副題に「サイバーセキュリティを強化する」とあって著者の佐藤氏は元自衛隊初代サイバー防衛隊長、上田氏は元防衛省情報分析官である。情報戦の専門家ふたりの共著である。
中国軍の「超限戦」とは簡潔に言えば孫子の兵法の現代版であり、勝つためには武士の面子だとか、軍人のモラルとかはさっぱり重視せず、ナンデモアリの世界だ。
卑怯も謀略も欺瞞も、相手をやっつけるためには手段を選ばない。
まず心理戦争とはなにか。
『米陸軍用語辞典』には(1)「心理工作」として、「敵、敵性、中立及び友好国に対し米国の政策、目標の達成に望ましい感情・態度、行為を起こさせるために計画され、実行される政治的、経済的、イデオロギー的行動である」と定義されている。
(2)「心理戦争」としての定義は、「戦時または非常事態に国家目的あるいは目標達成に寄与するため敵、中立、或いは友好諸国に対して、その感情、態度、行為に影響を与えることを主目的として行う宣伝およびその他の行動の利用についての計画的使用」。
▼日本軍人は宣伝部を見下していた
戦前、日本は「秘密戦」と呼称し、謀略、宣伝、諜報、防諜の四つで構成していた。正しい理解がされていたのである。
それは江戸時代の武士の精神の蓄積と錬磨があり、戊辰、西南という内戦を経て、日清・日露戦争に勝利してきた自負と経験から、高度な心理戦、情報戦、認知戦を身につけていたからである。
しかし大東亜戦争中、軍人幹部等の過信が作用し、『宣伝部署』は武人のいくところではないと見下され、報道部員は素人、非戦闘員が携わった。その結果、「政治工作に没頭し、全体を見通した宣伝戦、世論形成への対応ができなかった」(杉田一次『情報なき戦争指導』、原書房)
情報戦に優れた米国だが、ならば何故ベトナムで敗退し、アフガニスタンからは不名誉な撤退となり、ウクライナでは実際の軍隊を送れず、イスラエルにも武器供与だけ。しかも宣伝戦においてはハマスのほうが優っている。
いまはどうなっているか。
「現在、欧米の自由・民主主義陣営と中露の権威主義陣営との大国間競争が激しくなっているなか、米国は発信力という点では中露を凌駕している。しかし、メディア、米国のGAFAなどビッグテックといった非国家アクターを統制しきれないことが自由・民主主義陣営の結束を危ういものにし、それらを統制し得る中露に非対称的な優位性を与えている」(155p)
日本を含む西側の民主主義陣営のアキレス腱だ。
本書の「新事態の認知戦と未来予測」のチャプターでは、AIの重要性を述べている。米国のAIへの取り組みをざっと総括して、現在は「AI覇権」をめぐる米中の激烈な対立競合の実態に触れる。
2018年に米国は、民間の開発に委ねてきた過去を顧みて、AI開発は「国家安全保障」に拘わる枢要なテクノロジーであるとする認識にかわり、2021年報告からは「民間主導のAI戦略を政府主導のAI戦略へと方針転換」が打ち出された。それもこれは中国のAI開発の猛追ぶりが将来の脅威と判断するに至ったからだ。
プライバシー侵害なんぞも人権蹂躙もなにほどの痛痒を感じない中国はAI規制には従わない。ということは2030年頃には中国が『AI大国』で優位に立つと予想する。(333p)。
▼ハイブリッド戦争の闇
本書の解説を担当した廣瀬陽子(慶應大学教授)は「ハイブリッド戦争」の定義はまだ定まっておらず、とりあえず「フェイズ1」,「フェイズ2」、「フェイズ3」とわけて、「情報戦」「認知戦」はフェイズ1の範疇で、「サイバー攻撃、認知戦、政治的協約、経済手段」とする。
長期的には孔子学院も認知戦争の武器となる
「フェイズ2」は、軍事的脅迫(正規軍の展開、民間軍事会社の展開など)とし、フェイズ3が『正規軍による軍事的戦争』となる。
中国はフェイズ1の段階で「マスク外交』、『ワクチン外交』を展開していた。NATOの専門家筋はこれも中国、露西亜の『ハイブリッド戦争』の一環と考えているとする。
とくに廣瀬教授は、
「近年のインターネットなどの技術を用いた認知戦は短期的に効果が出てくる傾向が強い。(中略)一瞬で情報の拡散が可能であり、また一度ネット環境に出た情報はリツィートなどの形で複製・再生産され、元データが消されたとしてもほほ永久に残るとすらいわれ、一度公開された情報を無かったことにすることは殆ど不可能だろう。そのため、SNSなどインターネットを用いた情報は短期的に大きな影響をもちやすい」(386〜7p)
全体主義国家は情報を統制しプライバシー侵害を屁とも思っていないゆえ情報、宣伝、認知戦で西側より優位に立てるということになる。
日本はこの方面の対策が決定的に遅れている。
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