遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『新・帝国主義の時代 左巻 情勢分析編』 佐藤 優  中央公論新社

2013-10-12 23:31:40 | レビュー
 8月5日に、最初に読んだ『新・帝国主義の時代 右巻 日本の針路篇』の読後印象をまとめた。今回読んだ本書・左巻と合わせて、『中央公論』(2009年3月号~2013年4月号)に全48回にわたって連載された「新・帝国主義の時代」を編集したものである。本書には「序章 新・帝国主義の時代」が追加されている。
 
 前回も最初に両巻の目次を紹介しているので、今回も併せてご紹介しておこう。
 右巻目次
  序 章 大震災後の日本の針路
  第1章 震災後の日本
  第2章 日米同盟再論
  第3章 新・帝国主義時代の北方領土問題
  第4章 帝国主義化する中国にどう対峙するか
 左巻目次
  序 章 新・帝国主義の時代
  第1章 新しい帝国主義の潮流 - 「品格ある帝国主義」とは何か
  第2章 恐慌と帝国主義
  第3章 新・帝国主義への反発
  第4章 国家の生存本能と官僚の本質

 そこで本書・左巻の読後印象である。
 序章冒頭に筆者はこう書いている。「国際政治は生き物だ。時代に応じて変化していく。国家も民族も、時代の変化に対応して生き残っていかなくてはならない。」と。本書の元となった連載論文は、2009年3月から2013年4月であり、民主党政権下における政府及び外務省の外交の実態を観察している。そのプロセスで発生した事象に対して筆者の国際外交観と入手情報を基にインテリジェンススキルを駆使し、分析論評したものである。民主党政権から自民党政権に代わった現在、「情勢分析編」としての分析がどこまで現政権下で影響していくのか、それこそが重要になってくる。ざっくりみれば、自民党 → 民主党 → 自民党 という政権主体の時代変化が本書の外交情勢分析の結果として今後どう影響するのかという点である。その点は、本書からは読み取れない。わが国にとっては、一層複雑な要因が累積されたことになるのだろう。外交が政権により、過去を完全にリセットできるものでなく、その都度の外交の結果事実の積み上げの先に、新たな絵を描いていくものだろうから。

 それはさておき、少なくとも現状までの情勢認識を深める上では、過去の外交プロセスの要約と跡づけ整理として有益だった。マスメディアのニュース報道をその都度視聴しているだけでは見えない筋が見えてくる。

 著者の時代認識と国際政治・外交観のベースが本書・左巻で語られている。右巻はその実務対応編といえるかもしれない。
 著者の時代認識と立場が本書で明確に吐露されている。私はその主要点を次のように理解した。本書の読み応えは、この立場・結論を導き出す論法と歴史的背景の論述を読んでいくところにあるように思う。私の読み方に誤解があるかどうかも、本書でご確認いただくとありがたい。
 著者の認識・立場を列挙してみる。
*国家は本質において性悪であり、21世紀は植民地支配という方法は取らず、全面戦争になることは避けながら、強引に自国の権益拡大をはかろうとするものだ。自国の権益拡張の機会を虎視眈々と狙っている。 p6-7
*帝国主義の本質部分に変化はない。植民地の獲得に固執しない故に、新・帝国主義として識別する。現代は新・帝国主義の時代である。  p56
*日本が「食う」か「食われるか」の世界にあって、「食われる」側にならないことを絶対に担保すべきである。それが政治であり、外交である。周辺国に過剰な警戒感を抱かせないためにも、自覚的に新・帝国主義時代に適合する転換が必要である。 p56-57
*日本は、品格のある新・帝国主義国家を目指すべきである。著者が言う「品格ある」とは、「日本が外部を食って生き残る場合にも、外部に与える傷みを極少化し、共存共栄を図れる」レベルを堅持するという意味合いであるようだ。それが具体的にどういうことかについては、著者は論じていない。 p16、p56-57
*朝鮮半島有事などのときには、『非核三原則』の核兵器を『持たず、作らず、持ち込ませず』の最後の『持ち込ませず』を外す『非核二原則』への移行を考えるべきである。p412

 本書の外交の実態を通じての情勢分析で、なるほどと思う解説は、外交が言葉を如何に武器として慎重かつ戦略的に取り扱っているかという点である。そして外交プロセスにおいて、交渉が具体的に始まるかなり以前から、様々な媒体を駆使し、自国の外交を有利に導くためのシグナルのさりげない発信を行い、相手国の反応を見ているという点だ。そのあたりを読み解くのがインテリジェンスだという。
 本書のおもしろいのは、民主党政権下での政府と外務省が行ってきた外交の実例から、問題事象をインテリジェンス視点から読み解いていることだ。外務省の官僚発言の真の意味の読み解き、政治家の発言の読み解きもおもしろい。

 各章毎に、きらりと光ると私の感じる論評記述をいくつかピックアップしてメモ代わりにまとめておきたい。カギ括弧での表記は原文引用であり、ないものは要約である。

 第1章 新しい帝国主義の潮流
*オバマ大統領とイタリアのムッソリーニとの間には思考・行動に類似性がある。p30-34
*「このような品格のある帝国主義国家に日本がなることを追求したのが河上肇であると筆者は理解している。」 p50

 第2章 恐慌と帝国主義
*「この教科書(=高校の日本史Aの意味:付記)一冊でビジネスパーソンの必要とする日本現代史の知識を十分に習得することができる。」 p62
*「主要国は、恐慌が起きると、帝国主義的な対外進出によって問題解決を図る。」p78
*新・帝国主義の内在的論理を理解するには、ドイツ国民主義経済学の創設者フリードリッヒの思想をおさえておく必要がある。国土と時代に適応した、いわば「風土の経済学」の提唱である。  p91-96
*「何の迫力も魅力もない菅演説の中から、現在、日本外交に携わる人々がもっている外交哲学が明確になっている。」 99
*「政治主導という体裁で行われた菅外交演説の内容から透けて見えるのは、政治主導の欠如という逆説なのである。」 p103
*「2002年に外務省で鈴木宗男衆議院議員に近いと目された外務官僚が対露外交から排除された後、ロシア・スクールから地政学論は大幅に後退した。」 p106
 
 第3章 新・帝国主義への反発
*「北朝鮮の歴史認識について、実証史学の観点から批判的に検証しても、インテリジェンス分析においてはまったく意味がない。宗教学や神学においては、神話を近代科学の視座から批判することではなく、古代や中世の世界像の下で当時の人々が神話的表象で何を考えていたかについて解釈することが重要になる。  p166
*「『二元外交』を絶対悪のごとくとらえるのは誤りだ。それは、外務官僚が縄張り意識から、他省庁や政治家が外務省の統制に服さない外交を行うことを嫌い、『二元外交』批判を展開することが多いからだ。政治主導で、外務官僚の限界を乗り越える外交が必要とされる場合がある。」  p194-195
*「鳩山氏のイラン訪問は、野田佳彦総理の意思に反して行われた、『悪い二元外交』の典型的事例だ。」  p195
*「インテリジェンスは当該国家の知的基礎体力を反映する。」 p262

 第4章 国家の生存本能と官僚の本質
*「官僚は、社会の他の人々異なる一つの階級を構成しているというのが、筆者の実感だ。」  p307 (著者が官僚の内在的論理を解説している。この内容がおもしろい。)
*「官僚の内在的論理では、省益を増進することは常に国益の増進につながるという連立方程式がある。」  p335
*「恣意的に内側と外側という線を引き、内側を束ねていくことで、政治を運営しようとするのはファシズムの特徴だ。それが無意識のうちに進んでいることが恐い。生き残りを目的とする政治は、どのようなことでも正当化してしまう。この危険が政治家にも有識者にも見えていない。」 p395-396

 最後の第4章には、大変興味深い問題に触れられている。一つは、日米間の密約に関する村田氏、東郷氏の証言についてである。かなり突っ込んだ説明になっている。アメリカ側は既に密約に関連した情報公開を公式にしているのに、日本が相も変わらずの論法に終始している実態は、ばかげているとしか思えない。当事者だけの内在的論理をさらけ出しているだけということか。著者は、日露間においては密約に関する文書が存在しているということを自らの体験として述べている。現在の外務省は、こちらの関連文書をどうしているのだろうか。著者の妄言として、その存在を否定するのか、既に廃棄処分しているのか。興味深いところだ。もう一つは、小沢氏への”階段”にならなかった石川知祐衆議院議員の起訴顛末についての著者の関わりと見方である。こちらも、検察の立場・実態を考える上で、興味深い説明になっている。

 本書・左巻の最後を鈴木宗男氏自身のブログ記事内容の紹介で締めくくっている点が興味深い。国際外交における「仕掛け」の事例として、盟友鈴木宗男の言動を採り上げている。


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本書の右巻で関連語句をネット検索している。そちらで採り上げたものもご参照いただくと、全体の周辺情報が広がると思う。ここでは重複を避けるために掲載はしない。新たに関心を持つものについて、関連情報として調べてみた。リストにしておきたい。

日米核持ち込み問題 :ウィキペディア
日米間の密約 朝日新聞掲載「キーワード」の解説 :「コトバンク」

いわゆる「密約」問題の調査について :「外務省」
  東郷和彦氏が提出した文書について 平成22年3月19日
  いわゆる「密約」問題に関する外務省調査報告書 (概要)
  外交文書の欠落問題に関する調査委員会調査報告書 平成22年6月4日
  
第三編 日米間の「密約」
日米間の密約について 2010年6月27日 リブ・イン・ピース@カフェ
日米密約再訪Ⅰ 原子力時代の死角 核と日本人 :「47news」
日米密約再訪Ⅱ 原子力時代の死角 核と日本人 :「47news」
 
ベニート・ムッソリーニ :ウィキペディア
河上肇 :ウィキペディア
東郷和彦  :ウィキペディア
谷内正太郎 :ウィキペディア
村田良平  :ウィキペディア
村田良平元外務次官の回顧録 :「天木直人のブログ」
鈴木宗男 :ウィキペディア
石川知裕 :ウィキペディア

不起訴不当 :「ともひろ日記 石川ともひろウェブサイト」
議員辞職した石川知裕氏 「長い間お世話になりました」の名刺に涙
   :「いまにしのりゆき 商売繁盛で笹もってこい!」

地政学  :ウィキペディア
地政学とは何か-地政学再考-   戦史部第1戦史研究室長 庄司潤一郎氏
【奥山真司】リーダーに必要な地政学の見識[桜H24/1/13]  :YouTube

鳩山イラン訪問の大失態 :「中央公論」
  佐藤優の新・帝国主義の時代 ~「中央公論」2012年6月号掲載
鳩山元首相のイラン訪問外交音痴が招いたツケ  金子熊夫氏 :「WEDGE Infinity」
イラン・イスラム共和国訪問にあたって 鳩山由紀夫 2012年04月07日 :「BLOGS」
 

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