【京都・東山区】鎌倉時代の建長七年(1255)に完成した堂塔は、元応元年(1319)及び南北朝時代の建武元年(1334)と延元元年(1336)の相次ぐ火災に遭って、室町時代初期までに大部分を焼失。(本尊の巨大釈迦座像は元応元年の火災で焼失)
延元元年の被災の4ヵ月後に復興に着手、南北朝時代の貞和三年(1346)には前関白・一条経道により仏殿の上棟が行われ、再建後は偉観を誇る完全な禅宗寺院としての寺観を整えた。
その後、足利義持・豊臣秀吉・徳川家康などが支援したことで、応仁の乱などの兵火を逃れ、京都最大の禅苑として栄えた。
三門、仏殿など多くの伽藍が一直線に建つが、その中心にあるのが入母屋造裳腰付きの本堂(仏殿兼法堂)....参拝のため中に入る。
正面の須弥壇の上に中尊を釈迦如来像とした三尊像が鎮座、そして、天井を見上げると「蒼龍」という雲龍図が物凄い眼光で迫ってくる。
その迫力に圧倒されて、帰りに「蒼龍」の写真が貼られた色紙を購入してしまった。
庫裡から入って方丈に進むと南側に枯山水の庭が広がる....縁側に座り、暫くの間、枯山水の巨石や砂紋が表す意味を考えながら、眺めを楽しんだ。
本堂(仏殿)....17年の歳月をかけて復興、昭和9年再建
昭和の木造建築では最大の本堂 現在は塔頭で廃寺となった三聖寺の釈迦三尊像を安置
入母屋造裳階付き瓦葺の本堂
堂本印象作の天井の迫力ある雲竜図「蒼龍」
鐘楼(左)、経堂(右)
鐘楼....室町時代後期建立で近年まで平安初期の古い銅鐘があった(現在収蔵庫に保管) 右は経堂
境内....左手の方丈への入口の本坊(庫裏)
本坊(庫裏)の正面
方丈(明治23年(1890)再建)遠景
方丈の額が掛る南庭側 方丈の回廊
方丈の回廊
方丈越しに眺める南庭、正面は唐門、塀越しに仏殿の屋根が....
方丈の南庭....築山を配し、巨石と砂紋で蓬菜神仙を表す枯山水の庭
巨石で蓬菜・方丈・瀛洲・壺梁の4島を表している
方丈南庭と本坊
唐門....昭憲皇太后寄進の向唐破風の表門
本堂からの回廊を進んで開山堂に向かう....回廊の向こうは経堂
通天橋に向かう回廊
境内に佇む五輪塔 緑に包まれた境内、林の向こうは経堂