遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』  今野 敏  ハルキ文庫

2015-07-14 09:50:46 | レビュー
 安積剛志警部補が率いる班が事件を解決するシリーズは今野の警察もののなかでも特に好きなものである。文庫本で入手できたので、遅ればせながら読んだ。

 安積班シリーズは、最初期のこの東京ベイエリア分署シリーズが3作、『警視庁神南署』、『神南署安積班』が出版され、一方、安積班とか神南署という語句がタイトルに出て来ないが、『蓬莱』、『イコン』という安積班が登場する作品もある。そして、東京湾臨海署安積班シリーズへと展開してきた。東京湾臨海署安積班シリーズは『捜査組曲』までで9作が上梓されている。というわけで、このブログを書き始める前からすると、読み残しの1冊だった。

 須田部長刑事が珍しく気に入ったという勝ちき5丁目にあるイギリス風のパブに、安積警部補以下、須田部長刑事、黒木刑事、桜井刑事の4人が出かけて行った場面からストーリーが始まる。パブで4人が形ばかりの乾杯をしたとき、須田が最近売れているテレビ脚本家の沢村街が、アイドルタレントとしてテレビ番組に出演している水谷理恵子といっしょに来ていることに気づくのだ。そのとき、署で当直の村雨部長刑事からポケットベルに呼び出し音が入る。署の村雨と連絡を取った桜井が報告する。変死体が発見されたという連絡だった。
 安積以下4人が現場に到着すると、三田署の柳谷部長刑事が既に居た。安積たちは三田署の助っ人をすることになる。変死体は明らかに絞殺されていた。路上駐車の白いベンツの中で。車内の遺留品から、被害者は瀬田守、年齢56歳、カルチェの時計を身につけていて、脚本家だった。事件の容疑者と思われる者が逃走する姿を近くにあるバーの厨房職員が目撃していた。機捜がその目撃者を見つけたという。目撃者の話では、店で何度か見かけている顔だったという。
 須田は「なんだか、脚本家に縁のある夜ですね」とつぶやいた。安積にはその一言が記憶に残るのだった。

 その夜は一旦解散となり、翌朝安積たちは署に出るが、捜査本部が立つという情報は流れてこなかった。厨房係が目撃した男を、容疑者として三田署が早くも逮捕していたのだ。本庁に要請され緊急配備の体制が敷かれた後で、三田署警らの巡査が逮捕したのだという。奥田隆士、26歳。坂東連合傘下の風森組に出入りするもと暴走族の准構成員だという。そのため、捜査本部を立てるまでもないということになったようだ。
 奥田は昨夜の段階で一度は犯行を認めたのだが、その後口を閉ざし黙秘しているという。三田署の背景捜査で、被害者の状況が少しわかり始めると、状況は単純なものではなさそうな様相を呈し始めたのだ。
 柳谷は真剣な眼差しで安積に言う。「スピード解決などと発表したのは間違いだった。手を貸してくれ」と。捜査本部が改めて三田署に立つ。安積はまず須田と黒木を捜査本部に参加させることにした。

 被害者の事務所に残されたメモやスケジュール帳には、殺された時刻に同業者の脚本家沢村街と会う予定になっていたのだ。瀬田守は今は落ち目にあるが、飛ぶ鳥を落とす勢いの時期もあった男で、ホンモノのヤクザと付き合うならまだしも、チンピラと付き合うような男ではなかったというのが、周囲の一致した意見だという。
 同時刻に、安積たち自身が、別の場所で沢村街を目撃しているのだから、話が複雑になってくる。一筋縄ではいきそうにない展開となる。

 捜査本部が立つと、柳谷からさらに安積自身にも参加してくれと要望が出てくる。というのは、本庁から相楽警部補が参加することになったといのだ。安積は引っ込みが付かなくなる。そして、安積もやむなく捜査本部に顔を出すこととなる。
 捜査本部に行く前に安積は鑑識係の部屋に立ち寄っていく。そこで石黒から思わぬ情報を得る。被害者の尿検査からコカインの反応が出ていたというのだ。
 捜査本部に行き、その点を伝えるとその情報は未着だった。そこからさらに捜査状況が別の様相を加え始める。そして安積たちはどっぽりと捜査の渦中に引き込まれていくことになる。

