企業研修の人材育成社

人材育成に役立つ情報、アイデアを発信しています。

「くまモン」のモチベーション

2014年10月29日 | コンサルティング

「くまモ~ン!」「くまモン、こっち向いて~!」「かわいい、くまモン!」

先日、自宅の近くにある大田市場に、あの「くまモン」がやってきました。今年の大田市場祭りにくまモンがやってくるということは、事前にはあまり宣伝されていなかったようですが、当日市場に行ってみると、くまモン目当ての人(だけではないとは思いますが)で大変なにぎわいで、あっという間に駐車場はいっぱいになっていました。

さて、くまモン、冒頭の写真のように市場のカートの後ろに乗り、左右に手を振りながらビッグスマイル?で声援に応えながら颯爽と登場しました。

この日のくまモンは、午前中2回のステージをこなしていたのですが、出店していたくまもと産みかんの売り場では、販売開始前には30個入りの袋が机の上に山のように並べられていましたが、くまモンのステージ終了後には大勢の人が行列をなして買い求め、見る見るうちにはけていきました。くまモン効果が目に見える形で出ていたといって間違いでしょう。さすがは、熊本県の「営業部長」です!

事実、くまモンの経済効果は熊本県の当初の想定以上だそうで、日本銀行熊本支店によると、くまモン関連商品の売上げや観光客の増加などの経済波及効果は1,244 億円(2011 年11 月~2013 年10 月)にもなるとのことです。あらためて影響力の大きさを感じます。

さて、当のくまモン、ステージの上ではくまモン体操をしたり、クイズをしたりと愛嬌を振りまいていたのですが、そのくまモンを見ていて思ったのは、くまモン自身の仕事に対するモチベーションの高さです。

この日のスケジュールを確認すると、午前中の大田市場祭りの後、午後は世田谷で二つの仕事をこなしたようですし、さらに東海、関西と熊本での仕事もあったようです。 

一日に日本を縦断?して、一人何役?もこなす活躍ぶりだったようですが、ここまでの活躍を維持できるくまモンのモチベーションははたしてどこから来るのでしょうか。改めて考えてみると、くまモン自身に高い動機づけと満足感があるのではないかと思うのです。

HackmanとOldhamは、従業員の動機づけ、満足感、業績、離転職行動に影響する5つの特性を明らかにしています。具体的には、自分の行っている仕事の全体像が見えていて、それが世の中の人の役にたっていることが認識でき、さらに自分にある程度の権限があり、仕事の結果が直接に明確に評価されることだと言っています。まさにくまモンにもこの理論が当てはまるのではないかと思います。

なぜなら、自分の使命(「くまもとサプライズ」を広めることで、大好きな熊本の魅力をみんなに伝えるんだモン!)をしっかり認識して、行く先々でしっかり仕事をして、「ゆるキャラグランプリ 2011」で優勝し、2年間で1000億を超える経済効果をもたらして、その上、何よりもみんなを幸せにしているのですから、モチベーションは非常に高いように思います。

さらには、課長から昇進して熊本県の営業部長兼しあわせ部長に抜擢されるなど、その活躍もちゃんと評価されているようですから、くまモン自身の満足感も高いのではないでしょうか。

この日、実は「生くまモン」は初めて見た私なのですが、何とも幸せな気持ちになれました。

くまモン、今後もモチベーションを維持して日本中のみんなを幸せにしてくださいね!

