I Love Nature

自然の中で見つけたステキなモノ

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DSケース(マトリョーシュカ)

2008年01月31日 | 手作りのお話

          毎日脳トレしてます

去年のクリスマスに旦那さんにもらった(←子どもか!?)任天堂DS用にケースを作ってみました。これは最近作ったのではなく、もらってすぐにデザインして作ったもの。デジカメケースの時と同じように、中に入っているのは電子機器なので、表布と裏布の間にキルト芯を挟んで厚みをもたせてあります

          

ロシアの民芸人形マトリョーシュカの絵が付いているこの布は、福江商店街にある小さな布屋さんで見つけました。見た瞬間に「おもちゃ箱みたいでDSのケースにぴったり!」と思い、即購入。うーん、何度見ても可愛い 私好みの模様です。

          

裏にはストックしていた緑色のチェックの布を使い、DSのソフトが入るようにポケットもつけました。ポケットの幅がちょっと大きかったので、下のポケットにはソフトの大きさに合わせてあとからステッチを施しました。上のポケットはそのままにして、スクリーンを拭く布を入れています。

          

全部手縫いなのでちょっと時間はかかりますが、こういう小物はミシンで作るより手で縫ったほうがきれいに仕上がるみたいです。市販のものと比べるとどうしても強度には欠けますが、あちこち持ち歩くわけでもないのでOKかなぁなんてね

ちなみに今持ってるソフトは『レイトン教授と悪魔の箱』のみ。99ピカラットの『バニッシュ!6』という問題が解けません…。『脳トレ』は借り物です。そろそろ返さなきゃ~ neneさん、もうちょっと待っててね~っ!

お!今日はちらっと青空が見えてますなぁ 洗濯物が乾くといいな さて、今日もやることはたくさんあるぞ。頑張ろうっと!ではでは~

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エコバッグのススメ

2008年01月28日 | 手作りのお話

          エコロジカルな生活を

外は冷たい雨が降っています 最近部屋の模様替えやそれに伴うお裁縫にはまっているkero-keroは今日もチクチク針仕事。今日はエコバッグを作りました。

私はもう4年ほど前から買い物に行くときはなるべくエコバッグを持っていくようにしています。主婦になってからは買い物に行く回数が増え、毎回スーパーでレジ袋をもらっていたら、1ヶ月も経つと膨大な量になってしまうからです。レジ袋は少しあるとゴミを捨てたりちょっとしたものを入れたりするのに便利ですが、大量にあると引越しの際に結局全部捨てる羽目になり、ただのゴミと化してしまいます これではもったいない!

        

今もっているエコバッグは不織布でできていて、確か景品か何かで無料でもらったもの。すごく丈夫だし、小さく畳んでバッグに入るので、とっても便利です。今回作ったエコバッグは、牛乳パックや発砲スチロールのトレー(←これまた結構溜まるんですよね~)を入れておいて、溜まったらスーパーの資源ゴミ回収ボックスに中のものを出し、そのまま買い物袋として利用できるように作ったもの。小さく畳める機能は付いていませんが、リバーシブルなので、気分に合わせて柄を選ぶことができます

                 

持ち手は頑丈にしたかったので、4枚重なるように折りたたんで、4本ステッチを入れました。結構がっちりしていますよ~ 

 

さらに今回はスタンプを使って無地の布にちょっとした模様を施してみました。少し文字を入れるだけでも雰囲気が変わっていい感じ 台所に掛けておいてもちょっとしたインテリアになってくれそうです

ところで、みなさんは買い物に行くときエコバッグを持参していますか?

