美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

少年暁齋の写生(好日庵主人)

2014年02月18日 | 瓶詰の古本

   河鍋暁齋は天保二年四月、下総の古河で生れた。
   九歳の夏、五月の雨で汎濫した神田川の渦巻く光景を写生しようとして、お茶の水の谷間へ下り、余念なく水道橋の辺りを眺めて居ると、脚元近くに波に打寄せられた変なものがあつた。よく視るとそれは男の生首であつた。彼はそれを拾ひ上げて風呂敷に包んで我家に持ち帰り、間(ひま)を窺つて写生しようと、内証に物置の隅へ匿して置いた。然るに薪を出しに行つた下女が之れを見付けて大騒ぎとなつたので、彼は其次第を両親に告げたが、両親は官の咎めを恐れて、それでは生首を発見した場所に蓙を敷いて、その上でそれを写生せよと命じた。九歳の少年暁齋は、早速両親の命令通り、元の河岸に生首を持ち来り、蓙の上に坐つて写生に取りかヽつた。往来の少い処ではあるが、一人二人と集つて来て、此不思議な少年画家の周囲は、見物人の山を成した。彼は此の生首を写生し終つて観音経に包み、河へ流して水葬した。

(「名人奇人珍談逸話」 好日庵主人)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 古本に使役される心 | トップ | 一本の茎の花 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

瓶詰の古本」カテゴリの最新記事