歴声庵

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大町雅美著 「戊辰戦争」

2007年11月04日 21時50分35秒 | 読書

 栃木県在住の郷土史家である筆者が、野州(栃木県)の視点から見た戊辰戦争について書かれた著書です。単に野州戦争の戦況だけでは無く、幕末における野州諸藩の動向・野州世直し一揆の特徴・野州における草莽活動の特徴等についても書かれた力作と言えましょう。

 幕末における野州諸藩の動向については、本書では宇都宮藩・壬生藩・喜連川藩・大田原藩・黒羽藩、そして真岡代官領の動向について書かれており、どの説明も興味深かったものの、中でも黒羽藩と真岡代官領の説明は印象的でした。幕末の黒羽藩と言えば、開明派の藩主と知られるものの、幕末の土壇場で不慮の死を遂げた大関増裕が有名です。しかしその死については、現在でも事故説と自殺説に意見が分かれる中、本書は家臣達のクーデターにより追い詰められた増裕が行なった覚悟の自殺と明確に述べています。そしてこのクーデターにより、独裁的で佐幕より藩主から権限を奪った家臣達が、その後新政府側として尽力し恩賞を得る事に成功したという記述は興味深く読ませて頂きました。
 真岡代官領については、当時の代官山内源七郎が新政府軍に恭順したものの、その後新政府軍に急襲され殺害されたというのは知られているものの、その理由については正直今まで詳しくは知りませんでした。これについて筆者は、生き残る為に新政府軍と旧幕府軍の双方に通じた山内の苦悩と、疑わしくは罰すべきとの対応を取った新政府軍の双方の理解を示しており、「戊辰政情の特色」と述べているのには、何事も単純な善悪といった視点で考えたがるエセ歴史家とは一線を画していると言えましょう。
 野州における草莽活動については、従来語られる事は少ないものの、鳥羽伏見の戦いの要因の一つとなった野州出流山の挙兵についても語られているのには、流石は栃木の郷土史家さんだと感心しました。草莽隊の代表格とも言える赤報隊の粛清に対して筆者は、遅ればせながら新政府軍に恭順する事を決めた信州諸藩が、点数稼ぎの為に行なった行為と独特の意見を述べており、正しいか誤っているかは別として興味深かったです。野州を代表する草莽隊である利鎌隊に関しては、地元の草莽隊という事で、その誕生から解散までを丁寧に説明してくれており、興味深く読ませて頂きました。
 また軍事面の説明もしっかり書かれているのも、本書の特徴と言えましょう。特にそれまで常勝を続けた大鳥軍が初めて敗北を喫した、野州戦争のターニングポイントになったと言える四月二十三日の安塚村の戦いについて、大鳥軍の一日の決断の遅れが勝敗を分けたと書かれているのが印象的でした。安塚村の戦いの敗因については、作戦の複雑さや、大鳥の不在は挙げられる事は多いものの、かの名著「戊辰役戦史」ですら作戦決行日に関しては指摘をしていないので、作戦決行日の一日の遅れに注目した筆者の慧眼には感服しました。

 このように本書は野州と言う地域に限定されるものの、政情・民衆の動向・軍事のいずれの面からも優れた見識を示してくれる良書と言えましょう。もっとも出版された時期が時期のため、新政府軍の事を官軍と呼ぶなど、王政復古史観が強い面が見られるものの、その点を差し引いても、野州の戊辰戦争を調べるに当たっての必読書と言えると思います。