美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

六人社版「字引」、天下無双の豆辞典

2024年10月04日 | 瓶詰の古本

字引

天下無双の豆辭典
價 五十錢 五錢

 携帯至便のゴールデン・バツト型ながら十萬の語句と二
千に近い外來語解説や間違ひ易い字句の正しい書き方の表
があり、既に好評嘖々二十版を賣り盡した文字の寶典で、
大學教授から小僧さんにまで役立つ。美装 五百十二頁

(昭和16年刊「満洲風雲録」末尾 六人社出版物広告頁より)

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書物があらゆる隙間からいくつもいくつも出てくる、実に不穏なまでに胸迫る蠧魚の世界がある(ギッシング)

2024年10月02日 | 瓶詰の古本

 12. 彼は機械的に言葉に力をいれて話した、彼の眼はあらぬ方にさまよい彼の手は神経的にびくびくと動いた。私が、田舎はどの辺へ引込むつもりなのかと尋ねやうとしてゐると、彼はだしぬけに言葉をついで「私はついあそこに住んでゐます。いかがです、私の書物をお目にかけませうか」といつた。
 勿論私は喜んで承諾した。それから二分ばかり歩くと、一寸した通りのとある家までやつて来た、この辺は、どちらを向いても階下(した)の窓に貸間ありの札が眼についた。戸口のところに足をとゞめると、彼はためらつて私をこゝまでつれて来たのを悔ひる様子であつた。
 13. 「折角お出でになつてもつまらないかも知れません、実のところ私は、御覧に入れるやうにして書物を御覧に入れる場所がないのです」とおづおづいふ。
 自分は彼の心配を斥けた、さうしてふたりは中へ入つた。クリストフアースンは鞠躬如といふ態度で先頭に立つ、私はそのあとについて、せまい梯子を三階までのぼると、彼は戸をさつと開いた。自分はあきれて敷居の上に立止つた。室は小さかつた、だからどうしたつて、家内のものがくらすだけの広さしかないのだ、(実際毎日居間にして使用してあることは一見して分つた)であるのに、かけねのないところ、室の三分の一ほどは書物がぎつしりとつまつてゐて、二つの壁に沿ふて何列といふほど、しかもそれが大かた天井までつみかさねてある。道具といつては円い机が一脚に、椅子が二つ三つあるばかり――いや実際それ以上は何を置く空間もないのだ。窓が閉めてあつて、日光がかんかんとそれを照してゐるので、閉ぢこめられた室の空気は、堪えがたいほどに息苦しい。印刷した紙と表紙の匂ひでこんなに不愉快を感じたのは私は生れてから始めてだつた。
 14. 自分は思はず大きな声を出して、「だつてあなたは、僅かしか本がないと仰しやつたではありませんか、これぢやどうしたつて私の五倍はたしかです」といつた。
「さあ、冊数は一寸しつかり記憶しませんが」クリストフアースンは非常に興奮した調子で呟いた、「御覧の通り、工合よく整理が出来ないのです。今一つの室に、まだ少しばかり御座います」
 彼は同じ階段の上を少しばかり行つて、別の戸を開いて、小さい寝室を私に見せた。この室のつめこみ方は前の室にくらべてさうひどくはなかつたが、それでも一方の壁はまるで書物のために見えなくなつてゐた。さうして空気の本くさいことは夥しく、二人の人間が毎夜この室にねるのかと思ふと実に厭な気持であつた。

(「蠧魚」 ギツシング作 浜林生之助訳註)

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