美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

「國民字典」おくがき(日下部重太郎)

2024年05月15日 | 瓶詰の古本

            (
 かへりみれば,国語発達の研究のために,同志の人々と國語學會を起したのは,明治三十二年の秋であつた. 我等は,習慣が言語や文字や文章の立法者である事を知つた. また,その習慣は,固着し化石したもので無くて,変遷し進化するものである事を知つた. 明治三十七八年の頃から,国語国字国文に関する卑見を公けにした. その頃から,できる事なら,我が国民のための字典――新時代の新字典を編著したいと思つた. さうして今漸く一かたつけて見ると,おのれ自らの心に満足ができないことを覚える. なほ將來の時代進歩に適応するやうにして行きたい心がけである。
 すべて世の中の物事には,前の人と後の人とが網の目のやうに相つらなり,時代は個人を感化し,個人は時代に影響してゐるから,我等国民は,ますます立派に我が文化を発達させて行くやうに,心をあはせて進むことを切に願ひ望むのである. さうして世に種々の恩があることを深く信じてゐる私は,このつたない編著の出来たのも,ひとへに恵みの賜であると感謝しつゝ筆をさしおく.
  時に大正十一年夏の日.
               日下部重太郎しるす.

(「國民字典」 日下部重太郎)

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