I Love Nature

自然の中で見つけたステキなモノ

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八郎岳登山その1(長崎県長崎市三和町付近)

2011年03月31日 | 山のお話

3月27日(日)
T小登山隊の皆さんと一緒に春山登山に行ってきました

今回登ったのは、長崎県南部に位置する長崎市三和町付近にある八郎岳。標高は590mの八郎岳は九州百名山の1つで、長崎市または長崎半島で最高峰の山です。今回の参加者は、隊長N先生、副隊長S先生、登山のベテランTさん、tami、そして私の5人。当初は8人の予定だったのですが、前日からキャンセルが相次ぎ、参加率の高い5人だけとなってしまいました 私とtamiも前日は友人の結婚式で帰りが遅かったため、多少お疲れモードではありましたが、山に入ると気分も一転!山の空気や樹々の香りが体をスッキリとリフレッシュさせてくれて、とても気持ちよく登ることができたのでした さてはて、我々T小登山隊は八郎岳の山頂から一体どんな景色を望むことができたのでしょうか では、今回の登山の行程をご紹介しまーす

7:40

諫早市にある総合運動公園の駐車場に集合し、8時ちょっと前に諫早を出発 諫早ICから高速道路に乗って長崎ICで降り、2月13日に開通したばかりの南長崎環状線を新戸町ICまで乗って、ひたすら南へと向かいます。三和町にある平山台の少し手前の信号を左折すると、その先に市民農園が広がっていて、その農園の駐車場が今回のスタート地点となりました。南長崎環状線のお陰で予定より30分くらい早く到着してしまいましたが、駐車場に車を停めてさっそく登山の準備を始めます

9:10

トレッキングシューズに履き替え、準備体操をし、ちょっとだけウォーミングアップをして、いよいよ登山スタート ルートを知り尽くしているベテランTさんの提案で、整備された登山道ではなく駐車場の奥からそのまま山に入ることに。このルート、一人だったら絶対分からないだろうなぁ 直行コースなだけに、最初からかなり急な斜面が続きます

10分ほど登ったところに不思議な形をした木を発見 周りの樹木と比べると樹皮が白いのでひと際目立っています

5本の太い枝が天空に向かってまっすぐ伸びていて、まるで人間の手のようです いったい何の木だろう ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。とりあえず今回はこの木が放つ怪しい雰囲気から「魔女の手」と命名し、記憶に残しておきたいと思います

途中溝のようなになっているところを歩きました。
雨が降ったら小さな川になりそうだな

9:34

20分ほど登ると、右側に松尾岳(296.9m)が見えてきました。そんなに高くない山だけど、縦走すると結構しんどいらしいです。この松尾岳にもいつか連れて行ってくださるとのことでしたので、その時はこのブログでまた紹介しますね

木が枯れて倒れています。
いや、倒れたから枯れたのかな?
どっちだろう??

9:43

急な勾配を上り詰め、中間地点に到着~!なだらかな登山道だともう少し時間がかかるんでしょうけど、ショートカットコースを登ったのでたった30分で着いちゃいました

体もすっかり温まってちょっと汗ばんできたので、上着を一枚脱いでザックの中へ。ちょっと水分補給をしてから再び歩き始めます。しばらくはなだらかな道が続きそうだけど…?八郎岳登山はまだまだ続きまーす

つづく

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田ノ頭の枝垂れ桜(長崎県東彼杵郡波佐見町)

2011年03月31日 | 桜のお話

今日はドライブ仲間のtamiと一緒に長崎県波佐見町にある田ノ頭の枝垂れ桜を見に行ってきました 実は他にもネタがたくさん溜まっているのですが、桜の見頃はあっという間に過ぎ去ってしまうので、先にこちらのネタを紹介しておきたいと思います

いつもは目の前の駐車場に車を停めるのですが、今日はいっぱいだったので、200mほど離れた公園の駐車場に車を停め(標示があります)、枝垂れ桜のもとまでちょっとだけ歩きました。ここからでも山の一部をピンク色に染める枝垂れ桜の姿をはっきりと確認することができます。