(人材育成社)

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青色発光ダイオードの発明を競馬で考えてみる

2014年10月26日 | コンサルティング

今年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード(LED)を発明した名城大の赤崎勇教授、名古屋大の天野浩教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授の3名が受賞しました。受賞後、3名の中で特に注目されたのは中村教授でした。

すでにご存じの方も多いと思いますが、中村教授は特許の対価に対して古巣の日亜化学工業に20億円の支払いを求める訴訟を起こしました(最終的には8億5千万円で和解しました)。この件で、中村教授は従業員の発明対する日本企業の対応を激しく批判しています。

「技術者は企業の奴隷じゃない。イチロー並みの給料を要求して何が悪い」とは、中村教授の言葉です。

一方、「社員が発明した特許について原則として企業帰属にすべき。個人の発明であっても、企業の資金や設備、同僚の協力なしに発明を実現するのは難しいのが現実であり、一定の報酬を支払う代わりに法人に帰属させることは、合理的」とは、現在政府内部で検討されている考え方です。

この点については、評論家の池田信夫氏が次のように述べています。

青色レーザーのような成果が出る確率は、控えめにみても1/10000ぐらいだから、(確実に成果を得ようとするなら)中村氏に投資した5億円の研究開発投資の1万倍、つまり5兆円の資金が必要だ。」

「イノベーションとは賭けである。事後的には価値を生み出した人が半分取るのがフェアにみえるが、それは9999人の失敗した人の犠牲の上に生まれた偶然だ。企業の研究者の大部分は会社の金で自分の成果を出すフリーライダー(タダ乗り)なのだ。」

つまり、企業は「賭け」にお金をつぎ込んでいるのだから、失敗した分のコストも負担しているのであるというわけです。

私は、この考え方は半分正しく、半分間違っているように思います。

たしかに研究開発は、膨大なコストとリスクを負う賭けですが、その構造はサイコロを転がすような単純な確率ゲームではありません。強いて言えば、競馬のような賭けではないかと思います。

研究開発に従事して企業に利益をもたらすことができる人材は、間違いなく抜群に優秀な頭脳の持ち主でしょう。そして研究に必要な設備機器やサポートスタッフ、その他の開発環境を用意できるのは企業しかありません。

まさに研究開発に必要な様々なコストを負担する企業は馬主、研究者は騎手ではないでしょうか。

競馬での勝利は確率的な事象です。レースでどのくらい勝って賞金を手にできるかは、事前には分かりません(それが分かっていればなあ・・・)。

まず、馬主は勝てる馬(開発環境)を持とうとしますが、それには膨大なお金がかかります。とはいえ、レースに勝ったら全部馬主のモノで、騎手には固定給しか払わないとなれば優秀な騎手はやって来ません。どんなに良い馬を持っていても勝てないでしょう。

優秀な騎手に乗ってもらうにはそれなりの対価が必要です。その対価が「レースに勝つ」確率を高めます。その結果、勝利の多い騎手の収入は他の騎手よりも多くなります。

企業と研究者がお互いWin-Winになれるのは、この「競馬モデル」だと思うのですが、いかがでしょうか。

(人材育成社)


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パワーポイントの提案書に惑わされてはいけない

2014年10月22日 | コンサルティング

パワーポイントが使えなくなったら、大変なことになってしまう!」

との恐怖心から、私は研修の時にはパソコン本体に入れているデータとは別に、予備のデータの入ったUSBを必ず用意しています。

研修を行う際には、もはやパワーポイントなしでは進めることはできないというくらいに、終始一貫して使用していますので、「研修の時の分身」と言っても過言ではない程に大切な存在になっています。特に、図やグラフを端的にわかりやすく表現できることは、他のソフトにはないパワーポイントの大きな魅力だと思っています。

冒頭の言葉は現在の私の正直な気持ちですが、思えば私が研修業界に入った20数年前は、パワーポイントはもちろんのこと、OHPも使わず身一つで研修を行う講師がほとんどでした。その時のことを考えれば、なければないで何とかなるのでしょうが、最近はパワーポイントばかり使い続けていることで、どっぷりと浸かってしまっている私です。さて、皆さんはパワーポイントをどれくらい使っていらっしゃいますか?

このパワーポイントについては、当ブログでも既にその功罪について10年以上前から度々指摘されていることや、1997年にAppleに復帰したスティーブ・ジョブズ氏が社内でのパワーポイントの使用を禁止したこと、さらに2008年、トヨタ自動車の社長が、パワーポイントを使うことで逆に仕事の効率化を妨げているという理由で使用を自粛するように発言したことなどを取り上げています。それらの指摘がなされてから随分と時間が経っていますが、今やパワーポイントなしでは仕事にならないという方も多いと思います。

さて、私は前述のようにパワーポイントのメリットを大いに享受しているのですが、その一方で、実は「パワーポイントを使って作成した提案書」については考えものだと思っているのです。

なぜかと言うと、最近Pパワーポイントによる企画提案書を見る機会が多かったのですが、その見た目の美しさの一方で中身が伴なっていないものも少なからずあるということを感じたからなのです。

パワーポイントのメリットを十分に生かした企画提案書は色がきれいなこともあり、ぱっと見の印象はとても良いのですが、一方で各ページごとに細かく中身を見ていくと、一面の大きなイラストの横にキャッチコピーのような短い文章があるだけで、説明のための文章としては全く不足しているため全体像がつかめないものや、イラストと文字が所狭しと並んではいるものの、名前を変えるだけで別の企業に同じ提案をすることができるのではないかと思うくらい、中身が薄いと感じるものもありました。

つまり、見た目の立派さとは裏腹に、書かれている内容にはギャップがあるものが多いというのが正直な感想でした。

そのため、顧客の側でも提案書に書かれているテーマや内容に精通していないと、つい見た目の立派さに惑わされて中身の判断を誤ってしまう可能性もあるのではないでしょうか。 

ですから、仮にこのような提案書によって自分の専門分野以外のことを提案されたとしても、中身をきちんと精査し正しい判断ができるように顧客の側でも情報収集や自己研鑚も必要ではないかと思ったのでした。

綺麗な花にはとげがあるではないですが、きれいなだけのパワーポイントにはぜひともご注意を!

(人材育成社)

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企画がやりたいんです!

2014年10月19日 | コンサルティング

「入社したら企画をやりたいんです。マーケティングとか広告宣伝とか。ダメなら海外関連部門がいいですね。それと、営業は避けたいです。ぼく、販売とか向いていないんです。」私が非常勤講師をしていたある大学でのことです。

ちょうど就活の時期が近付いてきた頃でした。授業が終わって帰り支度をしていると、その学生(経済学部3年生)は私のところにやって来て、「先生が以前勤めていたX社について知りたいので、教えてください」と言うのでした。

私は、X社では事業企画部という名前の部署に所属していました。X社のことは授業の中で少し触れたことがありました。私はその学生に「X社で何の仕事をやりたいの?」と聞きました。そのとき返ってきたのが冒頭の答えです。

私は、企画部門に配属される新人はほとんどいないし、文系の学生が入社して就く職種はほとんどが営業であるという話をしました。

すると彼は不満そうな顔になって「営業なんかじゃ僕の能力は活かせないと思うんです。ゼミはマーケティングだし、サークルで色々なイベントの企画や運営も経験しています。なんていうか、僕、作戦を立てる方が性にあっているっていうか・・・」と言いました。

「君は営業”なんて”という言うけれど、営業は自社製品と顧客を結びつける面白い仕事だよ。それに、会社が存在するために何よりも必要な売上を獲得する仕事じゃないか。」私がそう言うと、彼は不満そうに「・・・でも、やっぱり企画が良いです・・・」と小声で答えました。

私は今までに、こうしたやりとりを何度となくしたことがあります。そこそこ有名な大学の文系学生に非常によく見られる傾向と言っても良いでしょう。このように、多くの大学生の間で「企画」という言葉のかっこ良さと、「営業」という言葉のかっこ悪さはすっかり定着しています。

