遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『大地動乱の時代 -地震学者は警告する-』 石橋克彦 岩波新書

2011-09-25 14:06:53 | レビュー

 この本は1994年8月に出版された。関東・東海地方における大地震について書かれた新書である。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災:1995.1.17)の少し前であり、阪神地域や東北地域における地震についてこの本では触れられてはいない。しかし、地震に対する警告としては同じ次元にあると思う。出版時点で、著者は地震理論および大地震についての長期的見通しの観点で、20世紀末頃から、日本が地震に対して「静穏期」から「大地動乱」の時期に入ったと警告したのだ。本書はより一層身近な警告書になったといえる。

 この本を読んで、「歴史は繰り返す」「温故知新」という言葉を思い浮かべた。
地球史規模の視点で捉えると、地震は周期的にまさに繰り返されていることに納得せざるを得ない。その繰り返される地震に対し、その時々の人間が臨む姿勢が問われているということだろう。歴史的に見れば、同じ地域に住む人間の人口密度が増加し、居住空間、生活形態や社会構造が高度化・複雑化してきた実態を考えると、過去の同規模の地震発生とその結果を振り返ることから、今後の地震災害発生時の事態の深刻さを類推することができるということになる。

 プロローグにおいて、著者自身が述べたいことを要約している。
 「関東・東海地方の大地震発生様式にもとづく一つのシナリオによれば、今世紀末から来世紀初めごろに小田原地震、東海地震、首都圏直下地震が続発し、それ以後首都圏直下が大地震活動期に入る公算が強い。これらの地震による首都圏とその周辺の震災は、最悪の場合、従来とは質的に異なる様相を呈し、日本と世界に重大な影響をおよぼすだろう。そのような震災とその影響はもはや戦術的な対応では軽減しきれないから、思いきった地方分権による分散型国土の創成に今すぐ着手すべきである」
 この警告が、為政者ならびに一般市民にどこまで認識されているのだろうか・・・・・

 第6章「大地動乱の時代をどう迎えるか」の「一 首都圏大震災の背景」「二 そのとき何がおこるか」に、大地震が発生した時の著者の震災シナリオが描かれている。本書出版以降の現実に発生した二つの大地震の実態を重ね合わせて読めば、まさに戦慄そのものとなる。ここに描かれたことが、まさにリアルなものになるのではないか。

 著者はまず、第一章、第二章で歴史的な大地震について文献を渉猟して、地震理論を踏まえ、詳細な分析・復元を試みている。第一章では、幕末から明治維新の動乱期に、大地震の動乱が重なるように現れている状況をつぶさに捉える。嘉永小田原地震、安政東海地震、安政南海地震、そして安政江戸地震の発生。著者は当時の政治・社会状況を重ねながら、その地震規模と災害規模を解明する。そして第二章では、明治東京地震と大正関東地震について詳細に分析している。著者によると、関東大地震の被害は、「前年度の一般会計予算の約3.7倍」にのぼるといわれたという。
 第二章の末尾で、著者はこう記す。
 ”1853年嘉永小田原地震で始まった関東地方の「大地動乱の時代」は、70余年間つづいたのち、1923年関東大地震とその余震活動によってようやく幕を閉じ、「大地の平和の時代」に入ったのである。”と。

