夏休みに入ったが子供の減ったい我が年老いた街は静かそのものである。ここに住んで30年近くになるがどんどん静かになって行く。夏休みに入ると、公園や庭の木々に蝉がやって来て鳴き競う声を聞くと、ああ夏休みに入ったと感じたものだった。今ではその木々が立派に枝葉を伸ばし、いっぱしの木となっているが蝉はやって来ない。昔は周りに田んぼも残っており、蝉やトンボが育つ環境があったが 今では殆ど住宅地になっている。それでも少し離れると木が茂った小山や田んぼもあるのだが蝉はやって来ない。
子供の頃は瀬戸内海から丘一つ隔てた田舎で育ったから自然が遊び相手だった。夏休みは何と言っても蝉とりである。蝉の王様はクマゼミで、その鳴き声から「シャッシャ」と呼んでいた。どう聞いてもシャッシャッシャ、シャアシャッシャと聞こえた。これは枝の高いところに止まるので中々捕まらず貴重だった。アブラゼミは「ガンガラ」と呼ぶ。これも鳴き声が「ガンガラ、ガンガラ」と聞こえた。夏休み終盤ではホーインツク、ホーインツクと鳴くので「ホーインツク」と呼んでいたツクツクボウシを捕まえる。クマゼミの小型のようで透明な翅を持つ。蝉を捕まえると言っても網などという高級なものは存在しない。竹竿の先に針金を丸くしたものを取り付ける。ここに黒と黄色の模様のある蜘蛛の巣をクルクルと巻き取る。粘り気がある蜘蛛の巣の見分け方はガキ大将直伝である。これを蝉にそっと被せる。蝉が蜘蛛の巣にくっつく。これもガキ大将譲りの歯抜けになった竹ひごでできた虫かごに入れて持ちかえる。母親に見せると「お前が一人でとったんか」と少しビックリして少し喜ぶ。小学校に上がる前後の思い出である。
夏と蝉はセットである。今はこんな思い出を語る相手など居ない。本邦初公開である。