遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『精鋭』 今野 敏  朝日新聞出版

2015-08-11 09:41:50 | レビュー
 この小説をひとことで言うなら、警察官成長物語だろう。少し補足してみる。大学では体育会のラグビー部に所属していた柿田亮(かきたりょう)は警察官となる。警視庁巡査を拝命した22歳の柿田が警察官として訓練に明け暮れ、成長していく最初の3年を描く。 3年も訓練づけ? 実は、1年目は警察官としてのお定まりコースの訓練と配属。警察官1年生のスタートだ。その柿田が、機動隊員に推薦され、2年目は機動隊に異動、そこでまた一から訓練を受ける。ところが、そこでも上司の目にとまり、特殊部隊SATの新人候補者として推薦される。そしてSATの新人訓練をうける立場に投げ込まれることになる。その訓練を経て、柿田巡査が仲間と共にSAT隊員の精鋭として巣立つ。このプロセスを描き上げた作品である。

 警察官が事件を捜査し犯人を逮捕するという警察小説とはひと味ことなり、警察官自身の思いと疑問、訓練プロセスの内容と訓練に対する心理と思考、一緒に訓練を受ける仲間との交流が描かれて行く。著者のこれまでの警察小説全体からみると、ちょっと異色な警察小説と言える。
 初出は、朝日新聞に、2014年1月4日~9月30日に連載されたようだ。単行本化に際し加筆修正されたとか。

 この小説には目次がなく、章は番号で1~25が振られているだけである。上記で触れたが、柿田巡査の成長プロセスは実質的には4部構成になっている。
 1~ 9 警察官1年目  警察官としての定番訓練と地域課への配属 p3-116
10~15 警察官2年目  4~9月 第4機動隊員としての初期訓練 p117-193
16~21 警察官2年目  10~3月 特殊部隊への試験入隊訓練  p194-275
22~25 警察官3年目  4~9月  SATに正式入隊、隊員訓練 p276-315

 警察官人生の穏当な1年目から、機動隊員、SAT隊員へとステップアップしていき、それぞれの役割、機能に必要とされる訓練内容がどんどんハードになっていく。警察官の各職能を担当するためには、どんな訓練を経ていくことになるのか? そこにはどんな厳しさが含まれているのか? そんな訓練プロセスをリアルにイメージ化させてくれる小説だ。警察官誕生、機動隊員・SAT隊員育成プログラムご紹介編という側面がかなりのウェイトを占める。それら訓練を経る中で警察官の意識変革・成長のプロセスが描き出されていく。ついつい、次はどんな訓練? と引き込まれていく。訓練を受ける柿田巡査の意識が徐々に変化していく様子が興味深いし、面白く読ませどころでもある。

 それでは、各フェーズについて、少しご紹介しておこう。
<警察官1年目>
 ストーリーは、初任教養を終えて、研修の一環としての「卒配」と呼ばれる部署経験で柿田巡査が戸惑うシーンから始まる。地域課、刑事課(盗犯係)、交通課、生活安全課と巡って行く。その過程で、「違法」とは何をいうのか、その線引きは? それが柿田の疑問となる。このあたり現実的な感じ・・・・ちょっとした違反行為をしたことがない人なんて、ほとんどいないはず・・・。
 その後、警察学校に戻って、初任総合教養を受ける。そこで、柿田は己の感じた疑問を川上教官にぶつけていく。このやりとり場面がおもしろい。
 そして、柿田は卒配されていた所轄署の地域課に配属される。研修で世話になった曽根巡査部長の班に入る。署の独身寮、いわゆる待機寮に住み、4交替制の警視庁の交番勤務に苦労しながら慣れていく姿が描かれる。小学生らしい女の子三人組が届けに来た「捨て猫」問題というユーモラスな話題、暴れる酔っ払いへの対処、非番の時に映画館で目撃する痴漢行為の顛末と続くおもしろさ。そんな中で、警視庁の駅伝大会のために、署内の特練に曽根巡査部長から推薦されるのだ。その理由が、柿田が学生時代にラグビー部に所属していたから、「おまえ、走るの得意だよな?」だった。
 「いいか? もし、機動隊を希望するなら、今のうちから走り込んでおかなけりゃなrない。とにかく体力勝負だからな」 こんな曽根の一言が、まさか現実になっていくとは・・・という展開だ。
 特練から駅伝大会、そして、第4機動隊の面接を受けよの指示へと・・・。

