この時点では僕の調査範囲も限られており、ホルミンシス効果については、それを肯定する疫学調査結果しか見付けられていませんでした。下記がその文献です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2592990/pdf/drp-06-0369.pdf
ご参考になれば幸いです。
それまでは、本文中に短いコメントを入れときますね。
単一遺伝子の変異に限らず、いろいろな理由で放射線に感受性の高い小集団は存在しうるかと思います。通常のヒトに比べて感受性の高いグループが存在するかもしれないとき、閾値があるならそれは1つでよいのか、直線モデルならむしろカーブを膨らませるべきなのか、とかいう議論があるようです。
でも、自分の言葉で説明するには余りあることだったので、文章を書くことを職業とされている方が交通整理をしてくださったことに感謝に気持ちでいっぱいです。
「幅」という言葉を使っていただいたことで、とても、整理しやすくなりました。ありがとうございます。
低線量被曝のリスクは、検出が困難な程度のものですが、こちらははっきりとした事実ですね。
しかも
避難リスクはいわゆる社会的弱者ほどリスクが高まるものであることも間違いのないところでしょう。
http://www.env.go.jp/chemi/sora/result.html
クルマはきれいになって、元素状炭素(EC, PM2.5)やNOxの影響が判然としなかったというのがSORAの声。
実際にある大気汚染と呼吸器疾病ですらこうなのだから、まして低線量の被曝のNNH(1名が危害を受けるに必要な母集団の人数)をあからさまにする事自体が、ハラスメントと処されてしまうのが、困難さを引き起こしてしまうのでしょうね。
http://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/about/message/katamine/message97.html
低線量の危害の少なさを立証し「ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャが体験してきた事実無根の差別」があるとというと、危険だと認めないのは人格侵害だといわれてしまう。万人の万人に対する闘争そのものに陥ってしまうのです。
多様性のある受け止め方があるから、レミングにならないで、人間が絶滅しない、それが幅であるといえば、正解なんだけど、それも許容できないのも人情。