Peace Waveの平和な日々~行く雲、流れる水のように~

気が向いたら、ボチボチ更新しようかと・・。(笑)

大晦日

2008年12月31日 | Peace Wave

今年は皆さんにとってどんな年だったでしょうか?

目標を達成できた人、できなかった人、目標自体なかった人・・。(笑)

それぞれ、いろいろあったと思いますが、

Peace Waveも皆さんのおかげで、なんとか今年1年も乗り切るコトができました。

本当にありがとうございました。

 

来年4月にはPeace Waveも丸2年、いよいよ3年目に突入します。

2009年もさらに飛躍の年にしたいと思います。

寒い季節、血行も悪くなりますし、体も縮こまって肩コリもしやすく、腰なども痛めやすい時ですが、十分気をつけてくださいね。

新年も2日から、通常通り営業します。

それでは皆さん、よいお年を!

                    

         癒しの空間・ほぐし&ストレッチ      

    Peace Wave(ピースウェイブ)    

          営業時間 10:00~22:00 

          木曜定休     

         広島市中区白島中町14-31西武ビル2F                                                                                 

       070-5426-6965

       

 


一貫性

2008年12月31日 | 人生覚書き

一貫した思いをもっていれば、それは言葉になり、

一貫した言葉は行動になり、

一貫した行動は習慣になり、

その習慣は人格に、

人格は人生に、

そして人生は結局、運命になるでしょう。

 

したがって、私たちは思いに注意しなければならないのです


アラフォー

2008年12月28日 | 最近、思うコト

「アラフォー」とは「Around40」のコトで、今年の流行語大賞に選ばれたそうだ。

40歳前後の女性を指す言葉で、30歳前後の女性のことを指した「アラサー」=「Around30」から派生した言葉らしい。

35~44歳くらいと、具体的な年齢もラジオでいっていたが、四捨五入して現在40歳になる世代・・というコトで、1964年から1973年に産まれた女性だ。年齢的にはバッチリ自分も「アラフォー」世代だが、男なのでそう呼ばないのかな?ドラマも見てないので内容はよくわからないが・・。

かつての女性は「仕事」と「結婚」の二者択一を迫られていた。しかし、男女雇用機会均等法のもとで女性もどんどん社会進出を果たし、結婚後も仕事を続けるなど、仕事と結婚を比較的自由に選択できるようになった。だが、それがかえって人生の転機を遅くさせ、将来に対する漠然とした不安を抱いているのがアラフォー世代・・というコトらしい。

近年の女性の晩婚化傾向を見ても、そのコトはうかがえる。わりと30すぎに結婚する・・というのは今は普通になってきた。まわりを見てもメチャ×2はやいか、おそいかの二極化してるのかな?・・とも思う。それは男性も同じようだ。

 

「四十不惑」というが、実際には年をとるごとに、いや、働き盛りであるアラフォー世代だからこそ、惑い、悩むコトも多いのではないだろうか?

 

自分の友人で、今年36にして、10年来の目標を達成したというのがいる。

10年間、同じ目標をもち続け、そこに向かい戦い続けるというのはすばらしいコトだ。継続にまさる才能はない。

途中、投げ出したり、あきらめたくなるようなコトも何度もあったろう。

 

「勝ちグセ」という言葉があるが、いつの間にか、「負けグセ」がついてはいないだろうか?・・と、時々自分に問いかけてみるコトがある。

やる前から、「それは難しいよ・・」とか「わかるけど、現実問題ね・・」という言い訳の方が先にあたまをもたげて来る自分がいる。

そうやって巧妙に、出来ないように、出来ないように、自分に暗示にかけているのだ。

 

催眠術をかけて自信ややる気を与え、仕事の成果を出す・・というコトは実際にあるそうだが、しかし面白いコトに、人は催眠術にかけられると、催眠状態になるのではないという。実は、催眠状態から目覚めさせられるのだそうだ。

というのは、人は絶えず自分自身に催眠術(自己暗示)をかけているからで、自分に出来ないコトを残らず自分に語り続け、それを言葉にして自分に信じこませているのだと・・。

 

「俺ならできる!」「絶対やれる!」 

 

そーゆープラスの言葉を、常に自分に言い聞かせないとね・・。

 

ちなみにこちらはジェダイ・マスター、ヨーダ

Around900・・。(笑)

 