 しかし、今ふたたび「大地動乱の時代」に入ったという。その主張のために、著者はまず地震についての理論的な概説を第三章・第四章で行っている。
  私自身、これらの章を読み、地震理論の詳細を理解できたとは到底思えないが、その考え方の大枠は把握できたように思う。「プレートテクトニクス」という地学大系理論を踏まえた「地震テクトニクス」の研究成果をもとに、著者は一般読者にわかるように比較的平易に説明されている。
 第三章では、「現代の地震観」、「震源断層運動をさぐる」、「地震をおこすプレートの運動」という三段階で「大地震の正体と原因」を具体的に説明する。P104掲載の「世界の地震分布」図を見れば、日本全体がほぼすっぽり分布図のプロットで覆われてしまっていることがわかる。P105掲載の「世界のおもなプレートとプレート境界(変動帯)の分布」図をみれば、日本列島が、ユーラシアプレート、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4つのプレート境界に位置することがわかり、地震分布との重なりが一目瞭然である。
 「地球上の巨大地震の大部分は沈み込み境界でおこる。それらの震源断層運動は、海溝から陸側に傾き下がるプレート境界面(深さ数十キロくらいまでのスラブ上面)を震源断層面とする逆断層型であることが、プレートテクトニクスとは独立に地震学的に明らかにされた」(P111)という。だが、「その震源断層運動がなぜそこに発生したのかという理由は、地震の解析だけではわからない。まして、将来どこにどんな大地震がおこるかという問題にたいしては、別の方向からの取り組みが必要である」(P118)ようだ。「古地震学」というアプローチも欠かせないのだとされる。
 第三章を地震一般理論編とすれば、第四章は「関東・東海地方の大地震発生のしくみ」という事例研究、具体的応用編となっている。第一章、第二章の歴史的事実を踏まえて、地震理論からこの地域の地震発生メカニズムを究明し、地震史との総合を試みている章といえる。
 特に、関東地方に在住の方々は、少なくともどんなプレート構造の上で日常生活を送っているかを認識するうえで、この章は必読だといえるだろう。

 過去の地震史の事実と現代の地震理論を総合すると、今や「ふたたび迫る動乱の時代」のただ中にいるのだと、第五章で著者は警告する。過去の大地震には規則性が明らかにみられるという。この規則性を現在に当てはめると、長期的視点ではそのような結論に到達する。そして、「小田原地震のくり返し間隔の約70年(T)を単位として、2Tで東海地震がくり返し、3Tで関東地震がくり返すようにみえる」という。マジックナンバーは70年。
 「地震の災厄は、台風などと違って、進路が変わったり消滅したりすることはない。プレートが動いているかぎり(それは、私たちにとっては太陽があるかぎりというのに等しい)、ひずみエネルギーの蓄積はつづくから、先送りされればされるほど事態は悪化するのである。」(P171)「多くの地震学者が、首都圏直下のM7クラスの地震はいつおこっても不思議ではないと思っている。おもな理由は、過去400年間の平均発生頻度にくらべて、最近約60年間の静穏さは異常だというようなことである。」(P172)という視点に立つ。
 さらに、著者は「西南日本東進説」という仮説をうちだされている。”日本海の海底と西南日本は「アムールプレート」、「東北日本」はオホーツク海プレート」と仮称するマイクロプレートに属すると考え、関東以北のオホーツク海プレートにたいして、フィリピン海プレートが年間3~4センチの速さで北北西に、アムールプレートが年間1=2センチの速さで東に動く”という作業仮説である。そして、西南日本東進説の立場から、「アムールプレート東限の日本海東縁~フォッサマグナに沿う大地震の続発に注意する必要がある。」という。

 1997年10月、筆者は雑誌『科学』に「原発震災 -破滅を避けるために」という論文を寄稿された。これはいま、『原発と震災 この国に建てる場所はあるのか』(「科学」編集部編 岩波書店 2011年7月刊)の第一章冒頭の論文として所載されている。4ページの小論文だが、東海地震と浜岡原発震災を考える上で、併読すると、一層「大地動乱」のはじまり、その重みが認識できると思う。