たしかに営業職の辛さは、容易に推測できます。炎天下や豪雨の中で外回りをする、クレーム対応でお客様に頭を下げる、成績が振るわないと上司に叱責される…すべて事実です。それに比べると企画部は様々な調査を行い、プラン立て、他の部署に実行させる…。先ほどの学生ではありませんが、「企画をやりたい」という気持ちはよくわかります。

しかし、企画部が無くても会社はつぶれませんが、営業活動を行わなずに存続できる会社はほとんどありません。今では地方自治体にも営業部門があります。

私は学生に「就活のときは、”営業が希望です”と本気で言ってください。その理由を聞かれたら”私はマーケティングを学んできたので直接顧客のニーズに触れる仕事がしたいからです”と答えてください。入社してからそのつもりで働いていれば、いつかは企画部門に異動になるかもしれませんよ。」と言うようにしています。もちろん「保証はできないけどね。」と付け加えていますが。

さて、文系の大学3年生のみなさん、そろそろ頭を切り替えておいた方が良いですよ。

(人材育成社)

 

 

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アンケートには記名欄を設けるか否か

2014年10月15日 | コンサルティング

「無記名式のアンケートにした方が良いのではないですか?」

研修終了後の受講者アンケートに、時々このような感想が書かれます。

「アンケートには記名欄を設けるか否か」は、古くて新しい議論です。

アンケートをとる目的や対象、その範囲によって、一概にどちらか一方が良いと断定できるものではないとは思いますが、私は研修アンケートに関しては記名をお願いしています。

研修の内容及び講師に対する受講者の感想は実にさまざまです。そもそも研修を受講する理由が人によりいろいろですし、研修テーマに関する受講者個々の知識や経験、スキルの量などによっても感じ方は異なるからです。

また、同じ人であっても、研修の開催時期によって研修に対する受け止め方や感想は変わってくると思います。忙しい時に自分で希望していない研修の受講を命じられれば、マイナスに感じることもあるでしょう。また、研修の内容や講師だけではなく、共に受講するメンバーの組み合わせによっても、研修後の感想は変わってくると思います。

いずれにしても、アンケートの中ではプラスの意見であってもマイナスの意見であっても、理由を具体的に示していただければ、それはとても貴重な情報になります。

マイナスと感じたのであれば、どの点について何が良くないと感じたのかを具体的に示してもらえれば、次回以降の研修の改善点が明確になるので、研修の発注側と講師側の双方にメリットがあるからです。

しかし、「記名でなければ本音で感想を書くけれど、記名をするのであれば本音では書けない」というような考え方による意見であれば、せっかくアンケートに書いていただいても、それを次に生かすことは難しいと考えています。

なぜなら、私のこれまでの経験では無記名のアンケートの場合は、「とりあえず出せばいいだろう」といった感じで、必ずしもしっかりと考えた上で意見を書いていないのではと感じる例が多いからです。

これは先日(10月8日)のブログで書いた「割れ窓理論」に通じるところです。

心理学者フィリップ・ジンバルドは、人が匿名状態にある時の行動特性を実験により検証(1969年)しています。「人は匿名性が保証されていたり、責任が分散される状態では自己規制意識が低下し、『没個性化』が生じる。その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、また周囲の人の行動に感染しやすくなる。」という結果を出しています。

例え我々講師にとって厳しい内容ではあっても、きちんと考えていただいた意見であればそれはもちろん大歓迎ですので、弊社では今後も記名式のアンケートを続けていきたいと思っています。

(人材育成社)

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マンガと研修のパブリックドメイン

2014年10月12日 | コンサルティング

「・・・マンガが他のジャンルと比べてすごいところは、マンガ家たちが、著作権とかオリジナリティーとかいうことを基本的に言わないっていう点なんです。ストーリパターンとか、キャラクター設定とか、コマ割りとか、吹き出しの使い方とか、顔の描き方とか、そういうマンガを描く技術はすべて『パブリックドメイン』なんだそうです。」これは哲学研究者の内田樹氏(うちだ たつる:神戸女学院大学名誉教授)のブログにある一文です。発言内容は京都精華大学の学長・竹宮惠子氏によるものです。

