個人的のみならず太陽電池業界全体が師と仰ぐ方の著作を拝読する機会があった。某国を対象にエネルギー多様化、特に太陽光発電普及の普遍則を見出そうととする野心作である。当該国は州毎にポリシーも経済力も人口構成も自然条件も大いに異なり連邦国家のような様相を呈している。社会体制を含めて太陽電池普及のあるいは阻害要因を丹念に分析し、統一則のようなものを見出そうとしている。日本の場合は北海道と九州といっても未利用地(土地代)と日射量に多少の差があっても全体としては単一化された(普及の)環境である。国内で比較論は成り立たない。普及の原動力ははポリシーであった。決してドイツとの比較論で選択した結果ではない。
以前師から、国として環境対策に乗り出す条件はGDPその他要因に閾値があり、こういう条件をクリア―したらエネルギー確保から環境対策に目が向けられるようになると言われたことがある。同じような手法だろうか、太陽電池関連普及に関する要因をこれでもかと抽出し、州差の中の共通項を見出す。分析資料の大本は公開されたエクセルデータであろうが、これを図やフラフに置き換える作業だけでも膨大である。因数(要因)分解し、雑多な現象の中で因数を見つけ出すだけでも大変だが、結果これらを組み合わせて数式化(統一理論)する作業の途上のようにも見える。しかも高齢でありながらたった一人の作業である。
以前何かで読んだが、人間には分析型と統合型があるという、師は徹底的に前者で事実の中から真実を見つける作業をしている。行き着くべくもない先は深くて広い底なし沼のような世界である。較べるのは烏滸がましいが、私の場合は数少ない事実を統合してなんとか目的を得ようとするやり方である。明らかに労力の差があり私の方はいい加減である。何故追求の仕方が異なるか、それは能力の差であり如何ともし難い。太陽電池普及の普遍則が見つかれば業界にとっては宇宙の大統一理論の完成と同じである。しかし、高齢すぁることを考えるとこれから後は次代の人達が考えろよと言っているような気もする。パソコンの前で格闘している姿を想像すると、もう少しいい加減に生きても良いのではと思うが業界分析官が変わることはないだろう。