何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

弘明寺-(2) (横浜) 

2011年10月07日 | 寺社巡り-神奈川

【横浜・南区】弘明寺は、鎌倉時代には「求明寺」と称されていたが、観音経偈文の中にある「弘誓深如海」から「弘」の字をとって、「求」を改めて現在の弘明寺に改名....。 源平時代、源頼朝は源家累代の祈願所として当寺を保護、また、徳川時代には歴代の将軍が御朱印状を賜る等、坂東三十三番観音霊場の中、第十四番の巡礼参拝札所として古来より由緒ある寺院。
現在の本堂は、江戸時代の明和三年(1766)、智光上人による再建だが、寛徳元年(1044)に光慧上人が建立した当時の古材が使用されている。

駅から弘明寺に向かったが、仁王門があることを知らず、駅に近い楓関門から入山してしまった。
山門をくぐったら庫裡や客殿らしき建物があるので、入口を間違えたことに気がつき、急いで境内を通り抜け、本堂正面の石段を駆け下りて仁王門に向かった。 仁王門の金剛力士像は神奈川県下に遺る最古の中世作だが、筋肉マンのような肉体に少々あどけないようなお顔で可愛らしく感じた....叱られる前に合掌!
石段を上りきると正面に宝形造銅板葺の本堂....屋根のてっぺんに宝珠ではなく妙な形の物が....? また、向拝の上に更に屋根が設けられていて特徴があり、少し離れて眺めると神社のイメージがある。 のんびりと散策していたら昼近くに....続々とゴールした人が集まってきたので、そそくさと寺を後にした。
 
石段の上から眺めた仁王門、途中に身代地蔵菩薩が鎮座   石段下から眺めた本堂

本堂の左奥に建つ聖天堂
 
聖天堂には弘法大師が彫った聖天(大聖歓喜天)像が安置されている

境内の中で緑が多い聖天堂の前が一番落ち着く

鐘楼堂と梵鐘....右にあるのは地蔵祠
 
梵鐘は鋳銅製の和鐘で、江戸時代中期の寛政10年(1798)に再々造
 
供養塔越しに眺める大師殿....真言宗の宗祖・弘法大師像を安置
  
地蔵祠                  百度石                境内の庭に佇む庚申塔
 
七つ石....善無畏三蔵法師が渡来の際、陀羅尼を書写して結界を立てた霊石

楓関門

楓関門の奥に建つ庫裡?

客殿か?
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弘明寺-(1) (横浜)

2011年10月06日 | 寺社巡り-神奈川

【横浜・南区】瑞応山蓮華院と号す真言宗の寺院で、寺伝によると、元正天皇の養老五年(721)、インドの善無畏三蔵法師が仏教弘通のため渡来した折に開創。
17年後の聖武天皇の天平九年(737)、諸国に悪病流行の際、和泉国の僧・行基菩薩が勅命により天下泰平祈願のため全国巡錫を行った際、この地の霊域を感得して草庵を結び、現在のご本尊・十一面観世音菩薩像を彫刻して安置。 正確な創建は不詳だが、平安時代の寛徳元年(1044)に光慧上人により瓦葺きの本堂が建立されたことから平安時代創建のようだ。

京浜急行の駅名にもなっている弘明寺....横浜市内で最古のお寺として有名だが、何故か参詣する機会が無かった。
お彼岸の休日の訪問だったが、意外に参拝者が少なく、広くはない境内をゆっくり散策できた。 しかし、境内が市主催の歩行ラリーのような催しのゴール地点になっているらしく、テーブルや椅子が並べられ、正直言って写真撮影に少々邪魔だった。

寄棟造りの仁王門....江戸時代の再建、平成14年に改修工事

仁王門に掛る「瑞應山」の扁額は徳川幕府に仕えた書家・佐々木玄竜の書
  
力強い金剛力士像....13世紀後半運慶を尊守する鎌倉仏師の作

観世音堂

馬頭観世音
 
地蔵堂....六地蔵と観音像が鎮座

地蔵堂前から見上げた石段....上に本堂の屋根の一部が見える
 
石段の途中に立つ身代地蔵菩薩....参拝者が地蔵菩薩像を撫で回す姿が見られた

本堂....宝形造で銅板葺
 
本堂は江戸時代の明和3年(1766)智光上人による再建

寛徳元年(1044)光慧上人建立当時の古材(チョーナ彫の床板、梁等)が使用されている
 
本堂向拝や手前の手水舎の見事な彫り物           
 
本堂向拝の近景....荘厳さが漂う    本堂向拝に下がる5つの鈴
 
本堂のすぐ手前に立つ手水舎
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恐竜現る....!

2011年10月05日 | 街角スナップ-海外編

【中国・福建省・福州市】街中の公園を散策中、子供たちが賑やかに遊ぶ公園の中をのし歩いている恐竜たちに出くわした。
何故、この公園に恐竜なのか分からないが、図鑑から飛び出したような意外に精巧な造りにチト驚いた。
それにしても、恐竜たちが一所懸命に愛嬌を振りまいているのだが、何故か恐竜たちと遊ぶ子供は見当たらなかった。
 
いろんな恐竜がいるが....彼らの名前は珍紛漢紛だ!