同じ桜でも、この枝垂れ桜はよく公園などで見られるソメイヨシノ(染井吉野)よりも早く開花するため、例年ならばもっと早く見頃を迎えるのですが、今年は冬の寒さが長引いたせいか開花が遅れているようで、今まさに見頃を迎えています

去年もこの桜を見に来たという方によると、去年は4月2日にはもう見頃を過ぎてしまっていたというお話だったので、今年は一週間~十日ほど開花が遅れたようです。

 

枝垂れ桜の魅力と言えば、少し小振りでキュートな花と、長くふんわりと優雅に垂れた数々の枝。とっても大きな桜の木ですが、枝の先まで花をつけるので、下の方にある花には手が届きます。

お隣でこの桜の美しさにため息を漏らしていた年配のご婦人に「きれいですね」と声をかけると、ほっこりとした優しい笑顔で「きれいですね」と答えてくれました。たとえこの場限りでも、知らないもの同士がお互いに笑顔で感動を分かち合えるこの瞬間が私は好き。だからこんな時、知らない人にでもついつい声をかけてしまいます。この写真は、この時のご婦人の笑顔がとても印象的で、思わずシャッターを切ってしまった一枚。桜の木を愛おしそうに見つめていたご婦人の横顔を残しておきたくて。

今まで何度もこの桜を見にきましたが、こんなに空が青かったのは初めてです 3月末って意外と風が強かったり曇ってたりすることが多いんですよね~

去年買った一眼カメラを駆使して撮った一枚。花が風に揺らめく様子まで撮影することができました!やっぱり一眼は違いますな~ まだ全然使いこなせてませんけどね

お隣には赤と白の椿の花も咲いています

冬の花である椿と春の花である桜が一緒に見られるのも田ノ頭の枝垂れ桜の魅力のひとつ。なかなかない光景ですよね

去年もそうだったんですけど、ここに来ると必ずと言っていいほどご年配の方に携帯電話の使い方を伝授している私です。というのも、写真を添付して娘さんや息子さんにメールを送信したいのに、写真の撮り方や添付の仕方がわからないという方が多いのです。「写真を撮って一旦ファイルに保存して、メールを打って添付する」という作業がご年配の方には難しいようです。今日の方はauだったのですが、写真にも種類が二つあって、私でもちょっと手こずりました。iPhoneみたいに写真を撮ってそのままメール送信できるようなシステムにすると分かりやすいんだろうけどな。

少し上の方から見ると波佐見の田園風景を望むことができます。遠くの山並みもきれいです

一眼の3倍ズームで木の上の方を撮影してみました。やっぱり良く撮れるなぁ

うーん、逆光もいい感じ!しかしまだまだ一眼初心者なので、いまいちモードを使い分けることができません これからも写真をたくさん撮って、皆さんに『自然の中で見つけたステキなもの』をたくさんご紹介できるように精進したいと思いますので、どうか皆様、kero-keroの成長を見守って下さいませ!田ノ頭の枝垂れ桜はおそらくこの週末が見頃のピークだと思いますので、県内にお住まいの方はぜひ訪れてみてくださいね 波佐見町内にはこの他にも何カ所が枝垂れ桜スポットがありますので、町内を散策しながら桜スポットを探してみるのも楽しいかもしれません。おススメでーす

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小学3年生の私

2011年03月30日 | いろんなお話

前回予告していた通り、25年という長き時を経てタイムカプセルの中から再び姿を現した私の作文をご紹介します。私が小学3年生の時に書いたものですので、ツッコミどころ満載のへたくそな作文ですが、敢えてありのままこのブログに残しておきたいと思います。どうぞ笑覧くださいませ(笑)。

 

『さいごまでがんばったマラソン大会』

 マラソン大会の朝、学校へ行く時、お母さんが、
「がんばっておいで!」
と言いました。そういわれたわたしは、がんばってみよう!と思いました。
 マラソン大会が始まりました。開会しきの時、
「よーし!がんばるぞ!」とは言ったけど、やっぱりドキドキワクワクしていました。四年生が走りました。次は、三年生だと何回も何回もそう思っている内に三年生の番になりました。男子がいっせいに走りました。次は、女子の番になりました。まだドキドキしています。スタートラインにならびました。川口先生が、
「よーい、ドン!」
みんないっせいに走り出しました。
 わたしは、いっきにぬかされました。けれども、ぬかされた分だけおいぬかしました。みんながんばってるなと思った時、お母さんらしい話し声が聞こえました。そこらへんをきょろきょろみていてもお母さんらしい人は、いませんでした。人ちがいかな?と思ったけれど、気にせず走りました
「わっせっ、わっせっ」
といっしょうけんめい走りました。
 まん中の方できつくなってきました。何人かの人にぬかされました。田さきさんともめあいになったけど、田さきさんにぬかされました。だけど少しスピードをあげて二人ぬきました。それでもまだ後ろの方だったので、また55いかなぁと思いました。でもいっしょうけんめいさいごまで走ろうと思ったので、また少しスピードをあげて一人ぬきました。
 さいごになりました。陣内さんのおばちゃんが、
「みよちゃんがんばって~!」
とさけびました。急にさけんだから、スピードがぬけて、みゆきちゃんが、わたしをぬかしました。わたしも負けてはいられない!と思って坂の所でぬかそうとしたけどだめでした。でも、さいごまで走ればいいと思ったのでゴールまでやけくそで走りました。カードは、43でした。わたしは、四年になったらがんばろうと思いました。でもやっぱりわたしは、
「あーあ、しょっく!」
と言いました。がくっ!ときました。でもくよくよしたってどうにもならないと思いながら、教室へ入りました。
(おわり)

 

いかがです?かなり笑えるでしょう?あまりにもおもしろかったので、思わず小学3年生の自分につっこんでしまいました。

ツッコミどころその1

やっぱりドキドキワクワクしていました。→ドキドキワクワクの使い方がまずい。走るのが苦手だったので、ワクワクはしていないはず。

ツッコミどころその2

次は三年生だと何回も何回もそう思っている内に三年生の番になりました。→そんなに何回も思わんでも。走り出すまでが長いよ。原稿用紙4枚中1枚分かかってる。

ツッコミどころその3

みんないっせいに走り出しました。わたしは、いっきにぬかされました。→いやいや、抜かされるも何もまだスタートですから。

ツッコミどころその4

…お母さんらしい話声が聞こえました。…お母さんらしい人はいませんでした。→このくだり、必要?お母さんじゃなかったみたいだし、結局気にせず走ったんだよね?

ツッコミどころその5

「わっせっ、わっせっ」→かけ声が古めかしすぎるよ。

ツッコミどころ6

田さきさんともめあいになったけど、→いやいや、それを言うなら「抜き合い」でしょ?

ツッコミどころ7

(陣内さんのおばちゃんが)急にさけんだから、スピードが抜けて、みゆきちゃんが、わたしをぬかしました。→あ、人のせいにしたね!?せっかく応援してもらったのに。

ツッコミどころ8

ゴールまでやけくそで走りました。→そんなにやけにならなくても…。

ツッコミどころ9

「あーあ、しょっく!」と言いました。がくっ!ときました。→!マーク多過ぎ。がっかりし過ぎ。

ツッコミどころ10

…教室へ入りました。(おわり)→え?教室に入って終わり??来年の抱負とかないのかい?しかも4枚目はたった1行しか書いてないし。さては枚数稼いだな?

 

なんと小3の自分に10カ所もつっこんでしまいました(笑)。当時の私はマラソンが大の苦手で、1年生の頃は後ろから数えた方が早いくらいでした。毎年少しずつ順位が上がって、3年生の時にようやくまん中くらいになったんだったかな。作文も苦手だったので、どうでもいい描写が多く、なんとか枚数を稼ごうと必死だったことが伺えます。でもそんなへたくそな作文の中にも私の性格が一番出ているなと思ったのは「でもくよくよしたってどうにもならない」という最後の言葉。昔からポジティブだったんだなぁ私。その前向きさがあったからこそ今の自分がいるのかも。小学3年生の自分と向き合って、自分の原点を振り返ることができ、今後もますますポジティブに人生を送っていきたいと改めて思ったkero-keroなのでした

