遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ST 沖ノ島伝説殺人ファイル 警視庁科学特捜班』 今野 敏  講談社NOVELS

2011-09-12 17:50:53 | レビュー

著者が1998年に生み出した『ST警視庁科学特捜班』は、シリーズを重ね2010年12月出版のこの本で11冊になった。警察小説としてはちょっとユニークなシリーズだ。
主人公は警察官ではなくて一般職員の研究員である。科学捜査研究所の中に実験的に特別に設置されたグループ(科学特捜班)である。Scientific Task forceと英訳するところから、STと略されている。このST室は、キャリア組の百合根友久警部が係長となり率いる組織と位置づけられている。彼は普段、メンバーからキャップと呼ばれている。
このSTのメンバーが実にユニークなキャラクターとして生み出された。どの本から読んでも分かるように、著者は各書のはじめに、それぞれのキャラクターをわかりやすく描写している。それをまとめると、こうなる。

赤城左門: STのリーダー。自称一匹狼。常に髪が少し乱れ、無精髭を生やす。
      法医学の専門家。医師免許を持つ。若い頃、対人恐怖症だった。
青山 翔: 心理学の専門家。文書担当。プロファイリングを行う。秩序恐怖症。
      おそろしいほどの美貌の持ち主。初対面の人はだれも唖然となる。
山吹才蔵: 坊主刈りで、いつも柔和な表情の人物。曹洞宗の僧籍を持つ。実家は寺。
      第二化学担当で、薬学の専門家。
結城 翠: 物理担当。なりたかったのは潜水艦のソナー手だが閉所恐怖症で断念。
      聴覚がとてつもなく発達している。ノイズキャンセラーのヘッドホンが必需品の女性。
      服装は露出過多。なぜなら、服装にすら閉塞感を覚えるそうだ。
黒崎勇治: 長い髪を後で束ねる古武士然とした人物。古武道の免許皆伝を持つ。
      第一化学担当で、化学事故、ガス事故などの鑑定の専門家。
      嗅覚が非常に発達しており、科捜研では「人間ガスクロ」と称される。
結城の聴覚と黒崎の嗅覚が組み合わされると、「人間嘘発見器」となる。容疑者の鼓動の変化や呼吸の乱れ、発汗やアドレナリンなど興奮物質の分泌の匂いから、二人は容疑者の嘘を感じ、見抜くのだ。

こんなメンバーを率いるキャップ・百合根はまとめ役であるが、彼等から教わることが非常に多いといつも感じている。ちょっと控え目なキャリアである。STメンバーはあくまで研究員だから、自ら捜査する権限はない。そこで、事件に携わる刑事達との連結ピンの役割を果たす刑事が配される。菊川吾郎・警視庁捜査一課刑事で、ノンキャリアの警視だ。このSTメンバーが事件に関わり、次々にその論理的分析力・特殊能力を活かして、事件解決の糸口を発見、捜査への示唆を提示していく。彼等の出した結論・意見を、百合根と菊川が事件を担当する刑事達の思考枠に合うように、時には翻案説明する場面も出てくる。

さて、この第11作の舞台は福岡県の沖ノ島である。港湾工事中の事故で一人死亡。その事故調査に福岡県警本部から、STへの協力要請があり、福岡に調査に赴くよう指示が出る。古代から続く因習を持つ地域で、どれだけどういう風に科学のメスが入れられるか、というのがこの事件のいわばテーマといえる。

沖ノ島での工事でその日の撤収作業中に、遺体が海で発見される。しかし、事故現場は島全体がご神体として扱われる地域なのだ。沖ノ島の沖津宮の神社は、宗像大社の神域になり、現場検証にも神社の社務所の許可が必要で、地元の警察も迂闊に捜査権を振り回せないという。STが現地福岡に着いても、未だ捜査員が島に行けない状態のままだったのだ。

この沖ノ島には古来から厳しい風習が継承されてきている。『御言わず様』と呼ばれる、島で見聞きしたことは、決して外で話をしてはいけないという掟。沖ノ島からは草木の一本たりとも持ち出してはいけないという掟。島には宗像大社の神官以外は基本的に上陸できないという。特に女人禁制である。これら厳しい宗教的タブーの存在。法律ができる以前から、その地域で生きる人々が生活の知恵として守ってきた風習なのだろう。地元の警察ですらとまどう状況の中で、科学の立場で臨むSTに何ができるのか。

