【京都・東山区】鎌倉幕府滅亡後の南北朝時代の観応年間(1350頃)、後醍醐天皇の皇子・龍泉和尚により天護庵と号し創建された。
龍泉和尚入寂後の室町時代応永年間(1400頃)、希譲和尚により霊源院と改称された。 由来は不明なれど、戦国の武将・伊達政宗が隻眼で描かれた数少ない肖像画が保存されている。
東福寺塔頭寺院の一つで、山門に通行止めの柵が置かれているので非公開のようだ。
柵から身を乗り出して境内を眺めるが、手入れが行き届いている前庭と大きな屋根の庫裡らしき建物の一部が見えるだけで....残念。 それでも、緩やかな石段の脇や上に数体の小さなお地蔵さんが鎮座していて、何だか、やさしく迎えてくれているような気がした....気のせいか。
山門前
山門から眺めた境内....右手に小さな手水鉢が....
手入れが行き届いた庭....そして迎えてくれた小さなお地蔵さんたち
庫裡か?
境内に鎮座するお地蔵さんたち