余談ですが、現在埼玉に住む私の幼なじみのjinちゃんには、思い出の写真とタイムカプセルが開封された時の写真を、jinちゃんの作文と一緒にファイルにまとめて郵送しました。今年の誕生日に頂いたマスキングテープが大活躍してくれましたよ~(mucchan、ありがとうございました!) ちょっと時間がかかっちゃったけど、jinちゃんがとっても喜んでくれたので、少し手をかけてよかったです 他にも何人かの同級生に作文を届けに行ったのですが、自分の書いた作文を読む時はみんな笑顔で、とっても楽しそうでした。N小のタイムカプセルは無くなっちゃったけど、タイムカプセルが私たちの作文を長い間雨風から守り続けてくれたように、これからもずっと大切な友人達との繋がりを大事にしていきたいと思います。N小OB・OGのみんな、これからも末永~くよろしくね!

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タイムカプセル

2011年03月19日 | いろんなお話

『2011年2月19日(土)15:00にN小学校のタイムカプセルが開封されるらしい』

こんな噂が流れ出したのは、今年2月に入ってから。1986年に私たちが通っていたN小学校が創立10周年を迎え、その記念に全校生徒が21世紀の自分たちへ向けて書いた作文がタイムカプセルに込められたのです。当初は「2001年になったら開ける」と言われていたのですが、21世紀になってもいっこうに開けられる様子もなく、時々ふと「あのタイムカプセル、いつ開くんだろう?」と心の中で思うことはあっても、同級生との会話の中でもその話題はすっかり出なくなっていました。そして開封予定だった2001年から10年後、突如あのタイムカプセルが開封されることとなったのです。

当日は噂を聞きつけた卒業生が開封の瞬間を見ようとタイムカプセルの周りに集まりました。開封のお知らせは地元の情報紙『ナイスいさはや』(←どローカルですみません)やケーブルテレビを通して行われていたそうですが、私は幼なじみのtamiから連絡を受けました。通信手段が充実しているとは言え、さすがに当時の全在校生へは連絡が行き届かなかったようです。ちなみに当時私は小学3年生。何を書いたのかは全く覚えていません。「いったいどんな作文を書いたんだろうね~」なんて話していると、



15:00ちょうど、レンガ造りの容器にドリルが入れられました
しかし、レンガはなかなか壊れません

ドリルが入ってから約15分後、ようやくふたが取れました



そして中からステンレス製のタイムカプセルが登場~
側で見守っていた卒業生やその家族からは
拍手と歓声が起こりました



現在校生や卒業生の二世たちもタイムカプセルに興味津々のよう。
懐かしい当時の先生の姿もありましたよ~

25年間タイムカプセルを守ってきたレンガの容器の中には、ご覧の通りたくさんの水が溜まっていました。カプセルの中は大丈夫かなー若干の不安がよぎります。

開封後、カプセルは生徒用玄関前に移動されました。同級生の顔もちらほら見えますその時「誰かプラスドライバーをお持ちの方いませんかー?」という声が。え?ドライバーがないと開かないの!?そうよねぇ、それくらいしっかり封印しないと中の作文が10年も20年も残らないよねぇ。しっかし、誰がこんな所にプラスドライバー持ってくるんだろう?ちゃんと開封できるのかな~?と思っていたら…

タイムカプセルを取り出してから約10分後、
ようやく開封されました~

作文はクラス毎に茶封筒に入れられ、表にはクラスと人数と担任の先生の名前が書かれてありました。状態はとても良く、25年前と全く変わらない姿で出てきましたよ~



25年前の作文と25年後の私たち。
随分ギャップがあるようだけど、
miyacchi、あなたは全然変わらないね



作文と一緒に当時のクラス名簿もきちんと閉じられていました。
懐かしい名前がいっぱいだぁ

一緒に行ったtamiと自分たちの作文を手に取り、さらに兄弟の分や今も連絡を取っている友人達の分も預かって、それぞれ郵送してみんなの元に届けることに。失礼ながら、みんなの作文をこっそり読ませてもらうと、まだまだ稚拙で未完成な文章ながらも、そこには当時のみんなの姿が生き生きと描写され、まるで25年前にタイムスリップしたかのような気持ちにさせていただきました(みんな、勝手に読んでごめんねー!)クラスによっては21世紀の自分に宛てた内容のものもありましたが、なぜか私のクラスは自分も含めマラソン大会について書いていた人が多く、未来の自分に向けた言葉などは皆無ま、それはそれでおもしろかったんですけどね

次回は私のおもしろおかしい作文をご紹介しちゃいます。思いっきり笑ってやって下さいませ!

追記:N小学校では作文を預かり、直接取りに来られた方にお渡ししているそうです。遠くに住んでいる方には返信用封筒を申請書を送れば郵送もして下さるそうですよ~。詳しくはコチラ

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春よ来い!諫早公園(長崎県諫早市高城町)

2011年03月18日 | 桜のお話

3月11日(金)14時46分。あのとてつもなく巨大な東北関東大震災が発生してから丸一週間が経ちました。義兄夫婦が仙台に、また義姉の両親が福島で暮らしているため、地震当日は心配で心配で居ても立ってもいられませんでしたが、義兄夫婦とは地震発生後間もなく連絡が取れ、義姉の両親とも日曜日の朝には電話がつながり、家屋の倒壊もなく二人とも無事に元気でいることが確認できました。福島の方とはなかなか連絡が取れず、このブログにも情報提供を求める記事を掲載させていただきましたが、親族全員の無事が確認されたため、記事は削除させていただきました。記事を読んでお言葉をかけて下さった皆様、本当にありがとうございました。

ここは長崎県諫早市にある諫早公園。今大寒桜が満開の時を迎えています自然の驚異を目の当たりにした今だからこそ自然の美しさや優しさに触れたくて、昨日母と姪っ子を連れて出かけてきました

この一週間、仕事に出ている時以外はほとんど震災のニュースに釘付けでした。数多くの家や車が、まるでおもちゃのように津波にのみ込まれてゆく様子や、日々明らかになってゆく被害状況をテレビで見るにつけ、「本当にこんなことが日本で起こっているのか?」と疑いたくなるほどその惨状は凄まじく、なかなか現実として受け入れることができませんでした。

しかし、仙台市内の学校に勤める義兄夫婦と日々連絡を取り合い、被災者でありながらも二人が毎日通勤し、学生達やその家族の安否確認に奔走している様子を伺い知ることで、「やはり今現実に起こっていることなのだ」と、この震災を現実として受け入れ、ようやく「自分に今何ができるのか」を模索し始めました。

現地では雪が降っています。ここよりもずっとずっと寒いのに、ストーブを焚くための石油が不足しています。車にガソリンも入っていないので、職場までの交通手段は自分の足と不定期なバス。ガスが止まっているので温かい水も出ず、お風呂に入れません。水も出ないのでトイレもままなりません。義兄と義姉はこのような過酷な状況の中、すでに復興への第一歩を踏み出しています。

住む家がある。暖房を使って部屋を暖めることができる。温かい食べ物を食べることができる。お風呂に入ることができる。洗濯をすることができる。車で移動することができる。温かい布団の中で安心して寝ることができる。側に居てくれる人がいる。当たり前だと思っていた日常が、こんなにも有り難いものだったなんて思わなかった。身近な人が被災して初めてそのことが実感として湧いてくる。自分自身が被災すれば、その有り難さを身に染みて強く感じることでしょう。

春よ来い!早く来い!

長崎には確実に春が訪れています。この暖かさが一刻も早く東北関東の皆さんのもとに訪れますように。そして被災地の皆さんに一刻も早く当たり前の日常とにたくさんの笑顔が戻ってきますように。私はここ長崎で私にできることをやっていきます。私たちが感情的になりすぎて落ち込んでしまっていては何もできません。まずはこれまで通り日常生活をきちんと送り、現状を冷静に見守りながら、その時々にできることを精査し、それらを行動に移して行きたいと思います。一人一人の小さな力が被災地の復興につながると信じて。

*友達のブログで義援金詐欺なるものが出没していることを知りました。自宅に来て「市役所のものですが、この町の姉妹都市である◯◯町に義援金を…」とか何とかもっともらしいことを言いながら義援金を求めるというものです。公の機関が自宅を回って寄付を集めるなんて聞いたことがありません。そもそもそんなことはしてはいけないはず。義援金は確実に被災地の方々に届く方法で送りましょう!!

