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第1,136話 謝罪は何のためにするのか

2022年10月05日 | コミュニケーション

「到着が遅れましたこと、誠に申し訳ございません」

電車が遅延した際、車掌からのお詫びが放送されることがあります。最近では、複数の電鉄会社の路線が相互乗り入れするようになった結果、便利になった反面で遅延も以前と比べ頻繁に起きるようになってしまっています。そのため、冒頭のお詫びの言葉も日常的に聞いているような印象があります。しかし、遅延の原因が必ずしもその電鉄会社にあるわけではない場合も少なくないことが影響しているのか、お詫びの言葉やトーンはときにマニュアル的であり、あまり申し訳なさそうに聞こえないと感じることもあります。

また、企業が不祥事を起こした際に、報道などで経営陣が一斉に頭を下げている様子を見ることもありますが、謝罪の気持ちがあまり伝わらないことがあるだけでなく、その後も同じような不祥事が繰り返されてしまうこともあります。

このような例を見ると、ややうがった見方かもしれませんが、とりあえず事態を収めるために形式的に謝まっているのではないかと感じることさえあります。

謝罪の言葉は、仕事のみならず私たちが日常生活をしている中で、こちらに非がある場合に相手に申し訳ないという気持ちを伝えるものです。しかし、この申し訳ないという気持ちを伝えても状況が改善されないことがあったりすると、謝罪する意味がないのではないかと感じるようなこともあると思います。

そのようなことを考えていたところ、「折々のことば」(朝日新聞10月3日)で、鷲田清一さんが三木那由他さんの言葉を紹介している記事を見て、謝罪についての整理ができたように感じました。

「謝って解決するのではない。むしろ、謝罪は新しい始まりなのだ。」 三木那由他

「謝罪の言葉を口にすることで事が終わるのでも禊(みそぎ)がすむのでもない。その言葉がどこまで真摯なものかが問題だ。が、それが真摯なものかどうかは誰も確かめようがない。言葉が心を映すものだと考えるかぎりは。謝罪はむしろ、この悔いを前提にふるまうことを個人の指針とするのではなく、それを他者と『約束』することなのだ・・・」

私はこれまで簡単に他者に土下座をしたり、すぐに謝ったりする人を見たことがあります。しかし、その後もその人が同様のことを繰り返すのを見て、その謝罪自体が非常に軽いものと感じ、不信感さえ持ちました。記事を読んで感じたのは、その人の謝罪はまさに他者との約束を見据えたものではなく、一方的であり一時的なものであったのだということです。本当に謝罪しようとするのであれば、未来に向けての約束を守る必要があったということです。

仕事に限らず、私たちが日常生活をしている上では、謝罪したりされたりすることはあり得るわけですが、その気持ちや姿勢をどのように相手に伝えるのか。少なくとも私自身は、将来に向けての約束を相手とする気持ちで謝罪をしたいと改めて考えた次第です。

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