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さて、もしもあなたが警視庁から頼まれて、果たして「マニュアル」が自殺を助長しているかどうか結論を出さなければならないとします。
2人出ているのだから影響があるのだとすぐに判断したのが、その時の警視庁の判断だけれど、もっと冷静に客観的に、考えるにはどうするか。
そのためには、感染症で多用される疫学の考えが一番馴染みやすいです。というか、たぶん、これしかない。
「自殺マニュアル」をウイルスなりなんなりに見立てて、自殺マニュアルへの曝露(購入・ないしは読んだ)、非曝露(購入せず、また、読んでいない)という概念をまず持ち出します。
最初にすることは、2人以外の自殺者でどれだけが、自殺マニュアルに曝露していたか、非曝露だったかを突き止めること。
アクセス可能な情報源で、これをするとよいわけです。警視庁だから、東京都内での自殺を調べてもらいましょう。期間は、当然、「自殺マニュアル」が出た後ですね。それから、○年間などと決めるといいでしょう。
おそらく、2人というのは最初に出てきた「氷山の一角」。さがせば、たぶんもっと出てきます。
20人になるかもしれないし、200人かもしれないし、その辺はよく分かりません。やってみないとね。これをすると、同時に「曝露して自殺した人」と「曝露していなくて自殺した人」の数が分かりますね。
で、次に必要になるのは、対照群です。
自殺した人を、これまで見てきたわけなので、今度必要なのは、自殺しなかった人の群です。
年齢構成などを似た人たちをランダムに選んできてもいいし、こと、大学生の自殺とかに話を限りたいなら、どこかの大学の学生さんに対照群になってもらい、自殺していない彼ら彼女らの曝露・非曝露を調べたりします。
これで、「曝露して自殺しなかった人」と「曝露しなくて、自殺しなかった人」が分かります。
で、ここまで来て、やっとオッズ比を求めることができると。
これについては、以前、「仕出し弁当と食中毒」というテーマでこんなの書いていますので参考に。
http://blog.goo.ne.jp/kwbthrt/d/20061108
しかし、注意しなければならないのは、オッズ比が高くでて、有意に「相関あり」となった場合でも、ただちに、「自殺マニュアルは自殺を助長する」とはいえないこと。
当然考えなければならないの交絡要因など。
ひたすら本ばかり読んでいる超読書家であるとか、鬱で常に死について考えているとか、「自殺マニュアル」を手に取りやすい別の理由で、なおかつ、自殺の直接要因にもなりうる要素・属性(交絡要因候補)だってあるわけです。まあ、超読書家が自殺しやすいかどうかは知りませんが。
また、家庭状況、交友関係、恋愛関係、ゲーム脳かどうか(冗談ですからね)、とか、いろいろ要素も、自殺と関係するかもしれないですよね。これらは他の原因候補と考えられます(交絡要因候補にもなりうるかもしれません)。
だからこういったことについても、それぞれ、曝露・非曝露、発症・非発症(自殺・非自殺)を求めて、どれだけの影響があるのか調べていきます。たとえば、「幼児期に児童虐待に曝露」とか、「3ヵ月以内に失恋に曝露」とか。まあ、冗談みたいですけど、出来る範囲で。
何が言いたいかというと、人間という複雑な存在が、自ら死を選ぶという行為にいたるプロセスは当然複雑であろうと想定されるし、もしも、「自殺マニュアル」が自殺を助長していたとしても、それは「これが唯一無二の原因でそうなる」というのではないということです。
疫学の方法では、「何%の寄与」とか、「何%、数を押し上げる」といった表現で語ることになります。
ウラを返すと、「自殺マニュアル」が人の目に触れなければ、自殺はこれくらい抑止できる、という証拠(エビデンス)なら、得られる可能性はあるわけです。
まあ、そんな作業をして、「自殺マニュアルさえなければ、抑止効果大」ということになったら、都に指定要請を出すだけの強い理由になるのかなあ、と。
実際には、こういうのをすっとばして、「曝露した人が2人自殺した。これはまずい」というだけで、「悪書」としてやり玉にあがったわけで、それはいかんだろうというのは、まあそうでしょう。
人を自殺に追い込む様々なストレスやら、それを引き起こす社会に目を向けずに、スケープゴートにされちゃったという面もあるわけでしょうね。
その場での判断の難しさは、今となっては想像するしかないのだけれど。
以上、自分が書いたことが(前のエントリ)、割とツイッターなんかで、短絡的に捉えられている部分もあり、注釈めいたものを書いてみました、ということで。
非実在条例のことに興味がある、というだけの人にとっては、本質的なことではないかもしれないけれど、この際、どういう「証拠」が、信頼に足るのか、という部分で、疫学というのが非常に重要だと伝わればいいなあという思いも込めて。
推薦できる本としては、
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また、この本の後半にも、刑法犯の量刑や処遇によって再犯率がとをなるかについての疫学研究が紹介されていたと記憶します。
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もう一つの事象BがDに先行し、Dとの関係を考えた時、B→Dなのか、B→A→Dなのかということが気になります。後者の場合、AはB→Dの中間要因に過ぎないですが、Dの要因です。一方この時、AとDの関係から見るとB→Dの関係が成り立っているとすると、Bは、A→Dの因果関係を考える時の交絡要因として成立します。すなわち、A→Dの関係を定量的に考える時に、Bを考慮に入れないと誤差を生じさせることになります。
データが手元にない時でも、川端さんがおっしゃった点を、反事実モデル(前者)、DAGモデル(後者)を使って、こんな整理ができることになります。推薦図書の黄色い表紙の方を書いた時にも勉強はしていたのですが、身近な話題で書けるほどにはなっていませんでした。補足と整理のつもりで書いてみました。まだ頭がこんがらがっていたらご指摘ください。
なんて、さらに質問。
対照は、まず対照を作らず、問題の本の分布状況から割合を出すことを考えます。もし対照を集めてみるのでしたら、性・年齢・地域をマッチングして、抽出します。前者も後者も友達対照か近所対照でやってみます。未遂者なら病院対照でもありかもしれませんね。
しかし、そもそも自殺者何人を調べて、そのうち2人が持っていたのか、分母を明らかにして欲しいですね。そうすれば調査をしなくても、本の分布状況からどの程度かの見当がつく気がします。
>そもそも自殺者何人を調べて、そのうち2人が持っていたのか、分母を明らかにして欲しいですね。そうすれば調査をしなくても、本の分布状況からどの程度かの見当がつく気がします。
本当ですね。これについては。分母についての意識が低いのは、メディアでも常のこと。
PTAネタでは、日Pのこんな調査もトンデモで笑えます。
http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2008/11/post_64ea.html
病気になった人を集めて症例シリーズにしておこなう後者は、いろいろとタイプが出来ていきます。病気でなければどんな曝露確率だったかが分かればいいわけです。簡単なのは、曝露割合をどこかの資料から持ってくる方法です。厳密になると、case-crossoverデザインとかcase-specularデザインになります。前者のデザインは時間的に本人をずらすもの、後者は空間的に本人をんずらすものです。どちらも反事実に近づこうとしています。
日Pの話はそうですね。これも分母がはっきりさせられていませんでしたね。分母をはっきりさせるだけで、ぱっと取ってきた数字でも結構色んな判断が付くと思いますし、日常私たちは、そうしているんだと思います。