遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『毒草師 パンドラの鳥籠』 高田崇史  朝日新聞出版

2015-10-20 09:46:48 | レビュー
 毒草師シリーズは、『毒草師 QED AnotherStory』(2008/4)、『毒草師 白蛇の洗礼』(2008/4)につぐ第3作である。この後未読だが『毒草師 七夕の雨闇』(2015/6)が出版されている。こちらもいずれ読みたいと思う。『パンドラの鳥籠』は2012年12月に表題の単行本として出版されたが、2015年9月に新潮文庫本に入っている。
 
 京都府・丹後町の山の中に、今は地元の人たちも滅多に近寄ることのない深い竹林がある。一昔前はお洒落な病院だったらしいが、廃墟と化してしまった洋館がそこにある。その建物は「魔女の鳥籠」と呼ばれ、300歳を超える「祝(ほふり)」という名前の魔女が棲みついているという伝承があるのだ。魔女は人の生き血を吸って生きていて、この洋館に入ったものは「祝」の餌食となり、二度と再び生きて戻ることはないと言われている。事実何年か前に連続してこの竹林に首を取られた遺体が放擲されていた事件が発生し、未解決のままなのだった。この小説はその洋館を舞台とする。
 ストーリーは、「魔女の薬草」を研究している生薬学者の田所仁がこの洋館に「魔女の薬草」を求めて月明かりの夜に探索に入るというところから始まって行く。

 京都在住の女医、星川涼花(さやか)が東京都内で開業する内科医の一ノ関元子の紹介で、「ファーマ・メディカ」を訪ねていく。編集長の遠藤に呼ばれて西田真規(まさき)が星川涼花と面談するのだが、その用件は20歳ほど年上の叔父が、京都の丹後半島に行き、2年前に行方不明になったままなので相談に乗って欲しいという依頼なのだ。警察に捜索願いは出してあるが、進捗がみられないという。なぜ、西田のところに来たのか? 西田が御名形史紋と繋がりがあり、御名形が毒草関係を専門に研究していることを一ノ関先生から聞いたこと。その御名形史紋は警視庁が手を焼いていた事件をいくつも解決していることを知ったからだという。
 こんな経緯から、例の如く、西田が御名形を引き出す黒子役となり、御名形史紋の相棒的役回りで一緒にこの依頼事項に首を突っ込んでいくことになる。
 この小説では、神凪百合(かんなぎゆり)が御名形史紋、つまり毒草師の助手として加わってくる。神凪百合は前回の事件がきっかけで、御名形の助手を務めるようになったのだった。神凪百合は、鬼役といい、高貴な人の毒味役という仕事に携わった家系の子孫であり、毒に対する耐性が生まれつき強い体質をもている女性なのだ。毒草師の助手としてはぴったりである。このストーリーの中で神凪百合は御名形の秘書的役割を果し、旅程のスケジューリングや関連情報の収集などで、一種の基礎情報提供者の役回りを果たしていく。そして、最終段階では毒に対しての耐性力のある彼女の特質が発揮されることになる。

 この小説は、「魔女の鳥籠」と称される廃墟の洋館に棲みついている「祝」に関わる側面のストーリーと、星川涼花の依頼を受けた西田が動き、御名形史紋が西田に伝えられた依頼とその情報を聴くことで、その依頼に応じて、行動を開始するストーリーが併行して語られていく構成になっている。
 御名形は西田の語った「魔女の薬草」ということに興味を惹かれるのだ。そして、涼花の話から西田が自社の資料室で発生した事件を調べて見ると、未解決の事件はこんな風に起こっていたのである。
 7年前:平成4年(1992)大阪在住の会社員。竹林で首無し死体で発見される。
 4年前:平成7年(1995)大学の法医学研究室助教授が同じ竹林で首無し死体となる。
 5年前:平成6年(1994)若狭湾の海岸で外傷無しの溺死。民俗学研究の大学院生。
     遺体の髪がすべて白髪、遺体の外見は70歳を超えるとみられる状態だった。
そして、2年前に田所仁が行方不明になったのだという。竹林に棲む魔女伝承が甦ってきたのである。

 この小説のおもしろいところは、「祝」の側面が一種伝奇的なストーリー描写でおどろおどろしさを加えていく一方で、御名形・西田・神凪がチームとして行動していく過程で、黒子役的存在の西田の心の揺れ動きのユーモラスな描写にある。
 そして興味深いのは、神凪が御名形の指示で調べた様々な情報の提示、御名形の情報の追加説明と解釈により、個別の伝説、伝承と思われたものの中に、共通項やつながりが垣間見えていくということ。次々に提示されていく情報の量と質、その解釈の興味深さにある。そして、毒草師というタイトルの反映であるが、毒草についての様々な知識がストーリー展開のなかで各所に散りばめられていく。毒草話がストーリーにリズムをつける。
 お伽話、伝承話、そして丹後国に伝わる伝説に秘められた真実の謎解きが、田所仁の行方不明の謎解きにリンクしていくというストーリー展開の興味深さである。

