遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『獣眼』 大沢在昌  徳間書店

2015-10-30 10:24:28 | レビュー
 このブログで読後印象を書き始める以前に読んだ「新宿鮫」シリーズと、ここに印象をまとめた何冊かは、刑事物の作品群だった。
 この『獣眼』も警察小説かと手に取る前は想像していた。しかし違った。年齢・経歴ともに一切非公表のままで「キリ」という通称でボディーガードを生業とする男が主人公である。
 キリのボディーガードとしての能力は、過去のクライアントから口コミで噂が広がっている。キリを傭おうとする人間は、キリのホームページを知り、メールで依頼する以外に接触手段はない。仕事のオファーに対し、キリは己の能力により守りきれるかをいくつかの条件で判断する。彼が引き受けるのは最長でも3ヵ月以内の短期警護だけである。その上で、クライアントと面談して、己の基準で警護の契約をするかどうか判断するの。
 この小説はかなり特異なクライアントの依頼案件をキリが引き受けたことから起こる顛末である。過去、刑事物以外に大沢作品は読んでいないので、これがキリを主人公とする小説の第1作なのかどうかは知らない。だが、キリを主人公とする作品がシリーズ化されることを期待したい気持ちにさせる一作である。

 冒頭はキリのボディーガードぶりを垣間見せるシーンから始まる。ここに、まず警察組織とキリとのリンキング・パーソンとなる機動捜査隊員、40歳の金松が登場する。キリは警察との関係をギブ・アンド・テイクという形でうまく対応している。ある警護案件で3年前に金松と知り合い、警察だけがキリの本名を知っていると金松に言わしめる。つまり、金松はキリとの間で事件に関わる情報交換を維持する人間として時折登場して行く。さらに、ストーリーの導入部に描かれるキリのセックス・シーンの中に、メールで依頼を受けた仕事のオファーに関心を抱くことになる遠因がさりげなく書き込まれていく。
 
 キリに入った仕事のオファーは、「河田早苗」という個人によるもの。1週間という短期警護だ。依頼に関する相談の日時を決めたいとキリは返信する。河田早苗からの返事は品川のホテルのゲストルームで面談するという指定だった。
 キリにまず伝えられたのは、高校を1年ほど前に中退した17歳の女性を、面談した翌日から1週間昼夜を問わず警護するという仕事。犯罪組織や犯罪とは一切の関わりがない女性だが、この1週間以内に、プロの殺し屋のような人たちに命を狙われるというのだ。前金300万円、1週間無事守ることができたら残り400万円を支払うという。1日100万円、通常のキリのギャランティーの10倍という破格のオファーだった。
 キリは、1週間という期間限定の上で、さらに河田早苗がこの相談の場で話したことが嘘の場合、あるいは警護対象者が犯罪に関係していることが判明したら、警護をやめ警察に通報するという条件をつける。さらに、直接警護対象者に会い、引き受けるかどうかの最終判断を条件に加える。
 河田早苗が警護対象者としてキリに告げたのは、母親と二人で東京都港区白金に住む森野さやかだった。そして河田早苗はキリに言う。「森野さやかさんを守ってあげてください。この方の身には、たくさんの人の未来がかかわっているのです」と。
 河田早苗との面談後、キリはすぐに白金に向かい、森野親子と面談する。
 結果的に、キリはこの警護案件を引き受けることになる。ボディーガードについて、さやかとのやりとりの後、さやかがキリに「誰も死なせたことないっていった。それは嘘」とひとこと言ったのだ。それは、当てずっぽうな発言ではなさそうだった。何かがある。それがキリを動かした。その正体が何かを知るために、キリは警護を引き受ける。
 
 さやかと面談した日の夜、さやかは六本木に出かけ、そのあとクラブかカラオケに行くという。一旦警護の準備に自宅に帰った後、キリは白金に戻り、さやかに同行するところからボディーガードの仕事に就くという。さやかは同意する。
 ここからキリとの個人契約で、ボディーガードの仕事に不可欠なドライバーとして、「大仏」という渾名の男が関わってくる。キリにとり信頼できる有能な運転手なのだ。
 さやかは女友達のアンリとクラブに行き、そこで友達のユーリー・コワリョフに会う。彼はクラブのオーナーだそうだが、キリは彼の裏の顔をロシアマフィアと見抜く。
 この最初の夜のキリの同行は、さやかがキリに信頼感を抱く契機となっていく。

 襲撃者についての情報が何もないままに、キリは警護の仕事を始めなければならなくなる。六本木への同行から戻り、森野親子の住む白金の自宅にキリが泊まり込んだ夜、キリはさやかの母・栞からまず最低限の情報を聞き出すことから始めて行く。
 さやかには生まれもった役割としてシンガンがあるという。シンガンとは眼である。いままでも、さやかにはときどき見えることがあった。そして、この1週間を助走段階として、1週間後に眼が開くとさやかの父親が予告しているのだという。父親自身が眼の持ち主なのだ。さやかの眼が開くのを阻止するために、さやかを殺すプロが何者かに傭われ、確実に送りこまれてくるという。栞もそれを疑っていない。
 森野さやかの父親は河田俊也。至高研究会-通称、至高会-という集団を主宰し、教長と呼ばれる存在。河田早苗はその妻である。森野栞は河野俊也の愛人となり、さやかを生んだ。河田早苗は至高会の教義室長であり、秘書的仕事もし、森野親子の世話もその一環に入っているという。至高会には他に教宣室長、教営室長の肩書の幹部が居て、この二人もさやかの存在を知っているのだ。会員は1000人で、大半が事業の経営者か大企業の経営に携わる人々という。教長・河田俊也のアドバイスが有益なのだ。
 至高会が、宗教法人化しないのは、その認可を受ければ「ツブシ」という眼の持ち主を潰そうとする組織に目をつけられるので、そうならない為でもあるという。
 栞は『ツブシ』に関わるものとして、かつて教長から山之上照孝という評論家の名前を聞いたことがあるという。

 翌日の火曜日は午後にさやかが原宿で英会話学校の個人レッスンを受ける予定になっていて、その後、原宿でさやかは河田早苗と会う予定なのだった。英会話レッスンが終わった後、さやかが河田早苗との待ち合わせ場所に向かう途中で、スナイパーの襲撃を受ける。からくもキリはその襲撃を阻止した。ここから、キリの警護役割が急速に進展していくのである。
 
 キリはさやかの母・栞から得た情報をもとにさらに情報収集を始める。一方で警護対象者さやかへの現実の襲撃があったことから、河田俊也と直に早急に面談する必要を主張する。そして、河田俊也を含む至高会幹部と会うことになる。そこからますますさやかを殺そうとする相手が誰なのかが拡散し始める。
 
 誰がさやかを殺そうとしているのか、その意図は何か?
 さやかに開くと予告される眼を排除することで、誰にメリットがあるのか?
キリが一歩ずつ関連情報収集を広げ、かつ深めていくごとに、殺害を意図している相手(敵)が狭められるのではなく、敵と想定できる対象が一旦拡散するのだ。さまざまな可能性が見えてくるというおもしろい構成展開になっている。一方、1週間というタイムリミットは短くなり、キリの警護に対する緊迫感が高まっていくのだ。読者をぐんぐん引きつけていく。
 河田俊也の口から、さやかに眼が開く時には俊也自身は死を迎えるのだとキリは聞かされる。俊也にはそれが見えているのか、己の死を従容と受け入れる気構えのようなのだ。そして、事実、キリが傍に居る状況で・・・・。キリの警護対象の契約はさやかであるが、その父・俊也のすぐ傍に居ながら、守りきれなかった屈辱感を味わうことになる。
 だが、俊也の死が眼という観点では意外な事態の展開をもたらす事になっていく。
 錯綜した関係への発展がますます興味深い筋立を生み出していく。読者をすら混乱させる状況の現出である。ここにストーリーテラーとしての真骨頂が発揮されていく。
 この小説のタイトルは「獣眼」である。この小説の最終ステージで、獣眼の意味の深さが湧出する。その意外性が実におもしろい。
 
 「人は他人のようには生きられない。自分は自分の生き方をするしかないってことね」これは最終的に、さやかの語った言葉である。この言葉の意味は重く、深い。

 巻末の一行は、「明日にはまた、別の誰かを守っている自分がいる」である。その前に、「新たなオファーが二件届いていた」という一文。

 さあ、次回のキリのボディーガードぶりを期待しよう。

ご一読ありがとうございます。

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「預言者」と「予言者」の違いとは?  :「ヘブライの館2」
夢告  物語要素辞典  :「weblio辞書」
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今、甦る3人の大予言者の預言  大和武史氏
超常現象  :ウィキペディア

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『雨の狩人』 幻冬舎



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