~長年の同士 David Sylvianへ~
今日の渋谷文化村のオーチャードホールのコンサート、聴きに行ったよ。
でも、風邪だったのかな?
調子が悪かったのかな?
正直、驚いたよ。
19:00開演なのに、始まったのは、19:20.
でも、そういうのは、コンサートでよくあることだから、気にはしていなかったけど。
まさか、ホールで行列していたTシャツの人たちに配慮した訳じゃないよね?
僕もTシャツ買おうと思ったんだけど、余りにも長蛇の列であったのと、デザインがいまいちだったので、買わなかったよ。
でも、それは、ライブを聴いて正解だった。
正直、がっかりしたんだ。
19:20に始まって、20:35に、一旦4人が引っ込んだとき、僕は、アンコールがあると思って、皆と一緒に拍手をしていたんだけど、全館の照明が付いた。
みんな「えええっ?まさか!」と思ったけど、館内放送は、「このコンサートは終わりました」の放送。
僕と同様に、長年連れ添った仲間たちも、仕事を切り上げて、必死に19:00からのコンサートに来ていたけど、浅いつきあいの、君の音楽に大した深い思いいれも無いような、あきらめの早い若い層が主だったからか、その放送が流れたら、みんな素直に、帰りじたくしたね。
後ろの人も「どうしたんだろ?調子悪いのかな?」と言っていたよ。
***
そんな、時間的な長さはいいよ。
でも、僕がショックだったのは、そういうことじゃないんだ。
長年の友達だからあえて言おう。
正直、今回のライブに、君の持つ存在の限界を感じた。
せっかく「ブレミッシュ」で新しい世界を切り開いたというのに…
それも台無しだよ。
基本的には、君は、引き出しというか、バリエーションが無い。
真面目で実直だからね。
放っておくと、一本調子・単調な念仏を聴いているような世界になってしまう。
2001年の「Everything&Nothing」ツアーも、今回も、ベース・ギター・ドラム・ピアノの基本編成だったけど、こういう「フォーク・アコースティック」なパターンの演奏において、君の単調さは、露骨に露呈してしまう。
そういう意味で、前回の「ブレミッシュ」のライブが良かったのは、君の「地」声の深さと機械=エレクトロニカ・ノイズのぶつかりあいだった。
時に語り、つぶやき、メロディとは無縁に逸脱していく世界は、成功だったと思っている。
新しい音楽の世界を切り開いたから、新しいファンも出来たし、すごい革新的だった。
いい意味で、ショックだった。
君の指向であるアンビエントと混じり在っていたからゆえの面白さだったよ。
***
でも、君はどうやら、生(ナマ)のアコースティックなライブを続けるつもりのようだが、長年の同士として、もうこんなライブはやめて欲しい。
しかも、ずいぶんと原曲を壊して、アレンジし直しているけど、それは自分が歌いやすいからなんだろうけど、そうすることで、原曲の良さを壊してしまっていたし、より単調さを増長させてしまっていたよ。
悪いことはいわない。
君には、こういう形態のライブは、向いていない。
もうやめて欲しい。
そう、君の肩をたたきたいよ。
君は、ずいぶん、昔の「クワイエット・ライフ」や「孤独な影」など、ジャパンの時代を切り捨てていて、振り返ることすら嫌なんだなとわかるけど、僕らみんなにとっては、名盤なんだよ。
いつまでも残る名盤なんだよ。
「ブリキの太鼓」からは、「ゴースツ」だけは、今日もやっていたけど、「クワイエット・ライフ」では、「絶望」というサティの影響のピアノ曲や、「孤独な影」の「ナイト・ポーター」という名曲もあるじゃないか。
いっぱい名曲があるじゃないか!
なんで、それを捨て去るんだい?
君は、今回のコンサートに当たって、「今までの自分を切り捨てる」みたいな発言をしているけど、それが、どんな心境や、どんなことを意味しているのかは、僕には掴みかねるけど、次の新しい展開に向けて期待しているよ。
じゃあ、また会おう。