いまにも亭を破壊しそうな恐竜....意外に凶暴かな?

真ん中にはいま卵から孵ったばかりの首長の恐竜が....
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西岩寺 (中国)

2011年10月05日 | 史跡探訪-中国編
              
【中国・福建省・莆田】明代の創建で、中国の寺院配置をコンパクトにした造りの寺院。
金剛殿と大雄宝殿、祖師堂と功徳堂そして鼓楼と鐘楼でこじんまりと構成されていて、これらの堂宇を囲むように回廊で繋がっている。
大雄宝殿の須弥壇には金ピカの如来像が鎮座し、その周りにはやはり金ピカの多くの羅漢像が如来像を見守っている。
ところで、功徳堂という珍しい?御堂があるが、功徳とは「善行を行うことによって得られる果報」の意味なのに、参詣することでも果報を得られるのかな?

西岩寺正面の全景....左右に鼓楼と鐘楼が繋がっている
  
左側の鼓楼               金剛殿入口の近景          右側の鐘楼

金剛殿....屋根の中央にある飾りは法輪か?
 
金剛殿の両側に鎮座する忿怒の相をした4体の守護神

金剛殿から眺めた境内、正面は大雄宝殿

大雄宝殿

大雄宝殿の近景
 
大雄宝殿の須弥壇に鎮座する如来像と如来像を囲む羅漢像

祖師堂(右)と功徳堂(左)

庫裡か?
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梅峰寺 (中国)

2011年10月04日 | 史跡探訪-中国編
 
【中国・福建省・莆田市】宋元八年(1085)の創建で、朝廷から多くの額を賜っているが、紹興七年(1137)に皇帝から「梅峰光孝寺」の称号を賜った。 現在の建物は清代改築のものだが、石柱等宋代の遺構がある。 典型的な中国の伽藍配置をした寺院で、回廊が建物全体を結ぶように囲んでいる。
大きな牌坊の直ぐ正面に天王殿が建ち、4体の守護神に見守られた弥勒菩薩が中央に鎮座。 天王殿の後ろに進むと、普通あるべき大雄宝殿ではなく大きな亭が....その隙間から奥に大雄宝殿の一部が見える。 天王殿と大雄宝殿の間に亭がある寺院を初めて見たが、多分、珍しい配置だと思う。 大雄宝殿には青い螺髪の金ピカの3体の如来坐像が、大悲殿には少しくすんだ金色の観音菩薩座像がそれぞれ安置されている。

牌坊....直ぐ正面に天王殿が建つ

堂々たる姿の天王殿
 
険しい顔の狛犬に守られた天王殿
 
天王殿の入口             天王殿の中央に鎮座する金弥勒尊像と4体の守護神

天王殿から大雄宝殿を眺め....寺院は回廊で囲まれている
 
鐘楼                   鐘楼と右側は伽藍堂になっている

鼓楼と左側は祖師殿
 
天王殿の後ろに建つ大きな亭....天王殿と大雄宝殿の間にある

線香炉越しに眺めた亭

亭には「梅林佛國」の額が掲げられている....奥に大雄宝殿が見える

三層屋根を持つ荘厳な大雄宝殿
   
大雄宝殿前にある線香炉には「梅峰光孝寺」とある            大きなケン稚

大雄宝殿に鎮座する青い螺髪で金ピカの如来像

魚鼓越しに眺めた鼓楼

五観堂
 
法堂

功徳堂
  
大悲殿....衆生の苦しみを救う慈悲深い観音菩薩坐像が鎮座

諸天殿
 
諸天殿....多くの仏像や天像が纏めて祀られているが、初めて聞く殿名だ!
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走水神社 (横須賀)

2011年10月03日 | 寺社巡り-神奈川

【神奈川・横須賀市】神社の創建年代は享保年間に記録や社宝が焼失したため不詳だが、走水の地名は古事記(712年編纂)や日本書紀(720年編纂)の中に出てくるほど古い。 ご祭神は、日本武尊と弟橘媛命の二柱。
伝説によると、景行天皇の即位四十年(110)、東夷征伐の命を受けた日本武尊がこの走水から上総へ渡る際に村民に「冠」を与えたが、村民がその冠を石櫃に納めて埋め、その上に社殿を建てて日本武尊を祀ったことに始まると伝えられる。
また、渡海の際、海上が荒れて舟が沈みそうになったが、この時同行した弟橘媛命が海神の怒りと考え、日本武尊に代わって海に身を投じて波風を鎮めた。 弟橘媛命は、もと旗山崎に橘神社として祀られていたが、その地が軍用地に買収されたため、明治四十二年に走水神社に....明治43年6月、弟橘媛命の歌碑が東郷平八郎、乃木希典などにより社殿の裏手に建立された。

