太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

残念なV字隊飛行

2015-09-30 09:28:49 | 仕事に関すること

関西の名門(?)会社が経営難に陥って久しい。事の始まりは過剰設備投資によるものだが、何処かの教授のようにその会社を辞めてからあの時はどうだったとか批判するつもりは全く無いし、その資格も無い。寧ろ初めて勤めた会社であり太陽電池を教わったという恩義が先立つ。それだけに残念、他社の二の舞にならずブランドだけは残して欲しいとも思う。最初に危惧を抱いたのは太陽電池業界の説明のため経済産業省を訪問したとき、偶然本省の狭い廊下で当時の会長に出くわした。過剰設備投資の頃で辣腕経営者としてマスコミにも度々顔を出していた。何かの陳情に来られたと思うが、会長とは業界の会合で顔見知りであったため会釈をしてかわそうとしたとき、会長も軽く会釈されたが、会長の後にはおつきの方と思われる人が6~7人従って怪訝そうな顔でこちらを見て堂々と廊下の幅一杯に過ぎて行った。こちらは名もなき3~4人で大名行列の威光に触れたかのように側壁へ避けた。同じ頃だったかも知れない。成田空港の幅広い連絡通路を向かいから雁や白鳥のV字飛行のような隊形で進んでくる一段と出会った。先頭は顔は知っている本省の部長で手ぶらで正々堂々と胸を張って歩いて来る。その後ろには10人くらいの黒づくめの部下達。避けてやり過ごした後、その部下の一人が私を追いかけ戻って来た。顔見知りの課長が誇らしげに「これからCOP交渉のための出張です。」と言ってまたV字隊に戻って行った。こちらは訳の分からん途上国に一人で出張、部下もおらずちょと恥ずかしい気もしたが・・・。先の会社はそれから間もなく窮地に陥った。この間その会社の社員達と話をする機会も多く有ったが一様に「誰が部長、常務、専務になった。」とかやたら上部や周りの人事を気にする、会合などで上司と同席する者は議論よりやたら上司を気にする。担当だけの時はちょっとした意思決定でも上司と相談するという(自分の意見が正しいと思えば体張ってでも会社は説得するという意気込みはない)。「上の言う事」を相当気にする会社の体質があるように思った。設備投資の決断も同様だったろう。後の部長も将来の事務次官候補と目された俊才の誉れが高かった人物である。(後一歩まで迫ったが結局はなれなかった。)V字隊飛行の先頭は大変である。孔子の言葉に、

『君子に三畏あり、天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る』ここでおそれは恐れではなく畏敬の意味。また、「天命」には「宇宙の大法則」と言う意味があるようです。宇宙の大法則は後に移った会社のカリスマ経営者に散々説かれました。

『君子は泰(ゆた)かにして驕らず、小人は驕りて泰(ゆた)かならず』というのがあります。

「トップ」という誇りは大事です。その誇りを裏付けする実績も残し、能力もあったのでしょう。しかし誇りが態度や言葉に表されたとき、時として傲慢に映る時があります。カリスマには「上に行くほど謙虚であれ」とも教えられた。中々実践は難しいものです。

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原発廃炉と太陽光発電

2015-09-29 08:39:09 | 仕事に関すること

現在はバリバリ原発推進、アンチ再エネと思われる新聞を購読している。今朝は少し変わった社説を掲載した。内容は原発交付金について「交付金の無くなる廃炉を予定している自治体へ地域振興のための支援を・・・・・太陽光や高効率火力の誘致に繋がるかも知れない。」というものだ。従来なら廃炉の促進はどのような理由であれ反原発に繋がると危惧していた領域だ。ましてやそのツールとして太陽光誘致などあり得なかった。もし、そのような政策が取られれば一石二鳥にも三鳥にもなりうる。

①廃炉が決まっている福島第一原発では太陽光設置も含めて送電線の有効利用が検討されていると聞く。事故は悲劇だが大消費地に直接電気が送れる送電インフラが有効利用できれば出力抑制(地発地消による)は軽減(あるいは回避)できる。

②批判も多いFITだけに再エネ普及を賭けることから第二の方策ができることのなる。FIT前の補助金と似るが補助の目的が異なる。現在のFIT潰しの結果は日本から太陽光発電産業を本当に消滅させ、再エネ自体の拡大も頓挫する。事業継続にはあらゆる政策動員が望まれる。

