太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

天と地ほどの違いが

2021-06-30 07:14:17 | 日記
 大谷選手の活躍(ダルビッシュもだが)でMLBがTV放映される機会が増えた。見ていて感心するのは内野守備の上手さである。捕球も鮮やかだがファーストへの送球の速さには目を見張る。日本のプロ野球ではあまり感じたことがない。無理な態勢で捕球し遠投になるときも凄い。Hモト氏(いつもブログに登場願う橋下氏ではない)なら、あれくらいプロなら当たり前ですよときっと言うのだろうが。それからピッチャーは極端に言うとストライクを投げようとしていない。ボールになるギリギリを何時も狙っているようだ。子供の頃の草野球では如何にストライクを入れるかだったがMLBと比べるのも変な話だが天と地ほどの差である。
 高齢になると行動範囲が限られて自ずと実体験は減ってくる。特に人との関係は極端に少なくなる。敢えて人間関係を整理して行こうという気持ちもあるのだが。外界からの刺激といえばTV,新聞、ネット、読書くらいだろうか。日常生活で経験できない最たるものは読書だろう。B級読書を絶やすことはないが多くはこれで良く出版まで漕ぎつけたなという類だ。しかし中には凡そ自分ではこんな表現はできないだろうという秀作に出くわすことがある。精巧に作られた折り紙細工のように重層的で解きほぐしても中々元の形、どういう考え、思いからこの文章に辿り着けるのか分からない。自身のブログ文章は喩えれば折られていない元の平たい1枚の紙片のようなものである。草野球とMLBくらいの差がある。・・・「内部と外部の二元論が超えられなければばらないんだ。地上と天上、現実と観念、物質と精神。どれも内部と外部の変奏にすぎない。難しいのは超越だろうね。超越という言葉は、キリスト教が支配的なところでは天上、観念、精神などに関係するものとして用いられてきた。しかし違う。超越とは離脱で、簡単にいえば外に出ることだ。外に出るとは、内部と外部の二項対立の世界の外に出ることなんだ。倫理的にいえば内部は悪、外部は善の世界になる。地上は悪の世界で、善の世界は天上にあるという具合だね。」・・・オカルト宗教を扱った本ではない。ミステリー小説の会話である。こういう文章を読むと自身の稚拙さに茫然とせざるを得ない。どうあがいても物書きなどにはなれない。少しだけボキャブラリーは増えていっているような気はするが。

いきなり来るか

2021-06-29 08:30:57 | 日記
 朝一新聞を読みながらTVを点けたら1回表いきなり大谷選手のホームランである。両リーグ通じてトップタイの26号、もうこれで1日の始まりはハッピーである。本当はネット記事に苦言を呈するところだったが冒頭は誰もが喜べることにした。さて記事の方だが、「揣摩臆測」という熟語があった。小池知事の国政復帰に関しての菅総理との関係を書いたものである。「しま-おくそく」と読む。意味は根拠もないのに、自分だけで勝手に推測すること。一体何人がこれを読み意味をを知っているのだろうか。記者は余程の知的レベルの高い方か単に俺はこんな難しい表現ができるぞとアッピールしているのか。難しく馴染みの無い表現をする記事はよくあるが、通っている市民講座の講師の方々でとんでもない専門用語を駆使して講演する人も居る。彼らは読者や聴講生のレベルをどう見ているのだろうか。本当のプロなら難しいことを誰にも分かり易く説明出来るはずだが。最近の記事の読み方は、ちょっとイラッとした時は大谷選手の活躍記事を探し読む。梅雨なのに一陣の爽やかな初夏の風が吹き抜ける。特に敵からの賛辞や驚嘆のコメントはついこちらも嬉しくなってしまう。
 今年は大谷選手に何度慰藉されたことだろうか。おっとこれは「いしゃ」と読む。なぐさめいたわることである。慰謝料の慰謝と同じ意味である。隠していてもついレベルが出てしまった。それにしても元都知事連中は自分の過去は棚に上げてよく小池知事を批判できるものだ。こういうのを言行相反と言うのだろう。嫉妬からくるものだろうがもう一度出て名誉挽回でもしたらどうだろう。しかしムッとくる記事があってこそ一層光る大谷選手の活躍である。日本のプロ野球はしかたないにしてもオリンピックまで霞むのはどうか。兎に角今国民は明るいニュースを探し求めている。