パブリックドメイン(public domain) とは、著作物や発明などの知的創作物について、知的財産権が発生していない状態又は消滅した状態のことです。一切の権利が消滅しているので、著作者の権利も存在しませんし、改変も流通も完全に自由です。

たしかに、マンガ家になろうとする人は、パブリックドメインである「マンガの技法」を習得することから始めるでしょう。ただし、ストーリーや絵自体が持つ創作性は著作権で守られていますから、描く技術があればマンガ家になれるというわけではありません。

とはいえ、ストーリーは簡単にコピーできてしまいます。マンガに限らず、小説やテレビドラマなどを見ると「どこかで聞いたような話だなあ」と思うことはよくあります。

しかし、マンガの場合は絵に個性が出ますので、真似ることでオリジナリティを損なってしまう可能性が高くなります。ところが、それを逆手にとってしまうことも可能なのがマンガの世界です。

上の画像は田中圭一氏のマンガの中の1ページですが、どう見ても手塚治虫先生の絵にしか見えません。

田中氏のオリジナリティは、手塚先生の絵を使うことによって生み出されています。絵は手塚治虫、内容は全くのギャグという高度な(?)組み合わせによって田中氏のマンガの面白さが成り立っています。パロディと言えばそれまでですが、ここまでしっかりと「手塚マンガの絵」を見せられると、かえって独創性の高さに感心してしまいます。

さて、企業研修やセミナーの世界はどうでしょうか。パブリックドメインは存在しています。しかし、講師と呼ばれる(自称する)人たちの多くは、先人たちの生み出した知識をそっくりそのまま真似て使うだけです。田中圭一氏のような高度な技術もなく、当然オリジナリティも無い人がほとんどです。

特に著名な講師の弟子のような人たちは、師匠が行う研修のコピーに終始しています。師匠の劣化版コピーのような講師ですから、当然研修料金は安く設定されています。研修を発注する側の企業の教育担当者も「XX先生の弟子なら、まあいいか。ギャラも安いし」となります。

かくして研修業界における講師の質は年々下がり続けています。グレシャムの法則を地でいっている業界かもしれません。

研修業界はマンガ業界よりもはるかに遅れているのです。

ネット時代の共生の作法 (内田樹の研究室)

学長メッセージ | 京都精華大学

(人材育成社)

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壊れた窓を放置してはいけない

2014年10月08日 | コンサルティング

ここ何年もの間、日々近所の道路の掃除をしてくださっている男性がいます。以前、その道路にはたばこの吸い殻をはじめとして、ポイ捨てされたゴミが散乱していることがありました。

その男性は片手にトングを持ち、たばこの吸い殻を一つ一つ拾い上げてはゴミ袋に入れて、道路を綺麗にしてくださっているのです。

その姿を見るたび、頭が下がる思いがするのと同時に、ゴミのポイ捨てに対しての嫌悪を感じていました。

日々、そのように感じていたのですが、ある日ふと気が付きました。それは最近、前に比べてゴミが落ちていることが減ったということです。もちろん、男性が定期的に掃除してくれているからなのですが、そもそも捨てる人自体も減ったのか、ゴミが明らかに少なくなったと感じたのです。

それはなぜでしょうか。

そこで、思い出したのが「窓割れ理論」です。窓割れ理論とは、アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案したもので、「建物の窓が壊れているのを放置すると、そこに誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓も壊されることになってしまい、最後は全て壊される」という考え方です。

窓割れ理論によれば、どのような犯罪でもそれが発生するまでにはある程度同様の経過をたどるため、治安を悪化させない、もしくは回復させるには、一見無害と感じられるような軽微な違反行為であってもきちんと取り締まる(例えばポイ捨てはしないなど)ことで、その経過を断ち切って犯罪の発生を防ぐというものです。