 大学院生の溺死体の髪が白髪状態だったということが連想の源となり、丹後地方にある浦島太郎伝説を引き出していく。魔女と浦島太郎が、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に接点を見出し、浦島太郎が開いた玉手箱の蓋を開けるという行為は、ギリシャ神話に出てくるパンドラの箱の蓋を開けることへと意味づけがリンクしていくことになる。
 連想ゲーム的に様々な情報が、このストーリーの謎解きに関わって行く。3人の会話で話題に出てくる伝説・伝承の類い、典拠となる史料を上記以外で列挙しておこう。実に多彩で宝石のきらめきのようでもある。
 『尋常小学国語読本』(浦島太郎の話)、『尋常小学唱歌』(浦島太郎の歌)、『古事記』(神武天皇東遷)、『日本書紀』(雄略天皇二十二年条)、『丹後国風土記』、『和歌色葉』、狂言『浦島』、『浦島子伝』、徐福渡来の地、「丹後七姫」の伝承、『御伽草子』、『本草綱目』、七夕伝説、「鶴の恩返し」「三輪山伝説」『丹後國一宮深秘』、羽衣伝説、松浦佐用姫伝説、などである。実に興味深い解釈でそれらが網の目のようにリンクしていき、総合されていく。実におもしろい。
 田所仁の行方不明事件の謎解きが從で、伝説・伝承のからの「魔女の鳥籠」自体の謎解きが主とも言える。

 御名形ら一行は、機動性を発揮するために西田の車で出かけるのだが、何と御名形は西田に奈良を経由して、何箇所か立ち寄ってから行きたいという。なぜ、奈良に立ち寄らねばならなかったのか。そのつながりが最終段階の謎解きでおもしろいところとなる。
 御名形らが丹後半島に出発する直前に、田所仁が首のない遺体で発見されたという一報が西田に入る。勿論、遺体発見で事件が解決した訳でないので、御名形は現地に行くと判断するのだが。さらに、御名形らが丹後に着いた頃には、田所仁殺害事件の捜査に携わっている松尾巡査の行方がわからなくなっているという状況が発生していた。松尾巡査は休日に、「魔女の鳥籠」と呼ばれる廃墟の洋館に探索に出かけ、「祝」の虜になってしまっていたのだ。
 御名形らは、丹後で星川涼花の実家である井筒家を訪ねることから始めて行く。井筒家の当主、井筒要が事件の真相を知るキーパーソンだったのだ。
 それがどういうことかは、このストーリーの謎解きとして、お楽しみ願いたい。

 この作品、伝説・伝承の相互関係、そのリンキングの解釈という知的好奇心を刺激する作品である。そして、エピローグの終わり方が意味深長である。


 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


宇良神社(うらじんじゃ)   :「丹後の地名 地理・歴史資料集」
新井崎神社  :「井根町観光協会」
新井崎神社(にいざきじんじゃ):「丹後の地名 地理・歴史資料集」
京都の自然200選 徐福伝説の地(新井崎神社) :「京都府」
飛鳥坐神社  :ウィキペディア
ちんちん鈴!?男女のシンボルをかたどった立石が点在する飛鳥坐神社
   :「Travel.jp たびねす」
飛鳥寺のすぐ裏手!乙巳の変で討たれた蘇我入鹿の首塚
   :「Masayan の Emotion Inmotion」
蘇我入鹿の首塚  :「明日香旅行ガイド散策大全」
正蓮寺大日堂・入鹿神社 ホームページ
入鹿神社の伝説  :「奈良の宿大正楼」
宗我坐宗我都比古神社  :「玄松子の記憶」
丹後一宮 元伊勢 籠(この)神社  ホームページ
籠神社  :ウィキペディア
志波彦(しわひこ)神社 盬竃神社 ホームページ 

盬竃(しおかま)神社 :「塩竃市観光物産協会」
住吉大社 ホームページ
羽衣伝説  :ウィキペディア
大伴旅人:松浦川の歌と松浦佐用姫伝説  :「壺齋閑話」
鏡山と万葉  松浦佐用姫伝説考 唐津万葉の会  岸川 龍 :「洋々閣」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた作品で、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の特定の巻を含め、印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS



最新の画像もっと見る

コメントを投稿