何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

等覚院-(1) (川崎)

2024年08月01日 | 寺社巡り-神奈川

【川崎・宮前区】創建年や縁起、開山が不詳の天台宗の寺院で、寺号は長徳寺。 江戸時代の文化・文政期(1804~1830年)に編纂された「新編武蔵風土記稿」の長尾村の頁に「等覺院」の記録がある。 秘仏本尊の不動明王立像が納められている厨子の前に安置されている木造薬師如来坐像(もと江戸茅場町にある智泉院の本尊、寄木造で玉眼)は、近年の解体修理で室町時代の造立とされた。 宗旨は天台宗で、本尊は不動明王立像。関東三十六不動霊場第6番札所。

★バス停「神木不動」から坂道を上っていくと、石を積み上げた垣の上に寺号標石が建ち、道が左右に分かれている。 右は堂宇境内への参道で、左は一般道で少し先に楼門が見える。 道に面した楼門は仁王門で、すり鉢の底のようなところに建つ。 楼門右手と背後の傾斜地に植栽されたこんもりした緑のつつじ(躑躅)が鮮やかだ。
仁王門は約40年前の明治期の建立だが、古びた佇まいで趣を感じさせる。 四方方の台輪の上に、脚間に十二支の彫刻を配した中備の蟇股があり、自分の干支を見つけて口元がついほころんだ。 両側の金剛柵の金網の中に鎮座する躰に天衣をまとった仁王像を拝観するが、違和感を感じた。 それは通常向かって右側が阿形像なのだが、ここでは何故か逆....この配置を目にしたのは初めてだと思う。

△等覚院への参道....右は本堂境内への参道で左は一般道....奥に仁王門が建つ

△「神木山 等覚院」と彫られた寺号標石....平成二十五年(2013)の造立

△一般道に面して建つ豪壮な楼門の仁王門

△入母屋造銅板葺の仁王門....明治十五年(1882)の建立

△上層に擬宝珠高欄付き回縁....後方の傾斜地の植栽のツツジが見事

△二間の側壁は下層・上層いずれも横羽目板   屋根の入母屋破風の拝に配された鶴の彫刻

△軒廻りは二軒繁垂木、組物は二手目と三手目が尾垂木の三手先、中備は蟇股....上層の正面と背面は中央に桟唐戸、両側に連子窓を配す

△回縁を支える腰組は三手先....腰組間の台輪の上に蟇股を配す

△木鼻は角は唐獅子で真ん中は象

△台輪上の蟇股の脚間に十二支の彫刻を配している

△仁王門の両側の金剛柵の奥に仁王像が鎮座

△天衣を纏った仁王像は左に阿形、右に吽形....一般に阿形は右側に鎮座するが、ここでは何故か逆だ

△戸口の通路側一部に金網がなく、そこから見上げた仁王像

△楼門の戸口の2枚の天井絵は迦陵頻伽

△迦陵頻伽は上半身が人間で,下半身が鳥という仏教における想像上の生物

★仁王門の周りには絵馬堂が建ち、数体の石仏が鎮座し、一基の石燈籠が佇んでいる。 また、仁王門の背面には白砂が敷かれていて、その中に石組が配されているのでまるで小さな枯山水庭園のようだ....そうなのかな? 仁王門の戸口に入ると、天井に鮮やかな2枚の飛天のような絵が描かれている。 後で調べて知ったのだが、”迦陵頻伽”という仏教における想像上の生物だそうで、上半身が人間、下半身が鳥というお姿だ。

△仁王門右側の植栽傍に鎮座する三基の石造物....奥の傾斜地に植栽されたツツジと高台に建つ庫裡....直裁前の白砂と石組は枯山水庭園か?

△右手に鎮座する石造物は巡拝塔(左端)と二基の石仏....巡拝塔は昭和五年(1930)の造立で、「四国・西國・秩父・坂東の参拝記念塔」と彫られている

△駒型青面金剛庚申塔(日月瑞雲、3猿).....正徳四年(1714)の造立とみられる/舟型石仏は観音菩薩とみられる....造立年は建長三年(1251)か?

△二王門の左手に建つ絵馬堂と石燈籠

△寄棟造銅板葺の絵馬堂....平成六年(1994)の再建で、「冥顕」(冥界と顕界)の額が掲げられている

△吹き放ちの造りで、絵馬を掛ける壁の三面と梁の上に額絵馬が掲げられている

△延寶九年(1681)造立の重厚な石燈籠   絵馬堂の脇に佇む「不動尊」と彫られた石仏

△「つつじ寺」と呼ばれる等覚院の境内に咲き誇るツツジ群(NETから拝借)












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