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難所ヶ滝を求めて(福岡県糟屋郡宇美町) 最終回

2011年03月07日 | 山のお話

頂上からの景色にうっとりと見とれるKちゃん。
この後ちょっとした恐怖体験を味わうことになるとは知る由もなく…。

14:04

さて、無事に宝満山登頂を果たし、後は下山するのみ。帰りは「何事も経験!」ということで、なんと全員あの危険な直行コースを下ることに「下りの方がもっと大変なのでは!?」と若干の不安が頭をよぎりましたが、「みんなで下れば怖くない!」ということで、覚悟を決め、ベテランTさんに続いて例のロープを跨ぎました。さてはて、我々は無事にこの難所を乗り切ることができるのでしょうか

下りは登ってきた時と同じ体勢になるように、後ろ向きに下って行きます。

ベテランTさんはこの通り余裕の表情。これくらいは慣れっこなんでしょうね~

「え~こんなとこ降りるの~??」
と最初の一歩をためらっていた副隊長S先生ですが、

しっかりとした足取りで下りてこられました



S先生に続きT先生も難所越え成功
後はKちゃんと隊長N先生とYさんのみ。
下から皆さんが下りてくるのを見守っていると…

上の方から「キャハハハハハ~!!」というKちゃんの笑い声が
どうやら恐怖のあまり笑いが止まらなくなってしまったようです
もう少しだから頑張って~



途中足が止まってしまったKちゃんも、
とりあえず無事に下りることができました~
よかったよかった
難所ヶ滝まではさほど危険な場所もなく、難なくたどり着いたのですが、
この場所がこの日一番の難所となったのでした



宝満山の頂を背に帰路につくT小登山隊。
最後はちょっとスリリングだったけど、登りがいのある山でした
きっとまた登りに来るよ~



うさぎ道と宝満山への道の分岐点。
この道を歩けばうさぎに出合えるのかなぁ?

おっと、木がたくさん倒れてる
「頭足下に気をつけて~」



ハイカーの中にはワンちゃんと一緒に登山する人も
雪の中を走り回って楽しそう

15:12

昭和の森と三郡山と宝満山の分岐点に戻ってきました~ここまで来ればゴールまで後少しです。雪の量が少なくなってきたので、この辺りでアイゼンを外し、再び歩き始めます

気が付けば雪もすっかり無くなっていました。
朝通った時より明らかに雪が減っています。
同じ山なのにこんなにも表情が違うんですね~

15:38

ようやく車を停めた場所まで戻ってきました~ 10時くらいから登り始めたので、全行程約5時間半のトレッキングでした。いや~、結構長かったなぁ。前回、前々回の雲仙登山の時はほとんど何ともなかったのですが、今回は下りが長かったせいか、最後の方は膝がガクガクして、下りきった時にはすでに筋肉痛もちらほらと現れ始めていました このままだと思いっきり体に疲れが残るので、下山後は毎回みんな揃ってしっかりと整理運動を行うことにしています これがあるのとないのでは翌日の疲れの出方が全然違うそうですよ~。さて、整理運動も済ませたことですし、再び高速道路にのって長崎へ帰りましょう~

18:53

長崎に到着~!…と思いきや、到着したのは佐賀県嬉野市にある『シーボルトの湯』。ここもまたN先生おススメの温泉施設で、前回雲仙で入った『よか湯』同様、「泉質よし!値段よし!」のステキな温泉なのです。もともと『古湯温泉』として長く親しまれていた公衆浴場で、1996年に老朽化などで閉鎖されたのですが、地元の人たちの強い希望により2010年4月1日にリニューアルオープンしたばかりなのだとか。(詳しくはコチラ→嬉野温泉観光協会)建物もきれいで、入湯料はなんと400円なんですよ~ 嬉野独特のちょっとぬるっとしたお湯で、お肌がすべすべになりました 冬山登山の後の温泉って本当に最高です N先生、どうかまた来年も楽しい企画をよろしくお願いします



