遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ブラック・コール 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 佐藤青南  宝島社

2015-08-15 10:15:38 | レビュー
 『サイレント・ヴォイス』に続く第2作である。第1作の連作短編集で、楯岡絵麻巡査部長が、取調室でどんな風に、容疑者から自供を引き出していくか、その行動心理の分析プロセスに引き込まれて行った。5編の短編で、異質な事件に対し、一貫して行動心理分析を武器に取り調べを進めて行く手法を楽しめた。その同じことの繰り返しになるようなら、面白みがなくなる。行動心理手法を中核にしながら、今度はどんな事件が発生し、どんなところで、エンマ様の実力が発揮されるか・・・・さらに楽しめる第2作か? そんな関心で読み始めた。う~ん、なかなか工夫が凝らされている。

 この第2作は短編4本で構成されている。この短編集は、第1話に始まり第3話までの異なった事件の捜査進展と事件解決のストーリーの中に、第4話に繋がって行く要素がパラレルに進行するストーリーとして具体的・部分的に記述され織り込まれていくのだ。もちろん、第1作の中でも、部分的に伏線が張られてきていたが、それは楯岡絵麻が絶対に決着を付けたい事件に関わる点的情報の提示にとどまった。この第2作では、第4作に繋がる部分ストーリーが連作の短編に提示されていくという趣向になっている。予告的部分ストーリーが、短編としての事件の完結性に付随した、懸案事件の将来展開への期待感づくりとなっていく。そんな面白さが盛り込まれている。
 それと、もう一つはやはり、第1作にはなかった異色の事件が次々と取り扱われることになり、既視感は持たせない工夫があることと、絵麻が西野を伴い、事件の現場にも足を運ぶという局面も取り入れてきたことである。狭い取調室という限定性から飛び出した描写が加わってくる。いわゆる警察物の状況も出てくるという次第だ。

 さて、この第2作は、次の4つの短編で構成されている。
 第1話 イヤよイヤよも隙のうち
 第2話 トロイの落馬
 第3話 アブナい十代
 第4話 エンマ様の敗北

 これらが、どんな事件なのか。そしてどのように解決されるのか? どのように解決されるのかは、読んでいただいてのお楽しみ・・・・。どんな事件なのかに少し触れて、読後印象も多少記しておきたい。

<第1話 イヤよイヤよも隙のうち>
 長い間地下室の密室空間に監禁されていた久我春菜が、この機会を逃せば二度とない・・・そんな思いで、地下室から逃走する。渋谷駅に近い、松濤の高級住宅街の建物の一つの鉄の門扉を開いて、飛び出していく。だが、コンビニエンスの近くまで逃げてきて、助けを求めるが、交差点で交通事故に遭遇し、落命する。
 楯岡絵麻は被疑者・木谷徹の取り調べを担当する。取り調べの相棒は勿論西野。木谷は都内に多くの不動産を所有し悠々自適の生活ができる相当な資産家でイケメンなのだ。9年前に遺産相続するまでは、都立中学の美術教師だった。
 8年前に当時中学2年の久我春菜が足立区梅島で忽然と失踪。捜索願が受理されて、百人態勢で捜索が実施されたが、手がかりが発見できなかたのだ。生来の首筋の大きな痣が久我春菜を特定する決め手となった。木谷はかつて、春菜の通う中学校の美術教師として勤務していた事実が、捜査の結果判明してくる。
 遺産相続で資産家となった木谷の父は区議会議員、母は町田の大学病院に勤務する小児科医。そんな裕福な家庭で木谷は育ち、美術教師となった木谷徹なのだ。立派な家庭の外面の裏側に何があったのか? なぜ、ロリコンのド変態男・木谷徹ができあがったのか?
 絵麻の取り調べは、意外な事実を明らかにしていく。そこには二重三重にこみ入った背景が潜んでいた。
 ひとひねりではすまないひねりがおもしろいところ。
この短編で、初めて「片親引き離し症候群」とう疾患概念が提唱されてることを知った。興味深い。第1作の最後に、これがイントロかの如くにパラレル・ストーリーが顔を出す。何? この付け足しは・・・・、と言う風に。思わせぶりに・・・・。

<トロイの落馬>
 この短編のもじりタイトルからただちに連想するのは「トロイの木馬」というコトバ。「トロイの木馬」は今ではコンピュータ・ウィルス犯罪で使われる有名な用語である。
 今回は、冒頭に絵麻が東京拘置所の接見室で、ストーカー事件の被告人として起訴されたイケメンの青木亮に、フリーライターの栗原裕子と偽名を使って面談する場面から始まる。第1作で明らかになった、楯岡絵麻が警察官の道を歩み始めた契機と繋がる短編かと思いきや、パラレル・ストーリーのワンシーン。少しずつ、ストーリーが動き出す。
 ところで、この第2話の本筋は、被疑者が超有能なプログラマーの高山幸司という事件を取り調べるというもの。容疑の内容は、他人のパソコンを遠隔操作し、ネット上の掲示板に航空機爆破予告や幼稚園、イベント等での大量殺人予告を書き込んだというものである。当初、独立した個別犯行とみられていたが、マスコミ各社に真犯人と名乗る人物から犯行声明文と遠隔操作に使用したプログラム入りCD-ROMが送りつけられてきたのだ。そのプログラムがいわゆる『トロイの木馬』形式のプログラムだった。
 面白いのは、この高山幸司が任意同行された2時間後には、42歳の松尾隆太郎という、「マッチョ先生」の愛称を持つ人権派弁護士が、高山に接触していったというのだ。そして、高山が被疑者として連行されるや、その直後に松尾は報道陣を引き連れて、警視庁本部庁舎に駆けつけたのだ。弱者の側に立つ正義の弁護士登場という形で。松尾に対しては、法曹界では、「人権派というより演技派」という揶揄する向きすらある人物。
 被疑者は、マッチョ先生の指示で、絵麻に何も話せないと言う。また松尾弁護士は、警察にたいし、取り調べの可視化を行わない限り、いっさいの取り調べを拒否するという申し入れすらしているようなのだ。被疑者周辺のハードルが高い中で、絵麻がどう取り調べを進めていくのか興味津々という展開となる。
 この松尾弁護士が、冒頭のパラレル・ストーリーの被告人・青木の弁護士も引き受けていたということから、話が一層面白くなっていく。偽名を使って青木に面談した絵麻が、この窮地になりかねない事態をどう乗り越えられるか・・・・も楽しみどころ。
 この事件では、第1作の連作とは異なり、西新宿にある高山の勤務先である株式会社バッファを訪ねて、聞き込み調査を行い、高山の人間関係を洗い直すという行動をとる。その聞き込み捜査から、絵麻はあることに気づくのだ。
 「策士、策に溺れる」という諺がある。トロイの木馬から落馬するのは誰か? この事件の展開も、どんでん返しの意外性があっておもしろい。コンピュータ・ウィルス・プログラムなどが、どのように仕込まれて行くかのプロセスを窺えるというのが一つの副産物となっている。
 この短編もまた、最後に、パラレル・ストーリーのワンシーンがプラスされて終わる。ジワジワと、パラレル・ストーリーがどういう形になるのか、期待感が募っていくという構成になっていて、興味深い。

<第3話 アブナい十代>
 この短編も、冒頭はパラレル・ストーリーの方から始まる。そこでは、第2話の「トロイの木馬」が事件未解決の核心に迫る重要なヒントとして、トリガーとなるという展開に発展していくのだが・・・・。
 さて、この第3話は、練馬区にある中高一貫の有名な私学・明星学園という男子校で起こった事件。学校に、3日前に体育祭中止の脅迫状が送りつけられる。体育祭は一般公開を中止するものの生徒の家族だけ入場を許可する措置をとって、実施されたのだ。管轄警察署から20人の警官が派遣され、異例の厳戒態勢の警備が敷かれる。しかし、警官も含めて、十数人の負傷者が発生してしまう。楯岡絵麻は、この事件現場に赴き、現場での事情聴取活動に加わるところから、ストーリーは始まって行く。普通の警察ものの出だしである。違いは、絵麻が現場での聞き込みの間も、行動心理捜査の視点から情報収集を的確に行い、対応していく点だろう。
 被疑者として、明星学園中等部の2年生、東村歩が浮かび上がる。捜査員が身柄確保のため、東村の在宅を確認した上で、自宅の母屋に踏み込むのだが、自転車で逃走を図られるという失態を犯す。空白の1時間後に、東村の身柄が確保される。
 そして、絵麻の取り調べという段階になる。東村は犯行は素直に認めたのだが、標的は誰だったかを語ろうとしない。
 アメリカの爆弾テロ事件で使用された爆弾のニュースやネット情報にヒントを得て、圧力鍋や化学物質を買いそろえて同種の爆弾を作ったのだ。絵麻とこんなやりとりをする。「すごく安いやつ、とはいうけど、圧力鍋やら化学物質まで揃えるには、けっこうお金がかかったんじゃないの」
「たいした金額じゃありません。爆弾1個につき1万円ちょっとですから」
「1万円ねえ・・・・」

 東村は絵麻の質問に素直に答える部分と、語らない部分が交錯する。標的についてはガンとして語らない。取り調べの引き延ばしを図ろうとするしたたかさをみせる「アブナい10代」なのだ。
 絵麻は、東村の大脳辺縁系に質問をしながら取り調べを進めていく。そして、楯岡絵麻を嫌っている同僚の筒井刑事にも全面協力してもらう心理トリックを使う。この事件解決のミソはここにあった。事件が解決して、ナルホド!である。おもしろい。
 東村の犯行の動機を明らかにするというところがこの短編の主眼点のように思う。

 そして、短編最後の章は、パラレル・ストーリーが挿入されて終わる。絵麻はトロイの木馬と想定するターゲットを絞り込み、その人物と話のできる機会を作ろうと試みる。

<第4話 エンマ様の敗北>
 第1作『サイレント・ヴォイス』において、点的情報が徐々に明らかになり、この第2作の第1話~第3話で、パラレル・ストーリーとしてスポット・シーンが描かれ、事件解決への足がかりが織り込まれてきた。それがこの第4話で事件解明への後半のストーリーが本格的に展開する。15年前の小平事件が時効となってしまった日から3週間時後に、小平のホシからのメッセージと思えるものが、下馬でのストーカー殺人事件現場に残されていた。小平事件は、絵麻を親身になってサポートしてくれた教師・栗原裕子が強姦殺害されたものである。その点が第1作の点的情報の積み重ねで、明らかになる。栗原裕子が殺害される少し前に、裕子の住むマンションを訪ねた絵麻は、その事件のホシに会っていたのだ。裕子殺害犯を突き止めると言うのが、絵麻の悲願になっている。そのため、この15年間、捜査本部解散後に、単独捜査員として捜査に従事している山下刑事と連絡を取って、情報交換を続けてきたのだ。
 下馬の事件現場で採取された毛髪が下馬の事件とは無関係だと判断されたことから、その毛髪の混入は意図的なもので、小平事件のホシのメッセージだと絵麻は解釈する。そして、毛髪がそこに残された事実が、トロイの木馬の役割を担う人物が意図的・非意図的に拘わらず警察の組織内に居たという結論を導く。極秘の調査の結果、それが鑑識班に所属する武藤恵子だった。この武藤恵子と絵麻は銀座にある割烹料理店で会って、話をする機会づくりをする場面から、この第4話が始まる。
 絵麻は恵子を介して、恵子が交際している男と接触できる機会を得ようとする。出会うことができれば、15年の歳月が経ていようと、絵麻にはホシであるかどうか、即座に判断できるからだ。そのチャンスを作り、恵子とともに3人が出会える機会をセッティングできるのだが・・・・。小平事件は時効になっている現実。だが、その男がホシならば、許せないという思い。男を逮捕し刑事罰に処する道があるのか・・・・。なかなか興味深い展開となっていく。
 その興味深さは、殺害事件時効後への対応、ホシがどんな人物なのか、武藤恵子とホシと想定される男との関係がどうなるのか、単独捜査員として時効までホシを追い続けてきた山下刑事と絵麻の思いは・・・・いろいろな要因がまさに意外な関わりを持ちながら展開していく。なかなか読ませるストーリーに仕上がっている。ここにも意外性がふんだんに盛り込まれていて、おもしろい。最後に、絵麻を毛嫌いしていた筒井刑事に良い役割を振って、エンディングにしているところが楽しめる。

 この第4話にも、説明入りながら、絵麻による様々な行動心理理論・技術の応用編となっていく。その用語を列挙しおこう。これって、かなり応用力のあるものだから。
 ミラーリング、マイクロジェスチャー、ランチョン・テクニック、フォアラー効果
 単純接触効果、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック、ロー・ボール・テクニック
 ロミオとジュリエット効果、

 最後に、余韻を残す絵麻と山下のやりとりを引用しておこう。
(絵麻)「納得できようとできまいと、犯人を逮捕し、司法の判断に委ねる。それが私たちの仕事です。・・・暴力は暴力を、復讐は復讐を招きます。憎しみの連鎖を、誰かが断ち切らないと」
(山下)「それは、おまえにまかせる。・・・・おまえの手で、憎しみの連鎖を断ち切ってくれ」
 事件は解決した。しかし、なぜ「エンマの敗北」というタイトルなのか? それはこの短編をお読みいただきご理解いただきたい。

 この短編集には、コラム記事が、p74とp246に載っている。
 「コラム1 好感をもたれよう」「コラム2 信用されよう」という見だしの「行動心理学講座」である。杉若弘子教授(同志社大学心理学部)が監修されている。本屋さんでの立ち読みで、このおまけコラムを読むだけでも、有益であると思う。オススメ・・・・。
行動心理学への関心というより、その応用への関心が高まることだろう。

ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ミラーリング効果・シンメトリー効果  
    :「若手社員(新入社員)の心理術・処世術・心理学辞典」
ミラーリング効果  :「男と女の心理学と心理テスト」
ランチョン・テクニック :「そういうことだったのか!心理学講座」
食事を共有することの大切さ「ランチョン・テクニック」 :「NAVERまとめ」
フォアラー効果(P・T・バーナム効果、主観的な評価) :「The SKEPTICS DICTIONARY」
単純接触効果(ザイアンスの法則)を、人間関係や文章作成に活かす手順をまとめてみた
   :「ゆとり世代のブログ運営論」
【朝礼ネタ】ザイアンスの法則とは? 営業マンの大きな勘違い:「ネタのコンビニ」
恋愛を成功に導く!「単純接触効果の原理」を応用した恋愛テクニック
    :「NAVER まとめ」
好きな人に自分を印象づける”フォアラー効果”を活かした会話術 :「恋愛jp」
ドア・イン・ザ・フェイス :「そういうことだったのか!心理学講座」
一貫性の原理  :ウィキペディア
ローボールテクニック  :「ブラックビジネスマニュアル」
心理学で学ぶ頼み方③ ローボール・テクニック  :「ズボランド」
ローボールテクニック~正攻法がだめな相手には恋の裏ワザ :「カノツク!」

P. T. Barnum From Wikipedia, the free encyclopedia
Barnum effect  From Wikipedia, the free encyclopedia
Low-ball  From Wikipedia, the free encyclopedia
Door-in-the-face technique  From Wikipedia, the free encyclopedia
Robert Zajonc  From Wikipedia, the free encyclopedia

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『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 宝島社