花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

東京国立博物館「大報恩寺 快慶・定慶みほとけ」展 超サクッと感想(^^;

2018-11-11 22:31:27 | 展覧会

東京国立博物館「大報恩寺 快慶・定慶みほとけ」展を観た感想を超サクッと(^^;; 

https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1914 

やはり興味深かったのは快慶一門と運慶派の定慶一門の作風の違いであり、もちろん、鎌倉期の仏像彫刻の写実性であり、そのダイナミズムである。特に、快慶(&工房?)の「十大弟子立像」はその佇まいに各々の真摯さが滲んでいるようで、なにやら愛おしさまで感じてしまった。 

それと、面白かったのは「天王および羅刹立像」で、異形の羅刹たちのデフォルメされた造形がそのまんま《風神雷神図屏風》だし、その風貌も躯体のデフォルメも「異形」という意味では西洋の「異形」造形にも似ていて、例えば「イーゼンハイム祭壇画」の異形の者たちにも通じるかもと思ってしまった(汗)。 

会場の最後の方で、肥後定慶《聖観音立像》だけ写真撮影が可能だった。

髪の結い上げが凝っている正統派の仏さまだった。

で、いつも思うのだが、快慶って凄く上手くて、端正さが際立ち、なんだかラファエッロ的な匂いがする。ちなみに、運慶ってミケランジェロみたいだと思うのだけど(汗)

それから、仏像も彫刻も詳しくない美術ド素人の素朴な疑問なのだが、13世紀(鎌倉時代)、西洋彫刻に慶派のような写実性を見ることはできるのだろうか?? まだ、中世キリスト教世界観の中なのではないのか??

(定慶を常慶と誤記していたので修正しました(^^;; >ご指摘ありがとうございました!!)

(更に、羅刹立像でした(^^;; >むろさんさんに感謝です!!)



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8 コメント

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視点を変えて (momo)
2018-11-14 22:42:07
いつかの「サラメシ」で、この展覧会のために、仏像をトーハクまで運ぶ運送会社社員さんをやってましたが、仏像を梱包するのが神業でした!
紙?も特別なものを使っていたり。
今までボーっとしてましたけど、今度、観にいったらそういう人たちがいるからこうしていろんな展覧会に行けるのだなぁと、感謝しながら観ようと思います。
ん?私にしては殊勝だな…(笑)
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色がとれた (山科)
2018-11-16 18:23:26
>紙?も特別なものを使っていたり

昔、法隆寺の塑像の四天王をおがくずの中にいれて博物館(東京?)に運んだら、
残っていた彩色が皆とれてしまって灰色一色(現在はこの状態)になってしまったそうです。
そういうことがあって、梱包にさらに留意するようになったのでしょう。
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Unknown (ニックネームなし)
2018-11-16 20:32:08
常慶ではなく、定慶です。
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定慶のこと (むろさん)
2018-11-17 21:06:28
運慶一派と考えられている肥後定慶。
運慶の何代前かの定朝から定の文字を、康慶・運慶の慶派から慶の文字をもらった、と考えると理解しやすい、と専門家の方の講演会で聞きました。
快慶、行快、肥後定慶のことはいろいろと書こうと思っていることがあります。(例えば大報恩寺十大弟子や六観音の工房作の系統分析とか運慶・快慶の仏像を背中の衣で見分ける方法とか。)ここは西洋美術史のブログなのでちょっと遠慮していましたが、差し支えなければ近いうちにコメントします。
(でも今はイタリア旅行中でトラブルも多いとのことなので、仏像どころではないですよね)
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羅刹像のこと (むろさん)
2018-11-19 00:55:56
誤字修正ついでにもう一つ(細かい指摘で申しわけありません)
羅利ではなく羅刹(らせつ)です。(ちゃんと文字変換できました)
羅刹については、このような鬼の姿ではなく、平安鎌倉期の仏画で普賢十羅刹女という美しい女性群像の絵もあります。

実は今日11/18、東博でこの展覧会の記念講演会があり、担当学芸員女史の話しを聞いてきました。今回の展覧会図録で、初代本尊釈迦(初代は快慶作、現存像は二代目で弟子行快の作)に関してその方の新説が出されていて、従来考えられていた「初代本尊は清凉寺式」ではなく、比叡山霊山院釈迦を模したので坐像の釈迦となったと考えているそうです。(清凉寺式釈迦は最近東博で開かれた仁和寺展に出ていた仙台市龍宝寺の像が清凉寺式です。私にとっては龍宝寺の釈迦は40数年ぶりの再開で、その時は仙台から築館の双林寺薬師如来を見て平泉へ向かいました。)

その大報恩寺本尊に関する新説である霊鷲山説法の釈迦に従って説法を聞いていた異形像の一つが今回展示されている「天王および羅刹立像」である可能性があるということで、これは小さな像ではあるが新説の鍵となる非常に重要な像かもしれないと思っていました。しかし、本日講演会後に学芸員の方に話しを聞いたら、「この羅刹群像は後頭部などに平な部分があり、説法を聞いていた像なのか単なる燭台のような物を支える飾りの像なのかは決められない。但し、霊鷲山説法の像の可能性を考慮して釈迦十大弟子の近くに展示した」とのことでした。私もこの群像は造形的にかなり出来がいい作であり、大報恩寺創建の鎌倉時代初期1220年頃の、しかも慶派仏師の作としても矛盾はないと考えています。多くの仏像が展示されている中で、この群像に注目されて上記の文章を書かれたことは、さすが花耀亭様はお目が高いと思った次第。
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momoさん (花耀亭)
2018-11-25 22:45:59
私も「サラメシ」見ました(^^)
運送会社の美術運搬部門の人たちってプロ集団だと思いますね。
展覧会にはきっと多くのスタッフの方が裏で働いているのでしょうね
で、いつも殊勝な心掛けのmomoさんだと思っていましたが?(^_-)-☆
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山科さん (花耀亭)
2018-11-25 22:49:43
緩衝材に昔はオガクズを使っていたとは(・・;)
色落ちした仏さまは、その後の展覧会用仏さま達をお救いになったということなのでしょうね(^^;
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むろさんさん (花耀亭)
2018-11-25 22:58:40
仏像について弱いもので、誤記のご指摘ありがとうございました!!
むろさんさんのかなりディープな仏像ファンでいらっしゃるようですね。東博の講演会も内容が濃そうで凄い(^^;。勉強になりますね。
で、むろさんさんも「天王および羅刹立像」がお気に入られたようで良かったです(^^)
ちなみに、私の目はそんなに高くはないので(汗)
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