 付記として、自らへの覚書を兼ね、この新書の地震理論と事例説明から学び理解したことの一端を要約してみる。
*専門用語の「地震」とは、揺れの原因となる地下の出来事をいう。大きさの単位が「マグニチュード(M)」である。
*地震の発生源はあくまでも地下の震源断層面である。
 「活断層」は、第四紀(約170万年前から現在まで)またはその後期に何度かずれ動いた証拠を示す地層。これは、過去に震源断層運堂をくり返した地下の弱い面の表れなので、将来もそこで大地震が起こる可能性をもつ。
*地震の震動が「地震動」で、その強さを「震度」で表す。
 地震動は、震源過程によってきまる震源域での地震波の強さや性質に、波が伝わってくる途中の影響と、足元の地盤の影響が加わったもの。
*「震災」とは「地震災害」のこと。強い地震動の影響範囲にたまたま人間の文明があれば発生する社会現象をいう。人間への被害に着目しているだけのこと。
*大半の地震は、地球表層の厚さ100kmほどの「岩石圏(リソスフェア)」の部分で発生する。地下深部の岩石の急激な破壊は面状に起こり、「地震波」が発生する。
*リソスフェアにはたえず大規模な「造構力」が働いている。
*地震波は3種類。P波(縦波:ガタガタという縦揺れ)、S波(横波:ユサユサという横揺れ)、表面波。この順に遅れる。
*地震波の発生に関係するのは、「くい違い速度」または「すべり速度」、および面上の破壊の拡大様式と拡大速度である。これらは「動的な震源断層パラメータ」といわれる。
*地震波が最初に放出された位置が「震源」で、その真上の地表の点を「震央」という。*震源断層運動には、基本的なタイプとして「横ずれ(運動)」と「縦ずれ」がある。前者には「右横ずれ」と「左横ずれ」、後者には「逆断層(運動)」と「正断層(運動)がある。
*地震現象は特定の弱面の震源断層運動に注目するのが本質的である。
*「周期」というのは正確なくり返しにたいする言葉なので、地震や噴火の場合は使わない方がよい。
*地震動の周期が固有周期に一致すると、構造物が共振現象を起こし、損傷・破壊に繋がる。すべての構造物は、重さやガッチリさの度合いによって、自然に揺れるときの周期(「固有周期」)が決まっている。
 目安 → 木造二階建(約0.3秒)、鉄筋コンクリート五偕建ビル(0.4秒弱)、鉄骨30階建超高層ビル(約3秒)、巨大な吊り橋(十数秒)。
*地盤は、性状に応じて揺れやすい周期(「卓越周期」)がきまっていて、その周期付近の地震動をとくに増幅する。硬い岩盤で0.2秒以下。軟らかい地盤ほど周期が長くなる。
*地盤の液状化の重要性は、1964年の新潟地震によって認識された。関東地震において、震源で何がおこって地表でどんな地震動が生じたかという全貌は未だ解明されていない。*各行政で実施されている地震被害想定報告書は、危険要因の多くは、過去のデータがなくて定量化できないなどの理由で採りあげられていないのが実態である。つまり、被害想定に大きな限界が含まれている。報告書は過少評価されているとみておくべきものと私は解釈した。

 さらなる部分は、本書をご一読いただき理解を深めていただくとよいだろう。


本書を読み、その理解を深める一環として、ネット検索してみた。
情報は重ね合わせて、多面的に読み進めて行くと有益だと思っている。

地震の年表(日本) :ウィキペデイアから

固有地震 :ウィキペデイアから


全国地震動予測地図 2010年版 :平成22年5月20日
  地震調査研究推進本部地震調査委員会

リーフレット「わが国の地震の将来予測 -全国地震動予測地図-

地震の将来予測への取組-地震調査研究の成果を防災に活かすために-



大規模地震対策特別措置法
最終改正:平成一一年一二月二二日法律第一六〇号


防災システム研究所ホームページから
東海地震・警戒宣言・強化地域

東日本大震災(2011年東北地方太平洋沖地震)/現地調査・写真リポート(撮影・文:山村武彦)

阪神・淡路大震災(平成7年兵庫県南部地震)


東京都防災ホームページから
直下地震の被害想定に関する調査報告書(概要)

本文

首都直下地震による東京の被害想定(最終報告)平成18年3月


「地震防災をテーマにした神奈川県立西湘高校の《調べ学習》Part2」から
神奈川県地震被害想定調査報告書 概要版(平成11年3月)


静岡県地震防災センターのサイトから
第3次地震被害想定報告書


「地震・防災 あなたとあなたの家族を守るために」のウェブサイトから
         
第二部 地震防災情報:2.5 都道府県の被害想定一覧


関東平野直下の地震と1855年安政江戸地震 :東京大学地震研究所のサイトから

災害教訓の継承に関する専門調査会報告書原案
1855 安政江戸地震

江戸の地盤と安政江戸地震 松田磐余 :京都歴史災害研究 第5号

安政東海地震  :ウィキペディアから

関東地震 :ウィキペデイアから

1923年(大正12年)関東大震災写真


ご一読いただき、ありがとうございます。