神社入口に立つ由緒を記した案内板を読む....古事記や日本書紀や日本武尊のことが書かれていてウ~ンと唸ってしまった。
10段ほどの石段を上って明神鳥居をくぐると、がら~んとした境内が広がり....境内には「舵の碑」、「錨のモニュメント」、「顕現の碑」などがある。 正面奥の長い石段を見上げると、濃い緑に包まれた社殿が建っているが、歴史のある神社にしては社殿は意外に小さく質素。
社殿からは、眼下に広がる青い海や少し霞んだ房総半島が望め....何故か心が落ち着く雰囲気だ。 社殿の裏手には、建立の発起人として東郷平八郎や乃木希典らの名前が刻まれた弟橘媛命の歌碑が....。

神社入口の全景

社務所や幾つかの碑が立つ下の境内

境内の隅に立つ碑
 
飾り結びの付いた舵の碑と錨のモニュメント 針の碑
  
長い石段の上の濃い緑の中に建つ社殿                   顕現の碑....上に社殿が

社殿

拝殿
 
拝殿近景                               拝殿脇にひっそりと佇む石燈籠

拝殿....左奥にチラッと本殿が見える
 
拝殿前に置かれた1910年奉納の日露戦争戦利品のロシア製機械水雷

拝殿の裏にある河童大明神(水神社)....走水に伝わる河童伝説に因んで祀られる
  
弟橘媛命の記念碑....明治天皇の第六皇女竹田宮昌子内親王が平仮名で書かれた石碑

記念碑の裏面....1910年に建立した発起人・東郷平八郎や乃木希典らの名前がある

本殿の裏山に鎮座する3つの境内社

左から諏訪神社・神明社・須賀神社
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鴨居八幡神社 (横須賀)

2011年10月02日 | 寺社巡り-神奈川

【神奈川・横須賀市】治承四年(1180)源頼朝が鎌倉に入り幕府の礎石を築いている中、三浦大介義明の第四子多々良四郎義春が、源家の命を受けて養和元年(1181)に鎌倉鶴岡八幡宮を勧請したと伝えられる。 当時、軍功のあった三浦氏が三浦郡を領し栄えたが、多々良四郎義春は鴨居の領主として武名も高く三浦家の柱石をなしていた。
鴨居八幡神社には二つの御祭神が祀られており、八幡神社は譽田別尊(第15代應神天皇)、須賀神社は素盞嗚尊。

浦賀駅から観音崎行きのバスに乗って鴨居港の「鴨居」で下車....バス亭近くの海岸道路わきに大きな白い明神鳥居が立つ。
鳥居をくぐるとそこは境内ではなく駐車場....更に細い道を渡った所に注連縄が張られた第二の明神鳥居があり、正面奥に海に向かって社殿が建っている。 鳥居の傍にはかなり風化した狛犬が鎮座しているが、約170年前の江戸時代後期に造られたもので歴史を感じさせる。
御神木の大公孫樹が聳え、一面に砂利が敷かれている境内....散策していて気持ちがいい。

東京湾岸の参道入口に建つ明神鳥居

社殿の全景....境内には御神木の大公孫樹が聳える

境内入口の明神鳥居と正面奥に建つ社殿
 
江戸時代天保10年(1839)造の狛犬と手水舎         八幡神社の由緒が書かれている

静かな境内

拝殿・境内社の天満社(左)・社務所(右)
 
拝殿近景
 
拝殿                                  境内に鎮座する布袋さん?

天満社と拝殿
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栗棘庵 (京都)

2011年10月01日 | 寺社巡り-京都

【京都・東山区】鎌倉時代の正応七年(1294)、東福寺第4世・白雲慧暁(仏照禅師)によって京都西陣に開創、その後東福寺に移された東福寺の塔頭。 室町時代初期、能登の豪族温井氏(覚山空性)が再興した寺院で、温井氏の菩提寺に。 宗派は臨済宗東福寺派。

鮮やかなツツジが咲く切妻造瓦葺の山門に着いたが、山門に通行止めの柵が置かれていて拝観できず。 仕方なく柵から身を乗り出して境内を拝見....石灯籠が立つ落ち着いた雰囲気の小さな庭園があり、正面奥に連子窓のついた引き戸が見える。
引き戸の奥に入母屋造瓦葺の屋根が見えるので、多分、引き戸は中門の役目をしていて、その奥に本堂が建っているのだと思う。

切妻造の屋根を載せた棟門(と見えるが)
 
門前の鮮やかな色のツツジの花がお寺へ誘う感じだ      山門の柱の装飾

山門から眺めた境内

境内の庭園....正面の連子窓のある引き戸の奥に本堂があるようだ

小さくて質素な庭園だが落ち着いた雰囲気がいい

石灯籠が立つ庭園....紅葉の時期が素晴らしいようだ

左手が庫裡で、引き戸の奥の入母屋造瓦葺が本堂か?
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