レジ袋の有料化という声も聞かれる昨今ですが、この島ではまだエコバッグを持っている人をあまり見かけません。毎回レジ袋をもらっているという方、これからはバッグの中に一つエコバッグを入れてみませんか?「エコバッグはかさばる」とか、「適当な袋がないのでちょっと」という人は、今家にあるレジ袋を小さく畳んでバッグの中に2~3個入れておいてみてはいかがでしょう?それだけでもゴミの量はかなり減ると思います!いざと言うときにはゴミ袋にもなってくれますしね

地球環境について考える前に、もっと身近なところからエコな生活を始めてみませんか?

kero-keroもできることから始めていきたいと思います

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湯たんぽ袋

2008年01月25日 | 手作りのお話

          湯たんぽで今夜もぽっかぽか

今年の冬とっても重宝しているのはこの湯たんぽ。

原油の高騰で灯油も高いし(ここでは一缶1800円くらいします)エアコンとホットカーペットのみで暖を取っている我が家ですが、寝室には一切暖房器具を置いていません。電気代もばかにならないので、ハロゲンヒーターも今年はお蔵入り。その代わりに活躍してくれているのが、この湯たんぽなんです

           

湯たんぽは、寝る前に洗面器一杯程度のお湯を入れるだけで、朝までぽかぽかなんです 電気代は一切かからないし、中のお湯は朝起きて顔を洗うときに使えば全然無駄になりません!昔の人はエコな生活をしていたんですね~ 

 
付属の袋                      作った袋

付属の袋の出来がイマイチだったので、自分で湯たんぽ専用の袋を作ってみました。キルトの端切れがあったので、二つの柄を合わせて付属の袋とほぼ同じ形で作りました

          

工夫したところは二枚の布の継ぎ目を麻テープでカバーしたところ。キルトは芯が入っていて分厚いので、二枚を合わせる時になるべく厚くならないように、まず無地の布の上に柄物を5ミリほど重ねて一度ミシンで縫い、その上にテープを置いて上部と下部をミシンで縫い付けました。ちょうどアクセントにもなってよかったです

          

今までは付属の袋に入れてさらにタオルで巻いてから使っていましたが、今夜からは自分で作った袋に入れて使ってみようと思います。付属の袋も捨てるのはもったいないので、まずは付属の袋に入れて、さらに保温効果の高いキルトでできたこの袋に入れて使おうと思います

あ~今夜も朝までぐっすり眠れそうだな

湯たんぽの入った布団に入る瞬間の暖かさを想像するだけで幸せな気持ちになれるkero-keroなのでした

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テーブルセンター or 敷物?

2008年01月24日 | 手作りのお話

          茶香炉を炊いて、お茶を飲んで、まったりまったり…

久々に手作りのお話です

          

今回作ったのはテーブルセンター。いや、正確には「結果的にテーブルセンターになってしまった」と言った方がいいかもしれません。

          

最初は玄関用に一枚作ったんです。以前ちょっとだけ手を施して作った、白いカラーボックスを2つ並べた靴箱の上に、ちょっと冬っぽいディスプレイがしたくて。敷物の上に飾ってあるミニ屏風は、波佐見にお店を持つはなさんという作家さんが一枚一枚手描きで描いているもので、手前のお地蔵さんは友達が誕生日にくれたもの。どちらも可愛くてお気に入りなんです あ、サルトリイバラや松ぼっくりはもちろん野山で拾ったものですよー

で、居間に並べてあるカラーボックスの上にも同じものを敷いて、その上にオーディオを置こうと思い、まったく同じものを作ったわけです。で、完成して敷いてみたら、えらい短いじゃありませんかっ!それもそのはず。居間に並んでいるカラーボックスは3つ。一方玄関のは2つ…。完成して置いてみるまで気づかないなんて、私ってある意味すごいなー

          

でもいいんです 玄関用とサイズは全く同じですが、一つだけ違うところがあるんです。それは、裏も柄物を使って両面使えるようにしたこと。これってテーブルセンターに持ってこいではありませんか!並べるものや気分によって模様を変えることができるのですから。しかもうちの丸テーブルのサイズにもぴったり

          

まぁ今回は結果オーライでしたが、こんなへまをすると実家では必ず「あんたらしいねー」と言われてしまいます。常に自分らしく生きたいとは思っているけど、こんな自分らしさはちょっとねぇ… でもまぁいっか!今年もこんな感じで私らしく生きていきたいと思います(←ひらきなおりか

