はじまりは、ふるしまさんだった。
鴻池新田のわたみん家でかしださんと3人で飲み会をしたときに言いだした。
名古屋といえば手羽先だけど、新地と大黒町にぼくのすきな店ができたんだ
世界の山ちゃん？
ううん。山ちゃんもうまいけど、ぼくの好きな店のほうが絶対うまいって。今度いこうよ
そうだ。うっちーも誘おうよ。
そのまま、うっちーにメールをして、ふかださんも含めて5人で行くことがすぐに決まった。
場所は「大黒町のほうはまずかった」というふるしーの意見を取り入れて、新地のほうに。
当日。豊中に出張のぼくはそこで地震のNews を知った。ぼくは説明会を終えて、工場の売店の
横にある休憩コーナーのテレビでそのことを知った。
まだ魚市場の構内が水浸しになっていてあと30分後に津波が来ることだけをアナウンサーが繰り返し
告げていた。震度7。阪神大震災以来の数字にみんなが固唾を飲んでいて、東京は自分自身のすごい揺れに
大混乱していて。その先にある水害に思いが及んでいなかったのだ。
会議終了後そのまま直帰ということにしていたぼくは、パートナー会社の人と梅田でおつかれさまでしたと
言うと、待ち合わせまでの1時間半くらいをネットカフェに入って過ごした。
真っ暗な中でぼくは会社のメールを確認するためになんとかできないかと格闘してみたり
（結局うまくいかなかった 
）携帯で東北・東京にすむ友人に片っ端からメールしたり。
全員の安否が確認できないまま、集合の時間になった。
今度は「こんな日にみんな集合できるのか」ということだ。現場にいるかしださんやふるしーだけど
結局は今夜よりも明日の出勤体制になったようで、それぞれが新地に向けて移動を始めていた。
それもみんな制限されたネット環境の中だった。日本はこんなときにすごく使いづらい国になる…
昔はさらにひどかったのだろうけれど。
そんなわけで、みんなが集合した大江橋のたもとで、ぼくらはひとしきり地震の話をした。
手羽先と言われても居酒屋に入ったときに最初のほうでちょこっと食べるイメージ程度しかないぼくらは
おとなしくふるしまさんの後をついていく。新地といっても南の端のほうにある。
雑居ビルの2Fに店がある。
おちついたドアをあけると、そこにはこげ茶色主体の落ち着いた内装の店が現れる。
風来坊
そんな名前の店が新地の南のはずれにある。
注文は手羽先だけ。辛いのか普通のか。それだけ。えーっと思ったけど、これがそれで充分なのだ。
おもしろい。そして楽しい。名古屋おそるべし。
途中に、うちのチームリーダーのはせがわくんから電話がはいる。
××さんとの契約更新の決裁ってやった？
え？それぼくやるの？
そういえば、4月からいままで担当していた同僚が異動することを思い出した。そしたら契約なんて
しないよな…
ぼくやっとくよ…
ありがとう…いつも君はえらいっ 
という間に、手羽先がやってきていた。みんな既に食べ始めていて、そのおいしい味に
おどろき、ふるしーは自慢げな表情を見せていた。
すてきな夜は始まった。
手が少し汚れると、おてふきで拭き拭き、ぼくらは楽しく話しだす。一番話すのはうっちーで、
ふかださんがフォローをいれる。
かしださんもふるしーも、元気なうっちーが大好きで、彼女がちょっと前に彼氏と別れて
しまった と聞くと、半分驚き、半分なぐさめ…でも元気なうっちーをみて
そうだよ。まあ、大丈夫かなって思ってた。
私は無理してた。だから、今度は無理しない恋愛ができると思う。
そうだよ。まあ元気に飲もう 
そうやんね。でも毎日飲んでるんだけど 
普通の会話をいとも簡単に続ける彼女をみていて、きっとすごくショックがあったんだろうなって
ことがよくわかる。
人はいつからか、そうやって生きていくものだ。
くよくよする自分にさようならをするために。
そういうわけで、ぼくらはひたすら食べ続ける。手羽先だけで酒は飲めるものなのだ。
店員さんにもたくさん説明してもらって（ハキハキした美人が2人もいると、こういうときに何かと得をする ）
ぼくらは何皿もの手羽先をからっぽにしていく。
通常どのくらい食べるものか聞いて、ぼくらはペースを加減していたくらいだった。
手羽先ってこんなに小さいのにどうしてうまいんだろう。味付けがまず全然違うのだ。
ついに辛いほうのも注文。たしかにひいひい言いながら食べることになった。
ぼくはお口直しにキャベツを食べまくっていたら、いつのまにかキャベツ担当になっていた…
それでも旨かったので、ぱくぱく飽きもしないで食べていた。
ようやくペースが落ちて、ひと息ついたぼくら。デザートはとくになさそうだ…ということがわかると
なぜかもうひと皿食べておわりにしようということになった（なんで 
）でもそれくらい旨かったのだ。
明日、地震対策と言うことでとりあえず出勤と指示がでた、かしださんとふるしまさん。かしださんが
ワンセグで地震の様子を確認している。かなり被害が大きいらしい。
（でもそのときはすべてが、「詳細確認中」だったのだ）
おなかがいっぱいになったぼくらは、二次会なしで帰ろうかって気分になっていた。
風来坊。おいしかったね。
みんなすごく満足して店をでた。
店のあるビルの前の道にでて改めて前をみると「ああ、新地だな」という、いかにもな
建物がたっていて、みんなぼくのカメラの前に立ちたがってきた。
最初はふるしーだけ。つぎにぼくたち男性陣3人。最後にふかださんがはいって
うっちーが撮ってくれた 
★風来坊 北新地店
大阪市北区堂島1-3-8 堂島リンデンビル2F
06-6344-6117
http://www.furaibou.com/
さ、じゃあこのへんで。
新地のいきつけのお店に行きたいふるしまさんが、手をあげてみんなにさようならを言う。
うっちーとふかよんが「 」と不思議そうな顔で彼をみる。
二次会にいくんだったら一緒にいかないの？
そんな感じの顔だ。でも彼は「新地のいきつけのお店」に行きたいのだ。あまりそこに興味のわかない
ぼくとかしださんはついていく気0で、手をあげかけていた。
それからぼくたちはクスクスと笑って、ふるしまさんも「なんだよ。変な店じゃないのに…」と行くのを
諦めたような顔つきで、再びあるきだす。
結局ぼくらは、御堂筋まで出て、山のように待っているタクシーの群れと、すっと走り抜けるタクシーと
その間の自家用車のライトの洪水のそばで、最後の挨拶をした。
これからは月1回開催にしよう
ふるしーが叫ぶ。ほんとに？とみんな訝しがるが、それでも「いいよ 」と応じる。
じゃあ、今度は4月に。
歩いて帰るふるしーは北に。京阪組のぼくらは、ゆっくり南に淀屋橋に差し掛かっていった。
それから、当然のこと。いろんなできごとがわかっていくと、みんな忙しくて会えないくらいになった。
そういうわけで、ぼくらは次回の集合日をまだ決められないでいる。
I Know Nothing - Chrisette Michele
夜になって、それぞれが家に帰ってTVをつけて肝をつぶすほどの状況に
押し黙り、それぞれ静かに家で過ごしていくことになる。
京阪で降り際に、なんだかちょっと元気がなかったうっちーを心配して、ふかよんにメール 
を
したら、ちゃんとうっちーの部屋に泊まっていた。
やさしい2人は、ぼくと同じように、静かにTVを見ているという。
3月11日。日本の歴史を変えた日の夜、ぼくはこうして厳粛な夜を迎えた。
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