自慢の息子

2021-06-28 07:39:56 | 日記
 親御さんにとっては残念無念の一言だろう。経産省のキャリア官僚二人がコロナ対策給付金詐欺で逮捕された。まだ20代の若者である。親にとっても自慢の息子、親族一同の誉でもあったに違いない。キャリア官僚という華々しいスタートを切って即石にけ躓いて人生のスタートに失敗している。コロナで苦労している下級民にとっては怒り爆発といったところか。ただ彼らが果たして犯罪の意識をどれほど持っていたかは疑問である。制度を熟知している彼らにとっては搾取はゲーム感覚の攻略対象だったのではないだろうか。今になって大後悔しているだろうが事実をDeleteすることはできない。大いに反省し違う道で人生をやり直す時間は多分あるだろう。しかし親御さんには近所の汚名挽回の機会は無いだろうが。現役の頃経産省の若手キャリア官僚に合う機会は多くあった。優秀だけどこの人の感覚は庶民と全く違う、超権威主義と感じる人は居た。最大出世して部長まで。その上に行く人は話を良く聞いてくれるバランスがとれた人だったように思う。
 昨日は市民講座の日であり、テーマは「東アジアの戦略性」~日本の進路と役割~であった。講師は若手の有名私大教授で著書も多く、経歴も華々しい人だった。田舎の高齢者にとってはこんなに大きなテーマは不釣り合いと思っていたがこれが中々面白かった。何より講師は2時間、手元原稿も見ず上手く筋立てられたスライド資料を一気に、息つく暇もないほど流暢に説明する。迫力すら感じる。こういう先生なら学生も飽きることはないだろう。内容は軍事的、経済的に力をつけてきた中国、GDPでアメリカを抜き世界一になる予測もありそこに米中の摩擦が生じる。日本も含めたアジア諸国がその争いに巻き込まれていく現状である。バイデン大統領の対中政策はトランプ氏より遥かに厳しいものになるという。トランプ氏はビジネスマンであり、対中国に関してはアメリカのみならず日本も中国とのビジネス関係では簡単に切れない。バイデン大統領はそこに経済安保という概念を持ち込み軍事、経済を絡めた戦略を打ち立てている。ビジネスファーストではないのだ。米中の狭間で日本が取るべき進路を示唆しながら、中国とどう向き合って行くべきかを暗示する講演であった。どちらかに与するといった極論の選択肢はないようだ。
 さて大きなテーマで勉強にはなったが実生活にどう生かされるか。実行動に生かされなければ勉強も自己満足に終わる。太陽電池の原材料であるポリシリコンが新疆の強制労働で生産(ユニクロも話題になった)されているとの話もある。中国が太陽電池で世界を席巻したのは当時から圧倒的に安いポリシリコンのおかげという噂はあった。今になって種あかしをされてもという感はある。昔の話だが新疆ウィグル自治区のベンチャー企業と太陽電池システムの製造販売の合弁会社をつくるという話があった。交渉役として何度も出掛けた。当時は中国全体の太陽電池産業はまだ未成熟であり現在世界No1の姿など想像もできなかった。一番の難問はベンチャー企業の株主が錯綜しており地方政府も株主であった。先ずは株主の整理統合をお願いしたが地方政府は北京政府にお伺いを立てないと株主変更はできないと強硬だった。それでも最後は株主の数も減り何とか合弁できると思ったがこちらのオーナーが痺れをきらし結局は新会社設立とはならなかった。当時中国では国有企業が民間に払い下げられ優遇措置もあり急速に力をつけて行く例は沢山あった。今回の講義が昔聴けていたらもう少し中国の現状を理解して交渉に臨んだろうが大所高所の考え方など微塵もなく考え方も狭かったように思う。勉強は役に立つ間にしておくものである。

