Blog: Sato Site on the Web Side

「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

発条ト+ボクデス+ダンサー(O)→吉祥寺

2005年05月29日 | Weblog
横浜赤レンガ倉庫での「ダンス空間の拡張--その瞬間」という企画の二日目にまず足を運ぶ。

発条ト「テーブルを囲んで」
「バネト」と呼んでいいのか今回、といった不思議なメンバーの集まりで、粟津祐介・岡本真理子(でもそういうば「バネト」HPにのってたな)・白井剛・田代裕一・村上克之・森下真樹。真ん中のちゃぶだい、四つの座布団と四つのテレビ、おちょことかの細かい小物、さまざまなものが十分な配慮の下にしつらえてあった上での、即興度の高いパフォーマンス。かおてぃく、という言葉が浮かぶがさらに言葉があまり転がっていかない。テーマが「囲んで」だから、その中ではおさまっている、けどね。

ボクデス「?」
作品タイトル不明。ひとりのメット被った女性(佐川)あらわれ、黒テープでなにやら文字を書いていく。「イマカラ 5フンマエ」。すると、手のないボクデスが顔を真っ赤にして登場。次「イマカラ 15フンマエ」。今度は、ボクデスデジカメで写真を撮る、会場を、そして観客を。執拗にひとりに向かうとそこでけんかが始まる。とっくみあい。次「イマカラ 20フンマエ」。長い腕(20メートルくらい)をふりまわしてときに踊る、絡まる。で、時間が混乱してきて、さっきのけんかが再燃して、とっくみあいがエスカレート。砂を喰わされたり、プロレス技の連続。最後は、女性が看板と共にあらわれ「ドッキリカメラ」。オチ。(後半トレースが不十分だったかも知れません、あしからず)
見いてた印象としては、「うす味」。プロレス的バトルのところなど、暴力的だったり、小浜氏が出演していた頃のニブロールの奔放な暴力とかを思い出させもする、その意味では強烈なのだけれど、どうにもうす味。色は濃いのに味の薄いスープみたい。そこねらってたりする(のかな?)ボクデスのつかみどころのなさは、ほんとに無に極めて近く、いやほんとに「極めて近く、しかし!」と「しかし」のいらない「無」、なのだ。「へたれ」度は満載。もう踊ってもなんにもしてない。ほんとにアルテ・ポーヴェラ???

そこから、渋谷へ。あるダンサーのビデオ撮りに参加。新作の練り上げにちょっと顔を出す。素材は十分に面白いし、テーマ性もいけそう。後は本番までの十分な時間の中でゆっくり醸成されていけばいい。とわくわく。さて、ちょっと風邪気味を吹きとばせと、吉祥寺リベンジ。民民で餃子とチャーハン、とビール。帰りに本屋。何々、最近は、近田春夫はトランスやってんだ、毎朝プールでクロール(うらやましい)、何々、ゴダールの新作は、ネタばれ禁止なほど物語のある作品か(by菊池成孔)、と雑誌で情報ゲット。

この土日は、ぐるぐると東京近辺めぐって、目が回った。