嬉野の町はちょうど『あったかまつり』の最中で、
あちらこちらに言葉や絵が描かれた灯籠に灯が点されていました



1つ1つ手作りで、とても存在感のある灯籠は全部で百個。
なかなか風情がありましたよ~
この時期に嬉野温泉にお泊まりして、
ゆったりとした時間を過ごしてみたいものです

今回も朝から晩までT小の先生方ととっても楽しい時間を過ごさせていただきました。皆さん、本当にありがとうございました また皆さんと一緒にどこかの山に登ることができる日を楽しみにしています。今後ともどうぞよろしくよろしくお願いいたします

『難所ヶ滝を求めて』(ようやく完

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難所ヶ滝を求めて(福岡県糟屋郡宇美町) その5

2011年03月03日 | 山のお話

12:57
ようやく宝満山キャンプセンターに到着~

ここは日当りもよく、トイレやロッジなどもあるため、すでに多くのハイカー達がそれぞれのグループに分かれてお昼ご飯を食べていました

さて、我々も雪の上に陣取ってお昼ご飯を食べましょう~待ちに待ったランチタイムです

この日のランチは盛りだくさんのおにぎり弁当とお味噌汁。お味噌汁はステンレスボトルのお湯で作りました。あ~体が温まる~ 体力を使ってお腹が空いていたので、コンビニのお弁当もとっても美味しく感じます。まさに『空腹は最高のスパイス』ですなぁ

と、ここでN先生とTさんからサプライズがなんとTさんが食後のデザートにお汁粉の準備をしてきて下さったのですさすが登山のベテランのお二人。山での楽しみ方をよくご存知です Tさん手作りのお汁粉をN先生のバーナーで温め、お餅を投入し、お餅が柔らかくなったらできあがり~

う~ん、これまた体がぽかぽかと温まる~ 甘さもちょうど良くて、何倍でもおかわりしたくなる優しいお味のお汁粉でした。Tさん、ごちそうさまでしたとっても美味しかったです

13:46

さて、お弁当とお汁粉でお腹も満たされ、体力も十分回復したところで、再び宝満山の頂上を目指して、Let's go頂上はもう目の前です

宝満山の頂上へ登るルートは二つ。目の前にそびえ立つ大きな岩を、チェーンを伝って登る直行コースと、



大きな岩の側面からぐるりと回る迂回路コース。

私とtamiはTさん・Yさんと共に直行コースを選びました。この先はかなり急な上に、雪が積もって滑りやすくなっていたため、途中写真を撮る余裕もないくらい大変な上りでした

とりあえず無事に山頂に到着~しかし、登りきったところにはロープが張ってあり、『積雪危険!!通行止め』と書いてあるではありませんか私たち、ここから登ってきたんですけど~登り口にも書いておかないと登っちゃいますよねぇ

ともあれ、無事に宝満山(829.6m)登頂を果たしました~頂上は少し開けていて、お社があったり、

大きな岩があったり、とても見晴らしが良く、素晴らしい景色を望むことができました

私たちが昼食をとったキャンプセンターもこんなに小さく見えます。

って、おーいtamiさんっ!そんなところに行ったら落っこちちゃうよ~高いところがへっちゃらなtamiは時々こんな風に私を驚かせるようなことをします。高いところが苦手な私には絶対無理です


岩上のおじさまが気になりつつも、登頂を祝して記念写真撮影を一枚今回はお天気に恵まれてとっても温かかったので、頂上の景色をゆっくりと堪能することができましたさぁ、後は下るのみ!次回ようやく最終回でーす(アップするのに一ヶ月もかかってごめんさなさいしかも手違いでこの回を一度全部消去してしまい、最初から書き直したため、内容が少し変わってしまいました 気を取り直して早く最終回をアップするぞ~!)

つづく

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