 

地味五輪

2021-06-27 07:54:59 | 社会観察
 オリンピック開催まで1か月を切った。コロナの収束が見えない中言わば強行開催の形だがマスコミの戸惑いが見られる。陸上の日本選手権が行われておりオリンピック出場の内定が進められているが新聞の扱いは抑制的というか地味である。これといった快記録もなくヒーロー扱いする選手がいないのも理由かも知れないが少なくとも今の時期はプロ野球よりもオリンピックだろう。誰かのバンドの写真の方が扱いが大きいなんてあり得ない。そこには明らかにマスコミの遠慮や迷いが感じられる。オリンピックが始まるとマスコミは掌返しで礼賛すると揶揄されているのを気にしているのだろうか。流石に1ヵ月を切ると豹変が見栄見えとなる。1年前からなら蛇の寝返りのように気づき難いがそれも無理である。
 選手に責任は無いが国体ほども盛り上がらないオリンピックというものがどんなものか、別の意味で興味がある。先進国がオリンピックを国威発揚とか経済発展の契機にする時代は終わったと思う。商業主義に毒されるより、いっそ今後は開催地を新興国あるいは開発途上国に限定したらどうだろう。先進国はこぞってそれを支援する。人生の最終段階においてまさかこんな時代が来るなんて想像もしていなかった。初めてのことばかりで対処も分からない。この経験を生かす機会は多分時間的にはないだろう。せめて進行形ではなく思い出になることくらいが望みである。夏はすぐそこに来ている。季節は何も待たない。

10年戦争?

2021-06-26 08:11:43 | 日記
 悲観的未来は予測するものではないがこのところ怪しい。気になるニュースはコロナが一旦収束するかに見えた国、イスラエルやイギリスで再拡大しているとのこと。特にイスラエルではワクチン接種が国民の過半数を占め最大で1日1万人を超えていた感染者数は一桁まで落ちていた。これは集団免疫かと思われたのだが変異ウィルスによるものだとのこと。従来のワクチンが効きにくい変異ウィルスが出て来ても不思議ではない。変異とワクチン開発のいたちごっこは世界を見ればあり得ないことではない。下手するとこの戦いは10年戦争になるのではないだろうか。もし10年続くと文明そのものが変わってしまう。元の生活すら記憶から消えて行く。
 出勤の満員電車は週一、4日は在宅勤務、学校は対面授業はなくなり大学などはネット授業で定員自体がなくなる。東大など人気講座は何十万人が授業を受ける。在宅が増えると生活用品にも変化が起こる。住宅は半導体工場のようなクリーンルームが普及し。金属イオンで抗菌作用がある銀、銅、亜鉛、コバルト、ニッケル、チタンなどは塗料としてふんだんに使われる。勿論冷蔵庫は殺菌室は必須。マスクなども抗菌殺菌力の強い素材が使われる。こうして人間はウィルスに対して万全の対策をした生活スタイルとなる。ところが全て防げばよいというものではない。あらゆるウィルスに曝されてこそ獲得される抗体が体内にできない。完全にウィルスをシャットアウトできなければ風邪のウィルスさえ命取りになる。エイリアンが地球に攻めてきてあらゆる近代兵器で敵わなかったものが地上に常在しているウィルスに冒されて全滅するというSFはよくある。我々がエイリアン化してしまう危険性も無きにしもあらずである。
 1年後に馬鹿な事をブログに書いてしまったと笑えればよいのだが。それよりもオリンピックが杞憂に終われば良いのだが。対義語は気楽か、残念ながらそう思えるネタが無い。