 このストーリー展開でおもしろいところは、被害者が絞殺された時間帯に、関係者となった沢村街と水谷理恵子には、安積たちが目撃しているというアリバイがあることだ。安積・須田・黒木は沢村街に対する聞き込み捜査を分担することから関わって行く。そして須田と黒木は、売れっ子タレントの水谷理恵子の聞き込みにもまわることになる。そして、瀬田、沢村、水谷の中に意外な人間関係が存在したことが見え始めていく。
 安積がこの事件解決への推理として、様々なシナリオを考え、試行錯誤を重ねていくプロセスがおもしろい。情報が累積されていくと、シナリオを見直す必要に迫られてくのだ。
 相楽警部補が安積に対抗意識をぶつけてくる形でなく、違う局面をみせるという展開が興味深い所となる。本庁意識がこの事件では別の局面のプレッシャーとなっているのだ。安積は須田からの報告で、それが沢村街の周辺に関係することに気づく。
 さらに、コカインは奥田の出入りする風森組のしのぎの可能性に波及していく。単純に思えた事件が、麻薬取引問題の別の捜査とも関連してくる可能性が浮かびあがることになる。そして、ベイエリア分署の管内での事件を担当している村雨の別件とも関連性が見え始めるのだ。
 さらに、須田・黒木の地道な聞き込み捜査から、本庁刑事の娘が捜査線上に絡んでくる。そして、その父親はなんと安積が警察学校での同期であり、初めて配属された所轄も一緒だった鳥飼元次だった。現在は本庁の防犯部保安課ニ課の警部補である。保安二課は、薬事法違反や麻薬・覚醒剤に関する犯罪を扱う部署である。被害者にコカインが結びついたことから、この捜査本部に本庁から加わってきたのだった。
 事件の周辺で、警察官の娘が何らかの関わりを持つ可能性もでてくるのだ。状況は一層複雑になるのか。安積の頭の中で、事件のシナリオが修正されていかざるをえない。

 情報が集積され、新しい情報が加わる毎に、事件の筋を読む安積のシナリオが二転三転していく。さらに、殺人事件の捜査本部と、麻薬捜査事件との接点において、事件解明のタイミングを含めた綱引きが加わってくる。さらに、警察官の家庭問題と警察官の生き方の問題が重層的に関係してくるという構想は、なかなかおもしろい。
 警察官の家族が事件の関係者に顔を覗かせ、重要なファクターとなるという設定をストーリーに持ち込んだ作品が私の記憶ではいくつかあったと思うが、ひょっとしたらこの小説がその嚆矢かもしれない。時系列で今野作品を読み進めている訳ではないので、断言できないが・・・・。

 いずれにしても、単純な事件と見えたものが、どんどんと複雑化していくという構想の作品である。捜査観点が拡散していくプロセスを経て、意外なところから、それらが一点に収斂していくという構想がなかなかおもしろい。
 今回は交通機動隊の速水小隊長が一度挨拶程度のやりとり場面が描かれた後、一向に姿を現さないので、ちょっと寂しいなと思っていたら、最後の最後で顔を出してきた。それもちょっと職務特権という言い回しで、粋な計らいをするという形で・・・・・。速水が登場し、納まるところに納まった感じがした。

 この作品が1991年に出版されていたなんて・・・・。音楽や車など事物の名称に時代感覚が規定されるものの、そのストーリーと構想は未だに新鮮である。
 この作品のタイトル、「硝子の」は真の殺人「行為者」をシンボライズしているのだろう。

 この安積班シリーズが好きなのは、事件解決のプロセスで、事件と関わる部下一人一人の行動を安積が見つめつつ、部下の有り様を把握し、一方己の対応を顧み、ときには反省するという人間的な側面が織り込まれていく点である。事件を追う刑事自体の喜怒哀楽の側面をパラレルに盛り込んでいくところに、この作品群の暖かみを感じる。警察官の人間ドラマになっている側面に惹かれるのだ。それはこの作品の最後の場面、速水と安積の会話にも表出している。

 ご一読ありがとうございます。


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

ブラック・コンテンポラリー  :ウィキペディア
ブラックコンテンポラリー  :「R&B入門講座」
リズム・アンド・ブルース   :ウィキペディア
Whitney Houston - I Will Always Love You  :YouTube
Marvin Gaye "What's Going On - What's Happening Brother"  :YouTube
Tomorrow/Tevin Campbell  :Youtube
ブラックコンテンポラリー  YouTube リスト
ラップ  :ウィキペディア
Akon - Smack That ft. Eminem  :YouTube
Eminem 8 Mile Battles with Lyrics [English Subtitles]  :YouTube

KREVAの高速ラップが凄い!歌詞付き 高校生RAP選手権 Live クレバ ライブ Japanese Hiphop  :YouTube

トヨタ・マークⅡ  :ウィキペディア
トヨタ・スープラ  :ウィキペディア
「スープラの系譜」 第05回 ~“トヨタ3000GT” A70型スープラ誕生~
   :「我々は何処から来て、何処へ行くのか」
スープラ CM曲 TOYOTA3000GT 喜多郎 kitaro  :YouTube
GL1500 GOLDWING/SE(SC22) -since 1988-  :「GOLD WING の系譜」

お台場  :ウィキペディア
三田警察署 トップページ :「警視庁」

毛髪からの薬物検査と費用  :「法科学鑑定研究所」
ドラッグ・テストの種類と問題点  :「カナビス スタディハウス」
薬物事件の逮捕から判決まで【1】  :「青少年の薬物問題を考える会」
コカイン  :「メルクマニュアル医学百科 家庭版」

ミスター・ ロンリー ~ レターメン  :YouTube

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)