チキチキマシン猛レース

2008年12月26日 | 食玩など

さて、今日、満を持してご紹介するのはコナミから発売された「Wacky Races」、邦題はおなじみ「チキチキマシン猛レース」これは一応ラムネがついていて、まぎれもない食玩なのだが、ラムネ目当てで買う人は皆無だったろう。

「チキチキマシン猛レース」はアメリカのハンナ・バーバラプロダクションで制作されたTVアニメで1968年の作品。日本での放映は1970年というから、最近の若い子はほぼ知らんだろうなあ・・。

しかし、ドラマ「ひとつ屋根の下」江口洋介がケンケンの笑い方をモノマネしてたコトでブームが再燃!・・てのも、もう15、6年前か・・。

でも何度も再放送されてるし、今はDVDとかあるしね・・。 

 

個性豊かな11台のマシンがレースを繰り広げ、それを毎回ブラック魔王ケンケンが妨害工作をするというギャグアニメだが、このコンビと個性あふれるポップでキュートなデザインのチキチキマシンにハマって大好きな作品だった。主題歌もまたよかった!

 

なにぶん古い作品なので、キャラクターグッズなどもそれほどなく、このチキチキマシンも立体化されないかな~・・と、実に30年近く思い続けていたのだが、ついにやってくれました!原型制作は(有)バイスで2004年の8月にvol.1、12月にvol.2がリリースされた。

結構人気があったらしく、東京の友人はついに1度も店頭で見かけるコトはなかったそうだ。広島にいたからゲットできたんかなあ・・と思うと感慨深い。

 

それでは各車の紹介、野沢那智のナレーション風に。(笑)

まずはゼッケン0番、ゼロゼロマシン!ドライバーはおなじみブラック魔王ケンケン。それぞれvol.1、2のレアアイテムだ。

先回りして妨害工作するヒマがあるなら、一気に逃げ切って優勝すればいいのに絶対しない。マシンの性能だけでいえばおそらくダントツなのだが・・。 

そこがアニメよね・・。

 

ゼッケン1番、岩石オープン!タメゴロー&トンキチ。

この岩石オープンは壊れてもその辺に落ちてる岩石からすぐ作れる。タメゴローとトンキチが交互に棍棒で相方の頭をなぐると進むというナゾのテクノロジー(?)をもつ野人原人ペア。みゃー見てるかー?

 

ゼッケン2番、ヒュードロクーペ!モンスター&ドラチビ。

後ろのお化け屋敷の中にドラゴンが住んでいて、空を飛んだり、火を噴いたりできる。

 

ゼッケン3番、マジックスリー!ドクターH。

この車、変形というか、変身するんよね。

 

ゼッケン4番、クロイツェルスポーツ!コウモリボス。

 

ゼッケン5番、プシーキャット!ミルクちゃん。

 

ゼッケン6番、タンクGT!軍曹&新兵。

 

ゼッケン7番、ギャングセブン!トラヒゲ親分とその子分。

 

ゼッケン8番、ポッポSL!ヨタロー&クマッ八。

個人的にはこの6、7、8号車が好きだった。当時1番好きだったのはこのポッポSL。廃物を利用したようなカントリー調のエコ・カー(?)だ。足で運転するヨタローを気の小さいクマッ八がいつも心配そうにビビりながら見守っているコンビだ。

 

ゼッケン9番、ハンサムV9!キザトト君。

 

そしてゼッケン10番、トロッコスペシャル!ドン・カッペ&甚平。

こいつも岩石オープンのようにその辺の木で再生可能。

 

いずれも英名での車名入りディスプレイ用の台がつく。少々塗装がまずいトコもあるが、造型も申し分ない、見事な出来だ!当然、現在は販売終了し、入手困難である。未だにこれ以上、気持ち的にハマった食玩はない。こいつを見つけた時はマジで燃えた!!(笑)

 

今でもまとめてこんな風に我が家に飾られている。

こいつが出た当時は、広島でボロボロになりながら、1日睡眠2時間くらいで頑張ってた時だったから、どれだけこれで心癒されたコトか・・。

ありがとう、チキチキマシン・・。

 


クリスマス

2008年12月25日 | 歴史・民俗

今日はクリスマス。イエス・キリストが生まれたとされる聖誕節である。

「ウチは仏教だから、そんなの関係ねぇ」

・・という人もいるかもしれないが、我々が日常使っている暦、西暦紀元前B・Cと表記され、”Before Christ”すなわち”キリスト以前”と、その誕生を境にしているのはご存知の通り。ちなみに西暦のA・Dはラテン語の”Anno Domini””主の年”の意味である。キリスト紀元ともいう。

”Christmas””Christ+mas””キリストのミサ”が語源であるが、キリストの生まれた日については諸説あり、さだかではない。ただ、12月25日ではないのは確かなようだ。

 

クリスマスというと”聖夜”という言葉もよくつかわれるが、教会で賛美歌・・というイメージが誰しもあるのではないだろうか?カトリックの幼稚園に通い、チャペルのあるミッション系の高校に通っていた自分は、礼拝堂の中で十字架にかかるイエス像を見ると、なんともいえない厳かな空気というものを感じたものだ。

イエスが我々人類の罪を背負って十字架にかかり、我々の罪をあがなってくださった、だからそのイエスの十字架の死を信じる事によって救われる・・というのがクリスチャンの基本的な信仰観といえよう。

 

しかしである。

 

では、イエスは我々の罪をあがなって、十字架にかかって死ぬために、神がこの地上に遣わされたというのだろうか?

 

ユダヤ民族とはユダヤ教を信じる人々をさす。モーセが神と交わした「十戒」を中心とする契約である。彼らには、その神と交わした約束ゆえに、神から選ばれたという選民思想がある。

当時、ローマの属領で暮らすユダヤ人たちは政治的な指導者、軍事的な解放者としてのメシヤを待ち望んできた。彼らを神との約束の地に連れて行ってくれる主である。

 

あたかも「いつか白馬の王子様があらわれて、私をここから連れ出してくれるわ」・・と玉の輿に乗る日を夢て、せっせと花嫁修業に精を出す乙女のように、一生懸命、戒律を守ってきたのである。

 

しかし、実際に来られた主は、彼らがせっせと守ってきた安息日を破って癒しのわざを行うなど、当時の彼らの常識では考えられない”常軌を逸した男”であった。

彼らはイエスを十字架につけるべく、総督に引き渡す。しかし、ピラトはつきだされたイエスの罪を見出せない。ユダヤ人たちはバラバという囚人を許し、イエスを十字架につけよ!と暴動になりそうな勢いだ。

『ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい」。すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」』(マタイ27:24~25)

 

・・この聖句のゆえに、ローマ・カトリックの総本山、バチカンはナチスによるホロコーストアウシュビッツといったユダヤ人の虐殺を黙認し、その見過ごした事はまずかったと認めつつも、いまだに謝罪はしていない。

それは、ユダヤ人が来られた主を十字架につけたのだから「自業自得」だという 考え根底にあるからだ。欧米のキリスト教社会における、ユダヤ人に対するすべての差別意識の根源はここにある。

「汝の敵を愛せよ」と説いたイエスを信じるクリスチャンのはずなのだが、悲しい話だ・・。

 

もし、イエスを来られた主として、メシヤとして、当時のユダヤ人たちが受け入れていたとしたらどうだっただろう?

2000年前のイエスの十字架の死以後、キリスト教は世界中にその版図を広げた。しかし、もしユダヤ人たちがイエスをメシヤとして受け入れ、イエスが十字架にかかって死んでいなかったとしたら、今、我々はもっと違った世界に住んでいるのではないか?もちろん、希望的な意味で、そう思うのである。

 

現代に生きる我々も、同じ過ちをくりかえさないようにしたいものだ。

 

 

 

 


三本の木

2008年12月24日 | 人生覚書き

昔、ある森の丘陵に三本の木が生えていました。

三本の木は自分たちの抱いている希望や夢を語り合っていました。

一本目の木は「僕は宝石箱になりたいよ。そうして金や銀、高価な宝石に満たされたい。そして繊細な彫刻をほどこされて、すべての人がその美しさに見入るんだ。」といいました。

 

二本目の木は「いつか私は巨大な船になるんだ。そして世界中の王様や王女様をお乗せして、世界中を航海するんだ。そして私の船体の強さのお陰で、みんなは安心して航海できるんだ。」といいました。

 

三本目の木はこういいました。「俺は森の中で一番高く、一番まっすぐにのびた木になるぞ。みんな丘陵のてっぺんにそびえたつ俺を見つめて、その枝を見上げるんだ。そして天の神様のことを思うんだ。そして俺がそれにふれるぐらい高くまっすぐにのびていることもね。俺はすべての時を通してもっとも偉大な木となって、みんなはいつまでも俺のことを覚えているのさ。」

 

 

自分たちの夢が叶うようにとの祈りのうちに数年がすぎたある日、きこりたちが三本の木のところへやってきました。

そのうちの一人が一本目の木のところへやってきて「この木は頑丈そうだな。建具師に売れるに違いない。」といって、その木を切りました。切られた一本目の木は建具師が宝石箱にしてくれる、と幸せいっぱいでした。

 

そしてもうひとりのきこりも二本目の木のところへやってきていいました。

「うん、この木は頑丈そうだ。これだったら船大工に売れるわい。」

二本目の木も巨大な船にもうすぐなれる、とこれまた幸せいっぱいでした。

 

しかし別のきこりが自分のもとへ来た時、三本目の木は恐れました。

切られてしまったら、自分の夢が叶わなくなってしまうからです。

しかしきこりは「わしは別に特別な木でなくてよいから・・・そうだな、この木にしておくか。」といって三本目の木を切ってしまいました。

 

 

さて一本目の木が建具師のところへ着くと、建具師はその木を動物のえさ箱に作りあげ、干草をつめて家畜小屋に置きました。

これは一本目の木が祈っていた事とは全く違っていました。

 

二本目の木は小さな漁船へと作りあげられました。もうこれで巨大な船になって王様を乗せる、という夢もおしまいです。

 

三本目の木は大きな木材に切り分けられて暗い倉庫に放置されました。

多くの年月が経ち、三本の木は自分たちの夢をすっかり忘れてしまいました。

 

 

そんなある日、一人の男と女が馬小屋にやってきました。女は赤ん坊を産み、干草がしきつめられた飼葉桶に赤ん坊を寝かせました。そう、あの一本目の木からできた飼葉桶です。男は赤ん坊をベッドに寝かせたかったのですが、この馬小屋ではこの飼葉桶しか適当なものが見当たらなかったのです。

一本目の木は、この出来事のすばらしさを感じ、また歴史上もっとも偉大な宝を抱いたことを知ったのでした。

 

その数年後、幾人かの男たちが二本目の木からできた漁船に乗り込みました。

そのうちの一人は疲れて寝入ってしまいました。彼らが湖上を進んでいると、激しい嵐が襲ってきました。二本目の木が、自分は乗っているみんなを守れるほど強くない、と感じている時、男たちは眠っていた男を起こしました。

男が起きて「静まれ」と一言いうと、嵐はすっかり止みました。

その時、二本目の木は、王様の中の王様をお乗せしたことを悟ったのでした。

 

そして最後に誰かが三本目の木を取りにやってきました。

三本目の木はそれを担いでいる男を人々があざける中、いくつもの通りを担がれていきました。そして目的地へ着くと、担いでいた男が釘で自分に打ち付けられ、処刑のために三本目の木は丘陵のてっぺんにたてられました。

日曜が訪れた時、三本目の木は自分が丘陵のてっぺんに高くそびえたち、神にもっとも近くあることを知りました。

イエスが打ち付けられ、処刑された十字架となったからです。


WBC世界フライ級王者・内藤大助、最年長4度目防衛達成!

2008年12月24日 | 格闘技・武道

昨日、WBC世界フライ級タイトルマッチが行われ、見事、王者の内藤大助が4度目の防衛を果たした。

実に11ラウンド、本当にお互いの相性がよく、両者休まず打ち続ける激戦で、いい試合を見させてもらったという感じだ。

挑戦者の山口真吾もよく戦った。11ラウンドではじめてリングに膝をつき、ダウンを喫するも、そのダウン直後の攻防でも全くクリンチなどに逃げず、真っ向から打ち合って男を見せてもらった。

王者の内藤もポイントでリードするも、最後まで倒しに行く前へ出る試合で、レフェリーストップのTKO勝ちで激戦を制した。挑む挑戦者も挑戦者らしい、迎え撃つ王者も王者らしい、実にすがすがしい名勝負であった。両者に拍手を送りたい。

 

ボクシングのファイトスタイルで、前へ出て足をとめてガンガン打ち合うのがインファイター(ファイター)、ヒット&アウェーで足を使ってジャブから・・とセオリー通りに戦うのがアウトボクサー(ボクサー)、その両方、アウトボクシングをしつつ、チャンスと見ればインファイトで倒しに行くがボクサーファイターだ。

