美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

ことばのにほひ(大手拓次)

2013年04月29日 | 瓶詰の古本

   ことばは、空のなかをかけりゆく香料のひびきである。ゆめと生命とをあざなはせて、ゆるやかにけぶりながら、まつしろいほのほの肌をあらはに魂のうへにおほひかぶせるふしぎのいきものである。かはたれのうすやみにものの姿をおぼろめかす小鳥のあとのみをである。まぼろしは手に手をつないで河のながれをまきおこし、ものかげのさざめきを壺のなかに埋めていきづまらせ、あをじろいさかづきのなかに永遠の噴水をかたちづくる。
   ことばのにほひは、ねやのにほひ、沈黙のにほひ、まなざしのにほひ、かげのにほひ、消えうせし樂のにほひ、かたちなきくさむらのにほひ、ゆめをふみにじる髪ひとすじのにほひ、はるかなるうしろすがたのにほひ、あへども見知らずゆきすぎる戀人のうつりが、神のうへにむちうつ悪魔のにほひ、……

(『言葉の香気』 大手拓次)

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