こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

航海日誌:あらためて ねことくらす

2024-02-10 15:00:00 | 写真日和

【ひなたぼっこちゅう。】

みうらじゅん先生はかつて言っていた。
「家にモノが増えたから→整理する、という発想じゃなくて、アグレッシヴにより広い棲み処(すみか)に引っ越すのだ。最後はミュージアム(博物館)にすればいい」(意訳)。
その発想に影響を受けて=真に受けて、独り身だったのに”より大きな空間へと引越・脱出”してきたせいで、膨大にふくらんだ荷物が長年 室内にあふれていた。その棲み家に急遽ネコをむかえることになり、昨年から必死に荷物を整理してきた。(この言葉は好きではないが)世に謂う“断捨離“”終活“第一段である。
新たにネコと暮らすので”終活“と言っては、ネコに失礼だから、そうは言わないけれど。

“膨大にふくらんだ荷物”とは言うけれど、今まで何も手をかけてこなかったわけではない。
コロナ禍に入る寸前にドクターストップで休職となったおかげで 荷物整理する時間が出来て、室内荷物は少しづつ圧縮されてきた。ただそうは言えど、今回はそんなことでは追いつかないのは明らか。物理的にスペースが必要なのだ!同居人が動けるスペースが。
しかも、この来たる同居人は「言語」では話し合えず 説得しきれない。また、”この人たち”は”超極楽自由人”なのである。
つまり、自由人対自由人の対決ならぬ同居となるのだ。
しかし、諸条件からして 今回はじぶんが折れるしかない、と思い、やむなくスペースを開けるための突貫工事が昨年から始まった。

・・・その後むかえるまでのすったもんだの数十日があり、何とか彼らを迎える日が来たけれど。。。
彼らが来て二週間くらいが経った。

貧乏部屋のYMO関連CDがある棚にも、彼らからの攻撃の危険を感じる昨今。
冬の昼下がり。
細野さんコーナーにあるミカドのCDを聴く。

■ミカド「冬のノフラージュ」1984■
ミカドは、チープな楽器で創られた 初期クレプスキュールの楽曲がとても好きだった。
そこからすると「冬のノフラージュ」は少しお金がかかっている感覚で、本来の良さからずれてしまい、当時のじぶんはかなり寂しくなったものだけど、、、。
いろいろな想い出が交錯するが、なによりも細野さんが関わった作品だし、素晴らしい、と言っておこう。今では12インチレコードもCDも持っている。

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