この冬は部屋の中を紺色の和柄で統一してみました。やっぱり季節毎の模様替えって楽しいな~ 冬はなるべく暖色に囲まれて暖かく過ごしたいkero-keroなのでした

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のんびりオアフ島の旅 ハワイの歴史編

2008年01月23日 | 海外のお話

                 砂浜でちょっと一休み

オアフ島を歩いていると、本当に様々な人種の人とすれ違います。フレンドリーにすべてを受け入れるアロハ・スピリットを持つ島の人々の人柄がそうさせたのかもしれませんが、もはやネイティブ・ハワイアンを含むポリネシア系の人は全体の1割ほどしかいないのだそうです。しかし、ハワイ諸島に外国人が最初に足を踏み入れたのは、今からほんの200年ほど前のこと。この200年の間にハワイでどんなことが起こったのか、ホノルルを歩いている時に見つけた4人の人物像から、その歴史について少し触れてみたいと思います

                 
                 King Kamehameha

童謡にも登場するかの有名なカメハメハ1世(大王)は、最初にハワイを統一した人物です。1778年にイギリスの探検家ジェームス・クック(通称キャプテン・クック)がハワイ諸島に上陸し、彼と面会したカメハメハ1世は、1782年にハワイ島の支配者となったあと、イギリス人の軍事顧問と最新武器を導入し、1810年にハワイ諸島全土を統一します。その後アメリカの宣教師達がキリスト教の布教を始め、カメハメハ2世の時代にはキリスト教がハワイの国教となり、次第に原住民の伝統文化や儀式が排除されていきました 

                 
                 King David Kalakaua

日系人が多いのもハワイの特徴の一つですが、その立役者がこちらの第7代ハワイ国王カラカウア1世。1874年に国王となり、1881年には移民問題について学び、また外交関係を改善するために、サンフランシスコを経由して、日本・中国からスペイン・ポルトガルまで、様々な国を歴訪します。初の外国元首の訪問となった日本では、明治天皇と直接面会して移民を要請し、1885年に第1回のハワイ官約移民として944人もの日本人が初めてハワイへ渡り、1894年第27回までに2万9000人もの人が移住したのだそうです。驚いたことに、その多くが山口・広島を初めとする西日本の出身だったのだとか。特に私が大学時代を過ごした山口県の出身者は全体の4割を越え、周防大島は「ハワイ移民の島」とまで呼ばれていたんですって。知らなかったなぁ~ カラカウア王はまた、キリスト教宣教師によって禁止されていたフラを正式に復活させたりするなど、当時すっかり廃れてしまったハワイの伝統文化を守ろうともしていたようですが、この頃すでにハワイ人の人口は激減し、独自の文化もかなり衰退していたようです

                 
                 Queen Lili Uokalani

カラカウア王が留守の間、摂政として統治にあたったのが、カラカウア王の妹リリ・ウオカラニ女王。1890年にカラカウア王が亡くなった後、女王として即位するのですが、1895年にハワイ王国は滅亡し、彼女が最後のハワイ国王となってしまいます。聡明で音楽を愛していたことでも知られていて、ハワイ民謡として有名な『アロハ・オエ』を作ったのも彼女なのだそうです

                 
                 Father Damien

ハワイ州庁舎のまん前に立っていたのはダミアン神父。どう見てもポリネシア系には見えないし、この人は一体何者なのだろうと思って調べてみたら、ダミアン神父はベルギー人で、1864年にホノルルに渡り、同年にカトリック司祭となった人なのだそうです。1873年からは同じハワイ州にあるモロカイ島に単身で渡り、当時そこに隔離されていたハンセン病患者たちのケアに生涯を捧げ、自らもハンセン病で命を落とした方なのだそうです。このことを知った時、まるでマザー・テレサのよう人だなぁと思いました。他人のために自分の一生を捧げるなんて、なかなかできることではありませんよね。ここにあるダミアン神父の像はかなりデフォルメされていて、ちょっとコワイお顔になっていますが、モロカイ島の聖ヨセフ教会にある像はもっと本物に近い姿をしているようです。ダミアン神父のことを知って、一度モロカイ島にも渡ってみたくなりました