③発電地点と大消費地を結ぶ送電インフラの有効利用は太陽光に限らずあらゆる電源にとって意味がある(JPEAビジョン参照)。

原発か再エネかという二者択一論(太陽光発電産業を担うものがそのような主張をしたことは過去も無い)が決着付かない(どちらにも長所短所がありその突き合いになる)ことは明らかである。しかし現実的な対応として廃炉が避けられないことも明らかになった今立地自治体への支援継続策、送電インフラの有効利用、FITに次ぐ再エネ普及策の一つ、何より太陽光発電産業が意気消沈する前に手を打たないと2050年には相変わらずエネルギー輸入国になる可能性極めて大。

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格闘技

2015-09-28 08:21:49 | 日記

少し政治的小ネタが続いたので今日は軽い、何の役にも立たない話題。昨日千秋楽で鶴竜が優勝した。白鵬が居なくとも相変わらずモンゴル勢ばかりが目立つ。モンゴルには2種類の体型があるように思う。一つは180を超える大柄で太っている人、他は日本人かそれよりやや小柄な者。現地で聞いたら大柄はロシア系で北方、小柄はチベット系で南方から来たという。ルーツを調べたわけではないが頷ける(最近のウランバートルでは原宿と変わらないファッションや日本人より足長の娘さんも多く見かけるが)。昔、北京空港でウランバートル行きを待っていた時、ロビーで車座になってウォッカをあおっている連中に出くわした事がある。大柄なモンゴル人である。運悪く私の両脇の座席となった。離陸するなり両方から肩に手を回し「ヘイブラザー」と酒臭い息で何度も声を掛けて来る。後の言葉は意味不明。時々フラフラで立ち上がり徘徊する。同じ頃、南太平洋諸国を回った時、現地の人から「最近は若い人は酒の味を覚えて、遠洋漁業の出稼ぎの金で昼間から酔っ払い、困ったものです。でも彼らが悪いんではないのです。今まで出来なかったことが出来るようになりその善悪は分からないのです。」と聞いたことがあり、この人達もかっては飲めなかったウォッカに溺れているのだと思いながらもスチュワーデスに頼んで席を変えて貰った。それから25年くらい経つがモンゴル人の相撲での活躍は彼らの肉体的強靭さだけではなく「日本に溶け込む」努力の賜物であろう。特に伝統を重んじる相撲界で言葉を覚え、しきたりを覚え、慣れない食事にと若い頃から修練した結果であろう。相撲界はモンゴルを含め外人が目立つ。違和感なく応援できるのはその背後にある彼らの苦労と努力が垣間見えるからであろう。その内にサッカー選手のような偽物金髪ではなく欧米出身の本物の金髪の力士が現れたら「大銀杏」は本当に美しいだろう。その時は相撲協会は自毛を黒に染めろとは言わないように。相撲も好きだが一番はボクシングである。昨日は世界戦もあり朝から楽しみにしていた。父親が好きで良くTVで見ていた影響かもしれない。大人になってからは数々のスポーツ番組が現れたがボクシングの醍醐味は若い彼らが人生も命までも賭けて戦っていることである。ゴルフや野球では人生は賭けても命までもは賭けない。昔はハングリー精神で支えられている一発逆転選手も多かったが最近は科学的に鍛えられた選手も多い。それでも命の危険に曝されていることに変わりは無い。この必死さが胸を打つ。未だにその結果で落胆したり勇気を貰ったりするのはボクシングだけである。

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いつの間にか第2ステージへ

2015-09-25 10:11:51 | 社会観察

安保法案も成立し、いつの間にかアベノミクスは第2ステージへ向かうという。最近はインフレターゲットが何処に行ったのかマスコミも触れないし、株価の上昇をその成果と謳った評論家諸氏も口を噤んでいる。もっとも株価が実態経済や政策の成果と言うにはあまりに他の要因で乱高下しているのは明らか。津々浦々に恩恵を行き渡らそうとしているのかも知れないが年金頼りの生活に(天引きまでされて)成果らしきものは見えない。昔開発を担当していた少々ズル賢い男が月々の発表の度にA3用紙目一杯に新しい計画表を描いて発表していた。毎回新規制もあり見事な計画で上司の受けもよかった。ある日私が「確かにこの計画は見栄えは良いが先月挙げたテーマの計画→は何処に行ったのか?毎回テーマを更新したのでは成果や進捗を見ることができない。」と言ってからその男とは口も利かなくなった。ステージは過去の総括を経て初めて次に進むべきでは。多分そのうち第3第4ステージが出てくる。それは娘が子供の頃習字を習っていて級を超えて初段になった喜びを報告しに来た時「ところで段は何段まであるのか」と聞くと娘は暫く困って「何処までも」と小声でつぶやいた。」素直に段(ステージ)が変わったことを喜ばない性格は今も変わらない。今度はGDP600兆円が目標の一つになっている。受け売りで申し訳ないが、マイケル・サンデルが著書の中で紹介しているロバート・F・ケネディ(JFKの弟で彼も暗殺された)の演説文。

