美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

幻影夢(22)

2018年07月06日 | 幻影夢

   鋼爪に絡め取られて電車を降りると、プラットホームの端まで否応なく肩を寄せ合って歩く。一人は昂然と、一人は悄然と、互いに意思を交わすでなく、不釣り合いな重さの空気を背負い、二頭の緬羊よろしく連なって改札機を通り抜けた。
   緩やかな丘陵のとば口にある先生の住まいまで、今から稀代の憑き人と同道しなければならない。おれに齎される身の毛もよだつ業苦は、定刻に礼儀正しく走り去ってくれる電車ではない。残忍な受難のドン底で無辜の囚人が泥土にまみれて思い知らされる如く、まことに永遠こそは唾棄すべきものだ。
   いつものことながら改札を出て四方を見渡せど、私鉄沿線駅前の名にし負う殷賑は影も形もない。真正面にただ一本のアーケードがあり、屋下には左右から倒れかからんばかりに軒先がしなだれる小路、市中を縦横に吹き捲る風神へ鎮撫を兼ねて献上した霊威あらたかな通い路とも擬される小路が、年古りた大蛇の口を開けて過客を待ちかまえていた。
   「ねえ、ここのマーケット眺めるたび、いつだっても、老鉱山の坑道の奥へ落盤覚悟で踏み込むみたいな、きびの好い武者震いに襲われるんだわ。どうしてもこうしてもアーケードの筒の中をくぐらなけりゃお天道様が照らす世間は拝めないし、胎内巡りってな仏門の仕掛けが太字で連想されもするんだけど、でもだからって、顛倒した女の性衝動とは断じて言わせないよ。」

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