私がホノルルで出会った人物はこのくらい。この4人のことについて調べただけでもハワイに外国人が入ってきてから現在の姿に至るまでの歴史がだいたい掴めたような気がします。もう少し勉強してから行けばよかったのですが、まぁ今回はこれでよしとしましょう!なにはともあれ、仕事でなにかと忙しい旦那さんもリフレッシュできたようですし、本来の目的は達成された(と思われる)有意義な旅でした

   

うーん、やっぱり旅はいいな。さて、次はどこに行けるかな?いや、しばらくはこの福江島でおとなしくしておくことにしますか!この冬ちょっと太ってしまったので、これからは体力づくりも兼ねて体を絞ることに専念したいと思いまーす 頑張るぞ~

のんびりオアフ島の旅(完)!   …ちょっとのんびりしすぎました、ハイ

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のんびりオアフ島の旅 ダウンタウン編

2008年01月13日 | 海外のお話

          ハワイバージョンのサンタクロース。やっぱり半袖だ~

あけましておめでとうございます!

2008年の抱負は後ほど語るとして、まずは年末から滞っていたハワイの旅ブログを完結させたいと思います どうかもうしばらくお付き合いくださいませ~!

ハワイ滞在最終日はワイキキから徒歩でてくてくダウンタウンへ。そこではリゾートホテルが立ち並ぶワイキキとは違い、ハワイの歴史を感じさせる古い教会や建物を見ることができました

        
       Kawaiahao Church

こちらは1842年に創設されたオアフ島で最も古いカワイアハオ教会。         

           

中はとてもシンプルな造りになっていて、ステンドグラスなどは見当たりませんでしたが、とてもあたたかい雰囲気の漂うステキな教会でした 後方にはなんと2500本からなるという大きなパイプオルガンもありましたよ きっとすばらしい音色なんでしょうね~

        

12月に訪れたので、ちょうどクリスマス用のデコレーションがなされていました かつてはハワイ王朝の戴冠式や結婚式も挙げられていた由緒ある教会なのだそうですが、今では一般の人もここで結婚式を挙げることができるんですって。 

          
          St. Andrew's Cathedral Church

こちらはセントアンドリュース大聖堂。カメハメハ4世を偲んで1958年に建てられた教会なのだそうです。

        

中ではちょうど日本人のカップルが結婚式を挙げていました。カワイアハオ教会と比べると、すごく天井が高くて、全体的に荘厳な雰囲気です。バージンロードはなんと40mもあり、ハワイでは最長なのだそうですよ。ちなみにカワイアハオ教会など、その他の教会のバージンロードが20mほどだそうですから、約2倍はあるということです!ドレスでその距離を歩くのは大変そうだなぁ~

          

この教会の見所はなんといってもこの巨大なステンドグラス!正面の壁面全体がステンドグラスになっているんです。これはすごい

                 

表から見るとこんな感じです。ステンドグラスの大きさが分かっていただけますか?

          
          Iolani Palace

こちらはアメリカ合衆国で唯一の宮殿とされているイオラニ宮殿。第7代国王カラカウア王が王朝の威厳を示すために建立した宮殿です。

     

とても立派な宮殿なのですが、一つ気になったのはクリスマスカラーの提灯が飾り付けられていたということ。日系人の多いハワイらしいデコレーションだと言えばそうかも知れませんが、南国の宮殿に提灯はちょっとミスマッチのような…

          

今回はハワイの歴史などをほとんど勉強することなくハワイを訪れたのですが、帰ってきてからいろいろと調べているうちに、ハワイ王朝初代の王カメハメハ一世が、1778年にイギリスの探検家ジェームズ・クックと出会い、1959年にアメリカ合衆国の州となるまで、ハワイ諸島全体が西欧列強による領土争いの場となっていたことを知りました。次回はその歴史についてちょっとだけ書いてみたいと思います

しつこいようですが、もうちょっと続きます

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