今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

最高に美味しかったお節料理~娘たちのお陰です

2019-01-05 07:16:07 | 家族

今年のお節は、今までの中で、一番美味しかった。

私の率直な感想です。

感謝の思いで一杯。

腕が上がったMちゃん達の、多大なる協力と努力のお陰だからです。

 

 

24歳の10月15日にYさんのもとに嫁ぎ、翌年のお正月に、今とほとんど変わりないお節を私は作りました。

冒頭の「今まで」の言葉は、この時以来の毎年のお正月を指します

 

60歳の時、クリスマス前に過労で倒れ、入院した時だけ、お節づくりをお休みしました。

2~3品はお願いしたかもしれませんが、倒れる前までは、私がほとんどすべて作りました。

日々、家事と仕事の両立に励む娘達。

実家に戻ってきた時くらい、日ごろの多忙な生活の疲れを癒してほしい、との親心で一杯だったからです。

 

お正月のみならず、孫のお誕生日など、家族のイベントは、すべて私の手料理を振る舞うのが当たり前でした。

後片付けも私が率先してやったものです。

それを心から愉しめる体力と気力が、その頃の私には十分ありましたから。

 

 元旦の朝の食卓

 

ところが、過労で年末に倒れた60歳を契機に、娘たちの態度が一変。

力関係が逆転しました。

何事も、娘たちがリードしてやるように。

 

作るお節料理も、娘分担のものが年毎に多くなり、今年私が作ったのは、何と三品だけ。

特別お願いしたわけではありません。

娘たちがお節づくりを心から愉しむようになったからです。

 

 

さすがに我が娘。(笑)

私のすることを、毎年、お正月で見るうちに、自然に習得していったのでしょう。

親冥利に尽きる喜びです。

 

 

私も結婚する前は、きんとんやりんご羹、二色卵の裏越しのお手伝いくらいしかしませんでした。

結婚後は、夫の役目になりましたが。(笑)

母は、私同様に、お正月には丁寧にお節づくりに励む人でした。

ですから親元を離れ、新婚で迎えた最初のお正月にも、当然のごとく、私はお節を苦労して作りました。

母が手渡してくれたNHKの「今日の料理」のテキストを見ながら。

分からないところがあると、たびたび母に遠距離電話をかけて尋ねたものです。

 

 夕餉の食卓

 

私が母から受け継いだように、今は娘たちが同様のお節づくりを愉しんでくれています。

母の代から綿々と続く、我が家のお節づくり。

幸せをしみじみ噛みしめる時です。

これが伝統というものなのかもしれません。

 

 

この我が家の伝統が、孫たちにも受け継がれると、嬉しいのだけれど・・・・・・。

長女家のパパは言います。

「桜は絶対作らないだろうなあ~」

と。

確かにそうかもしれません。

時代が大きく変化しましたから。

娘の代で終わっても、仕方ないでしょうけれど。

娘たちの今後の態度次第でしょうか。

 

我が家のお節は、私が嫁ぐときに母が手渡してくれたNHKの「今日の料理」のテキストのレシピがいまだに基本です。

そのテキストの画像を載せたいところですが、あまりにボロボロで恥ずかしいので、止しますね。

ですから、お節の伝統に割と忠実に従った内容ではないか、と思います。

 

 

幸いにも、私の家族はみんなお節が大好き。

お節を囲んで、笑顔がいっぱい。

美味しいの言葉が、飛び交いました。

 

 

家族が全員集まると、必ず最後には、ミニコンサートが開かれる我が家。

桜ちゃんとK君のピアノとバイオリンの素晴らしい演奏に耳を傾けました。

美味しいお節料理に舌鼓を打ちながら、今年も、幸せを心から噛みしめたお正月でした。

 

我が家のお雑煮

 次女は小さなお重箱に我が家のお節を詰め、お土産として義父母宅に持参しました。

 

去年を振り返りますと、一人暮らしにも慣れ、充実した一年だったと思います。

歳を重ねる悲哀も、いろいろ味わされましたが。

 

 

今年も、慎ましく麗しく、良き日々を暮らしたいもの、と願っています。

麗しくは、あくまで私の理想のイメージです。(笑)

皆様とともに、頑張りたいです。

本年も宜しくお願いします。

 

ライフスタイルとシニアブログのランキングに久しぶりに参加させていただきました。
応援のクリック、ポチッをいただけますと嬉しいです。

ご訪問、有難うございました。

 
にほんブログ村

  ありがとうございました。

  

  花のように泉のように

 

 

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする