遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『葛飾北斎 富嶽百景』  クールジャパン研究部  ゴマブックス

2022-07-11 14:23:16 | レビュー
 電子書籍で鑑賞した、というのが相応しいだろう。カバー写真にあるように、北斎の『富嶽百景』の図が、102図掲載されている。理由は、解説文は最小限で本書の主体は北斎画そのものだから。本書は2013年8月に刊行された。

 『富嶽百景』は『富岳百景』とも表記されていたようである。補遺に掲げるように、江戸時代の出版物自体には、『富岳百景』という標題が使用されている。北斎の描いた富嶽百景図をみるだけなら、今や数多くの電子図書館あるいは電子美術館で公開されている。それらを検索してアクセスすれば富嶽百景図を鑑賞することができる。例えば、補遺に挙げた国立国会図書館デジタルコレクションを参照すればよい。ただし、各所で公開されている百景図の画像には鮮明度などでバラツキがある。

 本書は、葛飾北斎が1834年75歳の時に刊行した『富嶽百景』初版の純然たる復刻版ではない。富嶽百景図全図の掲載が主目的であるが、そこに一工夫が施されている。
 「まえがき」に触れられているが、北斎は『冨嶽三十六景』を刊行した後に、この『富嶽百景』を刊行した。富士山自体を風景として描くのではなく、当時の人々と文化・風俗の色濃い関係の中に富士山を位置づけて、様々な視点から描き出している。富士山が人々にはどのように見えるかを北斎が眺めているようにも見える。人々の営みあるいは文物を介して富士山を眺めているところがおもしろい。
 本書はその点を一層明瞭にするために富嶽百景図を8つのカテゴリーに分類するという試みをしている。その点が本書の新機軸といえる。

 それでは、どのようなカテゴリーに分類して当初出版の『富嶽百景』を再編集しているかご紹介していこう。以下、そのカテゴリーを<>の見出しとし、該当する百景図の作品名を列挙する。

<1 天候、時刻、季節>
 快晴の不二、夕立の不二、深雪の不二、村雨の不二、鏡台不二、来朝の不二、元旦の不二
 木枯の不二、七夕の不二、月下の不二、霧中の不二、嶋田ヶ鼻夕陽不二、暁の不二
 雪の旦の不二、曇天の不二

<2 富士と自然>
 海上の不二、竹林の不二、海浜の不二、宝永山出現、其二、大石寺の山中の不二
 雲帯の不二、瀧越の不二、松越の不二、花開の不二、山亦山
 野州遠景不二 男体山行者越の松、容裔不二、山中の不二、松山の不二、笠不二
 武蔵野の不二、蛇追沼の不二、谷間の不二、大尾一筆の不二

<3 地名>
 遠江山中の不二、青山の不二、袖ヶ浦、稲毛領夏の不二、隅田の不二、水道橋の不二
 大森、信州八ヶ嶽の不二、阿須見村の不二、洲崎の不二、甲斐の不二濃男
 大井川桶越の不二

<4 人々の暮らし>
 不二の山明き、辷り、裏不二、足代の不二、井戸浚の不二、村堺の不二、紺屋町の不二
 盃中の不二、写真の不二、跨き不二、芦中筏の不二、貴家別荘村の不二、狼煙の不二
 豊作の不二、見切の不二、窓中の不二、風情面白き不二、堤越しの不二、茅の輪の不二
 不斗見不二

<5 動物、伝説の生物>
 田面の不二、登龍の不二、三白の不二、郭公の不二、尾州不二見原、夢の不二
 羅に隔る不二、福禄寿、役の優婆塞富嶽草創、赤澤の不二

<6 科学>
 ふし穴の不二、鳥越の不二

<7 建造物>
 七橋一覧の不二、江戸の不二、橋下の不二、羅漢寺の不二、市中の不二。筧の不二

<8 その他>
 孝霊五年不二峯出現、千金富士、掛物の発端、武辺の不二、文辺の不二
 山気ふかく形を崩の不二、網裏の不二、不二の室、八堺廻の不二、不二の麓
 洞中の不二、π良哈の不二、烟中の不二、刻不二、柳塘の不二、千束の不二
 木花開耶姫命

 ご覧の通り、「千金富士」図を除くと、富士山は「不二」と表記されている。
 富士は二つとないという意味で「不二」と音を合わせた表記にしたのだろうか。唯一無二、秀麗無比の神山という意味合い・・・・か。

 カテゴリーに分けてあると、まとまりとして見やすくなり、特定の視点で対比的に眺めることもできておもしろく、北斎の工夫のしどころを比較しつつ考える楽しみもある。もう一つ、本書では「木花開耶姫命」図が最後に載っている。北斎の出版した『富嶽百景』では、一番最初にこの図が載っている。この対照もおもしろい。

 各カテゴリーの最初に、簡単な解説文が記されている。欲を言えば、百景図が北斎の想像力で描かれただけの空間なのか、ある程度どの辺りから富士を描いたものなのかと言う点を、現在の地名なり地域と関連づけて補足説明してあると、読者には便利だと思う。
 
 北斎が『富嶽百景』を刊行した時期、一足早く安藤広重が『東海道五十三次』を刊行していて評判を上げつつあったようである。北斎はそれに対抗するような気概から、『富嶽百景』の出版に邁進したむきがあるようだ。少し前に読んでいた北斎関連の本にそういう出版文脈での事情の記述があったと記憶する。北斎は一躍人気の出た『富嶽三十六景』の延長線上で、人気再来を狙ったとか。本書ではその点に言及してはいないが。

 北斎の浮世絵が西欧において、印象派~ポスト印象派の画家たちに、ジャポニズム(日本趣味)として大きな影響を与えたということは知っていた。その北斎が現在、世界十大芸術家の一人として、世界で評価されているというのを本書で知った。
 北斎は生涯で3万以上の作品を発表したとされているが、実際はどれだけの作品が現存するのだろうか。

 最後に、余談を一つ。
 北斎の『富嶽百景』関連でネット検索していて、初代歌川(安藤)広重の『冨士見百圖初編/富士見百図初編』に関する記事に出会った。これを読むと、広重はその序文で、葛飾北斎の富嶽百景を意識しながら、「(北斎は)絵組のおもしろきを専らとし、不二は其あしらひにいたるもの多し』と、北斎の富士は脇役であることが多いと評しているそうだ。それに対抗して広重は富士を眺めた百図を刊行せんとしたようである。だが、残念ながら、広重の死により、実際には二十景どまりに終わったとか。
 年齢は大きく違うが、同時代を生きた浮世絵師として、互いにライバル意識は旺盛だったのだろう。画風の違いも含めて、興味深い。


 ご一読ありがとうございます。

補遺
富岳百景. 初編  葛飾北斎 編 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳百景. 2編  葛飾北斎 編 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳百景 : 三編  葛飾北斎 [画] :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳百景 3編. 一 葛飾北斎 編 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳百景 3編. 二 葛飾北斎 編 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳百景 3編. 三 葛飾北斎 編 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富岳三十六景 : 葛飾北斎傑作 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
富嶽三十六景  :ウィキペディア
すみだ北斎美術館  ホームページ
あの人の人生を知ろう~葛飾北斎編
「北斎の富士」新聞連載 第8回「宝永山出現」 :「青森県立郷土館ニュース」
「富士山」名前の由来  :「富士山」
富士山はなぜ富士山というの? [富士ビジターセンター] :「やまなし物語」
『冨士見百圖初編/富士見百図初編』 = 歌川広重 初代 = :「ちょっと便利帳」

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