沖ノ島の港湾工事は宗像大社の発注で、地元のゼネコン『下山建設』が請負い、実際の仕事は『芦川土木』が下請けとして実施している。事故の通報者は、この芦川土木の社長で地元の人。遺体発見者は臨時雇いの作業員・笹井。彼も地元の人間で親は漁師であり、沖ノ島の信仰を敬っている。死亡したのは同様に臨時に契約した4人のダイバーの一人だった。STメンバーは捜査会議に出席する一方で、現場に行けないため、まず出来る聞き込み捜査に立ち会うことから事件に一歩踏み込んでいく。『下山建設』の広報部には、福岡県警のOBが居る。この死亡事故はゼネコンの自社とは無関係なのだという立場を主張する。そしてOBの存在がなにがしか地元の警察官に隠然と影響を及ぼしている面が見え隠れする。

信仰の一部としての風習を重んじる地元の人々の中で、東京から応援にきて、科学に立脚して自らの分析・判断で論理的推理を行おうとするSTが、どのように現状打開の一歩を踏み出していけるか、というところがこの事件のおもしろみといえる。
根深い信仰と因習に対し捜査権限を迂闊に振り回せない地元警察の立場。沖ノ島の古来からの風習・神の祟りを恐れる人々に対する聞き込み。風評を恐れ協力を拒むゼネコンの広報部・・・・神対科学、風習対法律、現役警察官対警察官OB、福岡県警対警視庁STという様々な対立項。STは神・風習、地元警察官の思考枠とどのように戦えるのか?
祭祀が行われる沖ノ島という場所の神域とはどこまでなのか、どこに一線を引けるのか?
単なる事故か、それとも殺人事件なのか・・・・・

赤城が遺体解剖を引き受け他殺と判定する。聞き込み捜査に立ち会った結城・黒崎の「人間嘘発見器」のペアが嘘の発言を見抜き、青山が神域の解釈論を打ち出していく。僧籍を持つ山吹が宗教という観点から状況分析し、青山の推理・洞察と同じ頂点に辿りつめていく。この事件も、一見ばらばらな個性を持つ人間の集まり、まとめようがないかに見えるSTが、その持ち味をうまくかみ合わせていくことになる。この展開が実に楽しい。

今回の事件は、山に取り付くまでの行程が緩やかで長く、STの本格的な推理によって最後の頂上までの急勾配を一気に登って行くという感じの展開である。読み終えてしまえば、わりと単純な事件なのだが・・・・


このシリーズ、発行順に読んできた訳ではなかったが、新書版が出版された順に並べるとつぎの一覧になる。今は文庫版もかなり出ている。わりと楽しみながら気軽に読めるシリーズだ。

1998/03 ST警視庁科学特捜班
1999/09 ST 毒物殺人
2000/12 ST 黒いモスクワ
2003/02 ST 青の調査ファイル
2003/07 ST 赤の調査ファイル
2004/01 ST 黄の調査ファイル
2005/01 ST 緑の調査ファイル
2005/08 ST 黒の調査ファイル
2006/07 ST 為朝伝説殺人ファイル
2007/12 ST 桃太郎伝説殺人ファイル


関心事を少し、ネット検索してみた。

宗像大社のホームページ

宗像大社 :ウィキペディアから

宗像大社と沖ノ島 :承福禅寺のサイトの1ページとして

年に一日しか立ち入りできない島:宗像大社沖津宮現地大祭前夜
 :個人ブログ「しゅんでる!」から

沖津宮現地大祭 :和田義男氏のフォトギャラリーから


科学警察研究所

科学捜査研究所の活動 (京都府警察の事例)

科学警察研究所 :ウィキペディアから

科学捜査研究所 :ウィキペディアから

科学捜査研究所研究員(法医、化学) 教養考査の例題


嘘発見器 :ウィキペディアから

死刑・冤罪・嘘発見器  :個人ブログ「nandoブログ」から

亀梨和也と赤西仁、嘘発見機 :YouTube動画

polygraph : WIKIPEDIA から

博多ラーメン  :ウィキペディアから

福岡ラーメンランキング :トクナビから

福岡らーめん紀行 :「九州らーめん紀行」のサイトから


ご一読ありがとうございます。