<第4機動隊員としての初期訓練>
 第2年目の4月に機動隊への異動となる。だが、立川まで最初の1週間は今までの待機寮から通勤する羽目になる。試験入隊訓練を1週間やるのだという。さらに、朝7時から、柔剣道訓練の朝稽古があるという。そのためには、朝5時には、寮を出発しなければならない。柿田にとっては、とんでもない試練から始まるという次第。この試験入隊訓練場面の描写から始まる。
 柿田は、1週間の厳しい訓練をやり遂げて機動隊員の襟章を与えられる。柿田、感動の一瞬である。機動隊の寮に引っ越して、通勤地獄から解放されるのだが、ここから訓練漬けの日々が始まる。寮に移り、隣室に挨拶に行くと、そこには柿田の1年上で、試験入隊訓練をいっしょにやった池端学(いけはたまなぶ)が入室していた。彼は、冒頭からSATを目指しているのだと柿田に告げる。柿田の念頭にはSATなんてまるでなかったのだ。考えたことがないと言う柿田。池端は言う。「嘘だろう。機動隊に入ったからには、精鋭を目指す。それが当然だろう」(p136)
 SATは警備部の特殊急襲部隊。スペシャル・アサルト・チームの頭文字を取った略称である。ハイジャックやテロを想定した部隊である。柿田には知識の片隅にあっただけのコトバ。それを目指すと言う同期入隊者が目の前に居るのだ。
 本格的な隊員としての体力トレーニングと集団行動の訓練場面が描かれる。
 柿田は射撃訓練が苦手としていたのだが、射撃の指導教官に近代五種部の山城という選手に会ってみろと進められる。射撃が苦手というところから射撃の組み込まれた近代五種の話となったのだが、なんと、山城選手に会うことで、近代五種部に引きずり込まれるのだ。射撃の指導教官が入部すると言っていたぞと。ところが、それが縁となって、SATに繋がって行く。柿田が夢想だにしなかった展開が近づいてくるのだ。
 ここでは、「重要防護施設警備」という定期的にまわってくる任務の一端も描き込まれていく。
 柿田本人の意思とはこれまた無関係に、中隊長の推薦があり、結果的にSAT入隊の面接を受けることになる。柿田の警察官人生、上司の目から見られて、変転していくのだから、おもしろい。柿田はひたむきに、与えられた現実に必死に対応していくのみ・・・・。

<特殊部隊への試験入隊訓練>
 本来それを目標にしていた池端の先を越して、柿田がSATへの登龍門となる「試験入隊訓練」に臨む羽目になる。試験入隊訓練生は7人いた。ここでは、この過酷な試験入隊訓練の内容と、その訓練中に育まれる仲間意識が描かれていく。柿田より数歳年上で、見るからにリーダー格の藤堂淳也(とうどうじゅんや)。体力的には劣るが、ひょろりとしていてぼんやりとした印象を与える桐島真一(きりしましんいち)。この二人との仲間意識、助け合いが深まっていく。そこに、もう一人の訓練生・村川繁太(むらかわしげた)がいる。藤堂が、「これから半年、訓練を受ける仲間じゃないか」と言うのに対して、「冗談じゃない。この訓練はテストなんだ。この中から誰が選ばれるかわからない。誰かを蹴落とさなければならないんだ。つまり、俺たちは敵同士なんだよ」と答えるというスタンス。
 このステージでは、具体的な訓練内容が描写されるとともに、不得手な部分に互いにアドバイスをしあい、苦難を克服していくというストーリー展開が読ませどころだ。柿田が村川をどう見ているかも後の伏線となっている。
 ストーリー展開を、起承転結に喩えるなら、「転」の部分であり、訓練描写と仲間意識がストーリーを盛り上げるとともに、そこに、警察官としての重要な意識が育まれていくというところが良い。柿田個人の行動中心から、柿田とその仲間たちの関わり方中心へと次元がステップアップしていく展開となる。ここがいわば凝縮された読ませどころだろう。
 どんな訓練か。それは読んで楽しんでいただきたいが、そのプログラムの名称だけ記しておこう。最初の2日間:体力と射撃のテスト。自衛隊基地での自動小銃訓練。貸与された自動拳銃と自動小銃での射撃訓練。自衛隊第一空挺団の習志野での訓練:体力トレーニング、基礎的戦闘技術訓練、空挺レンジャーの訓練、ヘリボーン訓練。射撃の上級検定。突入訓練。これらが具体的にどんな訓練内容なのか・・・・それがお楽しみどころだ。

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本書と関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
FAQ 警察学校について  :「警視庁」
警察学校  :「京都府警察」
警察学校24時  :「TV TOKYO」

警察官のお仕事:地域課  :「警察官の職種辞典」
地域部  :ウィキペディア
機動隊の仕事とウラ話  :「警察官のお仕事とウラ話」
機動隊  :ウィキペディア
特殊急襲部隊  :ウィキペディア
SAT(特殊急襲部隊)とSIT(特殊捜査部隊)の違い :「NVER まとめ」

習志野  :ウィキペディア
第一空挺団(陸上自衛隊) :ウィキペディア
ヘリボーン  :ウィキペディア
ヘリボーン作戦 :「コトバンク」
特殊部隊グリーンベレーのヘリコプター降下訓練 - U.S.Army Special Forces Green Berets :YouTube

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『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

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