「物質的欠乏をなくするために行動するにしても、より大きな課題がある。それは満足の欠乏との闘いだ・・・・我々はみなそのためにに苦しんでいる。」これは昔カリスマ経営者が社員に仏教の教えを説いたとき「足るを知る」としていたものと同じ。さらにロバート・F・ケネディは「アメリカのGNPはいまや年間8000億ドルを超えている。だがその内訳は大気汚染・・・玄関ドアの特性の錠・・・それを破る人が入る監獄・・・ナパーム弾核弾頭・・・都市暴動で警察が使う装甲車・・・も含まれる。・・・・・GNPでは教育の質・・・子供の健康・・・・詩の美しさ・・・市民の論争の知性・・・公務員の品位・・・は含まれない。我々の機知も勇気も、知恵も学識も、国への献身も評価されない。要するに、GNPが評価するのは生き甲斐のある人生をつくるもの以外の全てだ。そしてGNPはアメリカのすべてを我々に教えるが、アメリカ人であることを誇りに思う理由だけは教えてくれない。」と。サンデル教授の著書ではアリストテレスの言葉を引用し、「国家の目的は相互防衛のために同盟を結ぶことでも・・・貿易を容易にすることでも、経済交流を促進することでもない。アリストテレスにとって政治はもっと高い目標のためにある。善く生きる術を学ぶためにあるのだ。政治の目的は、まさに、人々が人間に特有の能力と美徳を養えるようにすることだ。共通善について熟慮、実践的判断力を身につけ、自治に参加し、コミュニティ全体の運命に関心を持てるようにすることだ。」と。

私だけかも知れないが一国のリーダーはもっと理想家でロマンチストで哲学的に未来を語って良いと思う。具体的目標は大臣や経済界代表が掲げれば良いとさえ思う。

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VWまでも?

2015-09-24 08:39:48 | 社会観察

報道によればVWが排ガス規制をクリアーするための試験対策ソフトを搭載していた。あの信頼が謳いのドイツ車である。排ガス規制の認証は「型式試験」なのだろうか。試験の時だけ動作するソフトのようで、認証試験法を知っていればそういう事も可能なのだろうか。ソフト開発技術もある意味凄いと思うが、CEOは事実を知らなかったが引責辞任するという。かって太陽光発電用の連系インバータの認証試験(この場合は型式試験)で認証品と異なる製品を出荷するということが起こった。この時は認証試験品より改良された部品を使ったものであり、良かれと思ったとの事だが違反は違反である。その試験所の責任者は激怒し当該(大手)メーカーを試験から排除したいという相談があったが、行政処分で出来ること、やる範囲を決めることは結構難しく、排除は関係機関とよく相談し慎重にやらない大事になる、とアドバイスしたことがある。その後の対応は知らないが、出荷量も少なくその(大手)メーカーは市場回収と新たに試験を受けて大事には至らなかった。型式認定の場合、生産ラインには定期(あるいは不定期)にチェックが入るが、特殊条件下でのソフトの起動までチェックするのは試験方法から見直さなければ(同じ試験ならパスしてしまう)ならないだろう。。「不正ソフトの開発」をVWともあろう会社が目指していたとは思わないが、多分最初は試験をクリアーする開発のみに執心し、試験と実走行の誤差に目をつぶっていたのではないかと思う。例えば燃費試験や家電の消費電力試験でも実運転との違いは消費者もある程度は諦めている。しかし、CEOが知らなかったと言っても結果は誤差の範囲ではなく責任は免れない。数字からそれなりの報酬も得ていたはずである。知らなかったで責任が免れる立場ではない。開発は一人の悪意からできるものではない。根底にあるのは「儲け」に拘る会社としての姿勢であり、それを良しとする社会である。儲けを否定するわけでは無いが、結果(数字)が全てである問題は最近の東芝問題でもあり遡れば枚挙にいとまない。今後も起こると思う。多くの有名企業あるいは経営者が陥る「蟻地獄」である。全ての会社、経営者に道徳、倫理、正義を求めること自体に無理があるならせめて取り返しのつかないくらいの結果責任を負わせるべきである。「臆病」でビビリの経営では急成長は期待できないかも知れないが、かって「社長に最もなりたくない男を社長にすべき」という名言を聴いたことがある。行き過ぎた社会(会社)には時々お灸も必要である。

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