遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 高田崇史 講談社NOVELS

2015-08-22 10:32:54 | レビュー
 『神の時空 -かみのとき-』シリーズの第3作。『鎌倉の地龍』『倭の水霊』に続くが、舞台は京都になる。鎌倉から西の方向に時空が移動しつつある。未読だが、第4作が『三輪の山祇』として既に出版されているので、西の時空に次々に移動していきそうな気配である。

 さて、この『貴船の沢鬼』であるが、このシリーズにおける作品の構成スタイルがかなり図式的に見えてきた気がする。
 最もベースになっているのは、高村皇(たかむらすめらぎ)と辻曲家(つじまがり)の兄弟との対決である。高村皇は日本に存在する怨霊神の結界を破壊し、日本国土を地獄の底に突き落とそうと、その全面破壊を謀る。それに対し、シャーマン的な霊能力を継承する辻曲家の兄妹が次女の辻曲摩季(まき)の死を契機に、高村皇の謀略が蠢いているということを知らずに、神の時空に起こる奇怪な現象を鎮めて自分たちの目的を果たすために、その事象に立ち向かって行く。つまり、高村皇の謀略を無意識のうちに阻止する活動をするという筋書きである。この謀略の張本人が高村皇と知るのはいつなのか? それを知ることで事態がどう変化するのか? というのが先の関心事項にもなる。
八百万の神々が存在するとされるこの日本の神の時空で、怨霊の神々は様々な系譜、形で複雑怪奇と思える位にリンクし重層している。高村皇が仕掛ける壮大な謀、結界を破り怨霊神を解き放つという謀略に対し、立ち向かう為には、その複雑にリンクする怨霊神の関係を遡って分析し、解明しなければならない。そうでないと、その未曾有の危機に対して、それら神々を結界の中に留まり、鎮まり引き籠もってもらえない。辻曲家の兄妹はその鎮め役として活躍していくことになる。

 辻曲家の兄妹が行動しなければならない理由は、第1作の鶴岡八幡宮の神及びそれにリンクする神の結界が破壊されそうになったことが発端である。この時に、鎌倉・由比ヶ浜女学院一年生だった次女の辻曲摩季が事件の渦中で死亡した。
 辻曲家の兄妹は、死界への旅の途上にある摩季を、自分たちの持つ霊力を踏まえてこの世に甦らそうと行動を開始する。彼らが摩季に試みようとしているのは「死反(まかるがえしの)術」なのだ。タイムリミットは7日間。この術を成功させ、摩季を甦らせるには、その術を施すための材料が揃わなければならない。
 その一つが、京都・貴船の清らかな霊水という訳だ。貴船の方向に嫌な気配、予感を感じつつ、この霊水を確保するために、貴船に出かけることから、ストーリーが展開する。この第3作では、東京・中目黒から京都・貴船へ、車で長女の彩音(あやね)と三女の巳雨(みう)、そして辻曲家の一員で巳雨の友達であるグリ(グリザベラ)が出かけて行く。そこに福来陽一が同行する。東京から京都への移動過程で、貴船の神についての分析・整理が進められていく。

 このシリーズの特異でおもしろいのは、異界の人々が当たり前の如くに登場し重要な役割を演じることである。その一人が同行する福来陽一。彼は長男の辻曲了が渋谷で経営するカレーショップの常連客なのだが、「ヌリカベ」という存在である。ゲゲゲの鬼太郎の仲間である妖怪というとピンとくるかもしれない。福岡県の海岸地方に伝わる妖怪とされる。もう一人が、いつも「猫柳珈琲店」の片隅で原稿を書いている老歴史作家の火地晋。福来陽一にわからないことがあるとこの火地晋に教えを乞いにいく。だが、この火地晋は幽霊なのだ。「神の時空」をテーマにするゆえか、登場する主な人物の中に、異界の存在が当然の如くに登場していて、それほど違和感を感じさせないところがおもしろい。

 辻曲家の兄妹の行動と併行して、作品の主要舞台となる現地側で殺人事件が発生する。その殺人事件の捜査は勿論、現地の所轄警察が進めて行く。その事件の発生自体が奇怪なものというところがこの作品の特徴的なところだろう。殺人事件の捜査プロセスがパラレルに進展するストーリーとなっていく。
 そして、現地で発生している事件に、辻曲家の兄妹が巻き込まれていくことが接点となる。辻曲家の兄弟が事件解明に協力することになるとともに、事件関係者が高村皇の謀略に対して、何らかの関連要素に組み込まれていたことにもなっている。

 つまり、全く異質の次元で進行する複数のストーリー展開が交錯し、ひとつに織りなされていく。だが、この第3作でも、未だ高村皇の存在自体を辻曲兄妹は知るよしもない段階にとどまる。
 
 今回登場する神の時空は、貴船神社-上賀茂神社・下鴨神社-宇治・橋姫神社というリンクが解き明かされていく。その過程で安倍晴明にも言及されていく。さらに鞍馬寺が関わってくるという興味深さ。どのように相互にリンクしているのかについての著者の解明が読ませどころということになる。こういう領域に無関心なら、この作品はおもしろさが半減するだろう。この作品とは無縁と判断し手に取らない方がよい。小説総ページのおよそ半分はこの神の時空の解明に費やされているのだから・・・・。このシリーズもまたマニアック好みの作品と言えるだろう。
 逆にいえば、その分析過程の累積結果が、結末における説得性につながるのである。