構えでいうと、右利きは左足が前に出て、左ジャブから右の大砲というのがオーソドックス。利き腕の右のパンチが腰のタメで打ち出されるので威力が増す。左利きは逆に右足が前に出るスタイルで、他のスポーツでもおなじみ、サウスポー

内藤は右利きのオーソドックスで、わりと足をとめて打ち合うボクサーファイター。左右のフックを多用する、トリッキーで変則的なボクサーだ。

ベタ足で左右のフックを振り回す内藤のスタイルは、決してスマートとはいえない。

しかし、今回の試合はリーチ、身長で上回り、足も使って器用に戦っていたという印象だ。近代ボクシングはインファイトもアウトボクシングもこなせる万能タイプが主流で、どちらか一方だけでは世界はとれないといわれているが、4度も防衛している王者の実力をいかんなく発揮した試合だったのではないかと思う。

34歳の現役王者、まだまだ頑張ってもらいたい。


M-1グランプリ2008

2008年12月22日 | 最近、思うコト

大阪出身の自分は御多分にもれず、お笑い好き。

しかし、最近のその手のバラエティ番組とお笑い芸人の多さとレベルの低さに弱冠食傷気味なのも確か・・。

それでもこのM-1グランプリはついつい見てしまう。今や名実ともに若手ナンバー1を決める登竜門ともいえる大会だ。ご存知のように格闘技のK-1をもじってつけられ、M-1の”M”は漫才をあらわす。

 

過去最多の4489組中、8組が勝ち残り、敗者復活で1組が選ばれる。

今年、その9組の中からラストステージに残ったのはナイツNON STYLE、そして敗者復活から勝ち上がったオ-ドリーの3組。最終的にNON STYLEの優勝となったが、実力伯仲、三者三様にそれぞれの個性が出たネタで、もう、あとは好みという感じだ。

実際、優勝したNON STYLEのネタははじめて見たが、個人的にはよく練習してて、ネタとしてもよくまとまってるなあ・・という感じだが、キレイにまとまりすぎてパワー不足という感じがした。こじんまりしてる感じ。なんだか心底笑えなかった。

あの3組の中ではナイツのボケ倒すネタが1番笑えたのだが、 審査員からは誰も票が入らなかった。実際、奥さんもNON STYLEのネタが1番テンポもよくて面白かったという。口をおさえて終始笑ってる姿を、内心「そうかあ~・・?」と、ややひき気味に客観的に見てしまった。

 

自分のブログにも(笑)のツボというカテゴリーを設けて、日常見かけた笑えるものを紹介したりしてるが、「これのどこがおもしろいの・・?という人もいるだろう。

実際、自分も「このネタはイマイチだなあ・・」と思いながらUPするものもあるし・・。

 

今度ヒマな人は(笑)のツボのネタに、コメントで評価して下さい・・5段階評価で、最高5で数字だけ書いてもらうとか・・。

マイナスがついたら結構ショックかな・・?

 

個人的な経験からいうと、理系のような理路整然と物事を考える人には、シュール不条理系のネタは理解しづらいようだ。じゃあ、ベタがいいのか?・・というと、どちらかというとそっちの方がまだ理解できる・・という感じかな?

ちなみにベタとは、誰にでもわかりやすいボケで、「ベタベタやなあ・・」というツッコミを入れた経験は、日常の中でも誰しもよくあるのでは・・?(大阪人のオレだけ・・?)ダジャレなんかがいい例か・・?

それに対してシュール不条理系は、話の流れとは何の脈絡もなかったりするボケで、その空気感というか雰囲気が笑える・・といった非常に曖昧な世界になってくるので、聞き手、受け手のセンスが問われてくる。「何がおもしろいの?」と問われても説明するコトが難しい、その世界観に感情移入できるかどうか?・・という笑いだ。察しがいい人、勘がいい人ならわかるようなネタといえよう。つまり、より相手の気持ちに寄り添っていける情的な人向き・・とでも言おうか?

単純化すると左脳はベタ、右脳はシュール、不条理系となるのかな?まあ、笑うコトで脳が活性化するコトは間違いない。ボケとツッコミはコミュニケーション、授受作用だ。せっかくボケたのに、ほっとかれるのはつらいものだ。きっちりひろって突っ込んであげよう。

 

つまらなくても愛あるツッコミを・・。(笑)

 

いずれにせよ、笑いのツボは個々それぞれであるなあ・・というのを感じた今回のM-1であった。