神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

柿木

2015-11-30 07:20:19 | 妙正寺川1

 西武新宿線の南側に戻り、左カーブで東に向かいます。200mほどで環八通りを越えるところまでです。一帯は下井草村に属し字柿木(柿ノ木)と呼ばれていました。「新編武蔵風土記稿」に「柿ノ木 村の中程にあり」と記載され、その位置からでしょうか、村で唯一の高札場があったところでもあります。井荻村(のち井荻町)時代の大字下井草小字柿ノ木、昭和7年(1932年)の区制施行後は杉並区柿木町へと引き継がれますが、現行住居表示実施後は前回登場した柿木北公園など、公園や図書館に名を残すのみです。「地名由来は不明であるが、古くからの名で、おそらくを代表するような柿ノ木があったことから呼ばれたのであろう。」と、杉並区の運営するサイト「すぎなみ学倶楽部」内「杉並の地名 文化財シリーズ19から」は書いています。

 

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    ・ 井草川遊歩道  環八通りの一つ手前の通りを越えます。杉並区成立に際し、この通りが柿木町と神戸町の境となり、柿木の範囲が狭まりました。

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    ・ 井草川遊歩道  上掲写真からワンブロック、60mほどで環八通りを越えます。といっても、環八の本線は地下の井荻トンネルで、正面に写っているのは井荻陸橋です。 

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    ・ 環八通り  井荻陸橋を南側から写しており、陸橋右手が井荻駅です。なお、現在の井荻陸橋は側道通行車両が西武新宿線を越えるのに利用しています。   

 <柿木橋と環八通り>  矢頭橋のところでも引用した「東京府志料」の橋梁リストにある、「土橋二 下井草村ニアリ一ハ谷頭橋一ハ柿木橋各長二間幅一間」中の、柿木橋についてです。→ 「東京近傍図」で見ると、環八通りと一部重なる旧道に橋が架かっていて、場所、橋名からして、これが柿木橋と思われます。この通りは区画整理時に直線化され、昭和2年(1927年)に井荻駅が開業、その駅前にあることから、いつしか駅前橋と呼ばれるようになります。また、神戸(ごうど)橋と呼ばれた時期もあるようですが、杉並区成立以降、当所が神戸町となったためと思われます。
 なお、この区間の環八通りは昭和50年代後半に四面道、新青梅街道間が開通しますが、西武線とは踏切での平面交差が長く続き、いわゆる開かずの踏切として、都内有数の交通渋滞の原因となっていました。その解消のため、早稲田通り、西武新宿線、新青梅街道、千川通りを一挙に越える、井荻トンネルが計画されました。踏切の渋滞をとりあえず緩和すべく、上下一車線の井荻陸橋が先行して建設され、平成9年のトンネル開通後は側道通行車両が利用しています。