 この小説では殺人事件の発生が、プロローグから書き起こされる。宇治川に架かる宇治橋を眺められる自宅の二階で地方史家の金子学が襲われ、長い樫の棒のようなもので物凄い力で殴られ意識不明となる事件が発生する。般若のような顔をした人間が、現場から逃走したのを、数人が目撃したというのだ。現場に居合わせたのは高舘淳子で、彼女は結婚を前提に金子と交際を始めた女性だった。
 事件を担当するのは、京都府警捜査一課の瀬口義孝警部補。その相棒は今年配属になったばかりで25歳の加藤祐香巡査である。瀬口刑事が直属上司の村田雄吉警部から頼まれたのだ。瀬口はこのお嬢様刑事の扱いに手を焼いている。加藤祐香は幽霊の存在を信じているという。祐香は宇治の育ちで、平等院へ行く途中、橋姫神社の近くで般若のような顔をした鬼を目撃したことがあるというのだ。そんなお嬢様刑事だから、般若の顔のような犯人という目撃証言により幽霊の観点から事件にのめり込んでいく。

 この事件の捜査が始まった直後に、今度は下鴨神社の糺森(ただすのもり)の南口鳥居近くの叢林で殺人事件が発生する。目撃者は近くの参道を通りかかった中村理奈。高校から家に帰る途中で、この神社を通り抜けるために参道を歩いていたのだった。理奈は社務所に駈けていき連絡する。こちらの事件も瀬口刑事と加藤刑事のコンビが担当することになる。捜査過程で、被害者は旅行者の内海哲夫、30歳だと判明する。そして、目撃した中村理奈は、「16年前に他界した自分の父親の信(のぶ)とそっくりな男性-しかも、鬼のように怒っていた男性」が殺したと証言したのだ。

 そんな矢先に、貴船神社から少し南に下がった府道で、真夜中に男性が殺されたという事件がまたもや発生する。瀬口・加藤両刑事は貴船に向かうことになる。
 貴船の被害者は30歳前後の男性。こちらの事件目撃者は出町柳辺りに住む主婦の栗田秀子という人。彼女が軽自動車の運転席から目撃したのは、一組の男女だった。突然に男の人がうめき声を上げたという。彼女は走り去った女の顔を目撃していた。その顔は般若のようだった・・・と。被害者は小倉武だと判明する。

 これらの事件が、独立バラバラのものなのか、はたまたリンクしているのか・・・・?そのあたりが楽しみどころである。事件と関わりあう人間関係の複雑さが巧妙に仕組まれているストーリーだとだけ、述べておこう。

 京都府に住んでいて、貴船神社に行ったこともあるのに、この神社の名前が明治4年(1871)に『貴船』と天皇によって決められたというのを、この小説で初めて認識した。それまでは、「気生嶺」「貴布祢」「木船」「黄船」などとも書かれたりもしたそうである。

 最後に、ヌリカベの福来陽一が貴船に出向くにあたり準備した資(史)料、並びに陽一が火地晋の教えを乞いに行ったときに会話にでてきた史料の名称をメモしておこう。こういう史料が読み込まれて分析され、神の時空の状況・関係性が解明されていく。勿論それは一つの仮説の提示ということになるのだが、このプロセスが興味深いものである。関心を抱く輩にとっては・・・・・。関心がなければ、単に古文書の紙類を掘り起こす、ややこしい話で嫌気のさすものにしかすぎないといえる。
 『日本書紀』、『古事記』、『平家物語』(剣巻)、『奥義抄』(藤原清輔)、『御伽草紙絵巻』、『古今和歌集』、『新古今和歌集』、『十訓抄』、『延喜式祝詞』、『倭姫命世記』、『名羲抄』、『京羽二重織留』、『山城国風土記逸文』、『日本紀略』、『神道集』巻七、『秀真伝』、『鞍馬蓋寺縁起』である。
 そして、その関連情報として、『先代旧事本紀』、『和漢三才図会』、鳥山石燕筆『画図百鬼夜行』、能の「鉄輪」、『源氏物語』、『今昔物語集』、『後拾遺和歌集』、『更級日記』も登場する。
 浩瀚な古典籍群が、神の世界での関係をリンクさせていく。そこには歴史の闇が潜んでいる。実に興味深い仮説の展開がなされていく。おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。


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 本書に関連する主な関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

橋姫神社  :ウィキペディア
橋姫神社(宇治市) :「京都風光」
橋姫  :ウィキペディア
貴布禰総本宮 貴船神社 ホームページ
貴船神社 :ウィキペディア
貴船神社 :「京都観光Navi」
上賀茂神社 ホームページ
下鴨神社 公式サイト
総本山 鞍馬寺 公式サイト
鞍馬山山内史跡地図  :「鞍馬山・鞍馬寺 休日の癒し」
少年・義経が駆け抜けた貴船から鞍馬を行く  :「京阪奈ぶらい歴史散歩」

神道集  :ウィキペディア
『神道集』の神々  第三十八 橋姫明神事
ホツマツタエ  :ウィキペディア
1 瀬織律姫(せおりつひめ) :「さだべえの歴史探検」
6 秀真伝(ほつまつたえ) :「さだべえの歴史探検」
宇治橋姫と『今昔物語集』(中) :「『春宵宴』についての研究」
宇治橋姫について(続編)  :「『春宵宴』についての研究」
資料編 :「『春宵宴』についての研究」
大和姫命世記  :「貴重和本デジタルライブラリー」(愛知県図書館)
倭姫命世記  :「神話の森」
第23話 罪作りだよ?『倭姫命世紀』  :「齋宮歴史博物館」
新撰十訓抄 : 詳註  田中健三 著 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
日本紀略 経済雑誌社 編      :「国立国会図書館デジタルコレクション」


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徒然に読んできた作品で、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の特定の巻を含め、印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS