1昨日は空は青く澄み渡り、良いお天気でしたが、北風がとても冷たい日でした。
そのような中、年に一度の私が住まう地区の道路年末清掃がありました。
この日を迎えると、いよいよ今年も残りわずか、と実感します。
この一年、ご近所の方々がみなさん、平穏無事に過ごされたのであれば、何よりのことですが・・・・・。
我が家はむろん、喜怒哀楽、いろいろな思いに彩られた1年でいらしたことでしょう。
救急車が近所に止まったことも数度あり、その度に何事?、と緊張が走る思いがしたものです。
ご近所で遭遇した悲しい出来事の一つ。
それは、大変親しくしている前のお宅の息子さんが、三十代という若さで突然亡くなられた事でした。
年が明けて間もない頃のことです。
温厚で聡明なご両親のもと、恵まれた環境で、不自由なくお育ちになられたお子様でした。
しばらく経ち、我が家で日頃大変仲良くお付き合いしている方々が四名集まり、その方を慰め励ます会を開いたものでした。
ご両親様は、時の流れに、多少は癒されておいでなのでしょう。
見た目には、随分お元気を回復されたかのように見えますが、その心中の寂しさは、今なお、お察しして余りあるものがあります。
今でもまだ信じられない思いがしている私です。
ご近所に限らず、今年は、このような思いがけない悲しい出来事が多すぎました。
それゆえの印象で、強く心に刻まれる年になりそうです。
他では、今もその方の写真を手元に置いて偲んでいる、高校生時代の親友の余りに突然の死。
一昨年の箱根の同窓会が、最後の再会となりました。
その時の輝いた麗しいお姿が、胸から離れず、いまだに信じられない思いがしています。
何かの集まりでお会いすると、いつも傍で寄り添うようにして仲良く席を共にする間柄でした。
似た者同士のところもあり、阿吽の呼吸で心が通い合う人といって良かったでしょう。
同じ沿線で、開業医の奥様でいらしたIさん。
決して遠くとは言えない距離にもかかわらず、お目にかかる度合いは数年に一度でしたでしょうか。
そして、この度の今生のお別れ。
悔やまれて悔やまれて仕方ない私です。
折々の小さな集いでは、お誘いの声をかけて頂きながら、夜の時が多く、お断りばかりしてきました。
今となっては、後悔先に立たずですが、高校を卒業後の人生について、もっともっと語り合いたかった。
そして時空の隙間を埋めて一層親しくなりたかったのに、といまだに惜別の情を抑えられないでいます。
葬儀後、参列した同窓生10人で、葬儀場に隣接したお食事処で、懐石料理を共にし、Iさんを偲んだ時のこと。
数日前にIさんと会ったばかりと言う隣の席の友人が、一言、私に告げてくれました。
「Iさんは、あなたのことが、とても好きだったと思うわよ」と。
私も同様でしたから、それを聞いた時は、いっそう悲しみがこみ上げ、たまらない気持ちになりました。
本当に大切な友人を失ってしまった、といまだに残念でなりません。
妹の夢路にこの話をしたところ、次のような感想を語りました。
「お姉さまは、親友を早く失うわね~。
心からの親友は、高校時代辺りから出来るものじゃあないかしら」と。
確かにそうかもしれません。
唯一無二といってもいい様な掛け替えのない友は、そんなにたくさんいるわけではありませんものね~
十数年前のことでした。
失ったもう一人の親友は、大学時代のクラスメイトです。
あっちゃん、という愛称で呼んでいました。
清らかな瞳が、いつも天を仰いでいるかのような心美しい人でした。
私が一番好きな曲といっても過言ではない、ペギー葉山さんの「学生時代」を聴くと、必ずあっちゃんの顔が浮かびます。
http://www.youtube.com/watch?v=iZ2CJlkAWCE
二人のお子様を残して50代で早世され、クリスマスシーズンの頃に、イルミネーションの輝くカトリック教会で、葬儀のミサがありました。
その時も、もっと度々あって友情をを深めたかった、と後悔したものです。
私に残された、学生時代の大親友は、一人になってしまいました。
やはり、お医者さまの奥さまで、名古屋にお住まいです。
身内以外で、私がこのブログを紹介している二名の友人のお一人なのですが。
夏頃、久しぶりのお電話があり、どんなにか感激したことでしょう。
このブログにも、その時の思いを綴りましたが。
心優しく、麗しいご性格は学生時代と全く変わりありません。
今は開業医となられたご主人さまを支え、多忙なお暮らしのようです。
やっこちゃん、このブログご覧になっていますか?
後で悔やむことのないように、これからでも遅くありませんもの。
度々、再会を果たし、これまで歩んできた人生への思いを語りつくしましょうね。
がんセンターのお偉いお医者様だったご主人さまに、いつか夫の病についてご相談に乗って頂くかもしれません。
その時は宜しくお願い致します。
寝室から望んだ朝焼けの光景
更に思いがけない、余りに悲しい突然の訃報が、1週間ほど前に喪中葉書として届きました。
私がとても敬愛して止まない友人のご主人様なのですが。
友のUさんは、パーキンソウ病を患われ闘病中の身でいらっしゃるだけに、余りに痛ましい出来事です。
私はその葉書を手に、呆然としてしまいました。
亡くなられたのは10月、旅行先のホテルでお一人だったようです。
足となり手となり、お体が不自由な奥様を常に支え続けておられたご主人様。
我が家にも、数度お車でお迎えに来られたり、私もその車に同乗させていただいた事もあります。
小柄な方でしたが、品格ある落ち着いた堂々とした振る舞いと、穏やかな慈愛に満ちた表情が忘れられません。
病弱な奥様をお一人残しての他界は、さぞ無念で心残りでいらしたことでしょう。
すぐお声ををかける勇気も湧かず、その時は友人に電話をかけました。
Iさんと親しくお付き合いしているグループの人達は、どなたも知らなかった事で、突然の訃報だったようです。
今後、どのようにIさんを慰め、支えて差し上げればよいかと、その友人と話し合ったりしました。
その数日後、Iさんにお電話をかけましたが、体調を崩されているようで、消え入りそうな弱々しい声でした。
大変な状況に追い込まれていらっしゃるにもかかわらず、自分の身の不幸は後回しになさり、どなたから聞かれたのでしょうか。
私の夫の近況をご存じで、しきりと心配して下さいます。
「そんなことどうでもいいのよ」と言い、お話を友人のことに向ける私でした。
前述した亡き友人達と同様に、気配りを忘れない、心のとても清らかなお方。
私は人生の模範として、いつも心の励みにさせて頂いています。
それにしても、運命のいたずらとしか思えない様な、悲痛な出来事が今年は多すぎました。
これも神様の思し召しなのでしょうか。
私の夫は今、薄紙を剥ぐような回復傾向にあり、安堵に浸ることがやっとできる状況になってきましたが・・・・・・
如何に努力しても、先に何が待ち構えているか、自分の将来を見通すことはできません。
又このブログでも度々ご紹介してきた、震災後、私が座右の銘にしている言葉、「諦めと覚悟」を、また思い出しています。
人生で大切な諦めと覚悟。
諦め、という語彙には、何かしら後ろ向きの響きがありますけれど。
ここでは、決してそうではありません。
諦めとは、運命は避けられないと知ること。
覚悟とは、ゆえ与えられた時間の中で最善を尽くす事。
このように説明されていました。
この言葉を、改めて噛みしめるこの頃。
明日の命は保証されてない我が身に思いを致し、新しい掛け替えのない日々を、真心込め精一杯、紡いでいきたいもの、と。
このブログを綴りながら、しみじみと思う私です。
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