冒頭の例でいえば、道路にゴミが散らかったままにしておかないことでゴミのポイ捨て自体が減ったわけで、「たかがポイ捨て」と簡単にすませてしまってはいけないということです。

私が仕事でいろいろな企業を訪問する中でいつも気になるのは、社屋の清掃を意識的に行っている企業がある一方で、研修室にゴミが落ちていていてもそのまま放置されている企業もあります。

以前伺ったある企業では、研修室に捨てられたティッシュペーパーが落ちているのに、研修の担当者も次々に部屋に入ってくる受講者も誰もそれを全く気にしないのか、片づけられずに放置されたままになっていました。

仕方なく私が拾い上げたところ、今度はそれを捨てるゴミ箱がないのです。別の機会に同じ企業を訪問した時には、今度はビニール袋が床に落ちていましたが、やはり誰もそれを拾う人がいないのです。まるで、そこにゴミが落ちていることが当たり前の光景とでもいうように、皆無関心を装っていました。

たかがゴミ、されどゴミ。しかし、ゴミをそのまま放置しておくことは、組織にとっての大きな変化の前触れなのかもしれません。

さて、皆さんの組織ではゴミが落ちたままになっていませんか?

 (人材育成社)

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IT化は全体最適を実現できるのか

2014年10月05日 | コンサルティング

先日、あるITコンサルタントの講演で「情報システムのクラウド化によって社内の業務は部分最適から脱皮し、全体最適へと変化していく」という発言を聞きました。

会社の規模が大きくなるほど、部分最適(自部署の利益)と、全体最適(全社の利益)の矛盾が起こりやすくなります。

たとえば、製造業ではおなじみの「作り過ぎ」のムダがその一例です。モノ作りの工程では、短時間で出来る限りたくさんの製品を作れば、1個当たりのコストは下がるので生産性は上昇します。しかし、販売できる製品の量が限られていれば、大量の製品は在庫の山となります。在庫は売れなければ、倉庫代、保険料、陳腐化など様々なコストとなって会社の収益を圧迫します。

クラウド化によって社内の各部署(生産、販売、購買、経理等)のシステムがスムーズに連携、あるいは統合されれば部分最適は解消されていくことでしょう。

また、社内の情報は必ずしもフォーマルなデータだけではありません。そこで、基幹系情報システムで扱うことができない「報連相」データをネットワークに乗せて共有化する様々な「情報共有化システム」も販売されています。

ここまでくると、ITによって社内の情報共有化は完全に達成され、理想的な「全体最適」が実現できるように思えます。

しかし、現実は必ずしもそうではないようです。IT化が進み、情報共有のルール化が徹底されてくると、逆に「共有したくない情報」が増えてきます。

「この話が製造部に知れたらまずいことになる」、「営業部長の性格を考えるとこの数値は報告しない方がいいな」、「とりあえず今月はこの話は伏せておこう。どうせ来月には元に戻るはずだから」・・・こうした、ちょっとした(?)情報はますます増殖していきます。

IT化によって形式的な情報共有のハードルが下がってしまったため、「微妙な情報」や「感情を刺激する情報」は以前よりも陰に隠れていきます。

私は、コンサルティングや研修で訪れたいくつかの会社で、こうした「IT化による潜在リスクの深刻化症候群」を目にしてきました。

この病(やまい)の恐ろしいところは、企業規模に関係しないことです。中小企業がIT化を急ぎ過ぎて、かえって情報の停滞を起こし、業績を悪化させた例もあります。

ここでは処方箋を簡単に示すことはできませんが、弊社が実施しているコンサルティングの多くはこの病の治療であると言ってもよいでしょう。

しかし、何よりも大事なのは予防です。病にならないことがいちばんです。

くれぐれも、「全体最適」を口にする無責任なITコンサルタントにはご注意ください。

(人材育成社)

 

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言い切れば実現する可能性が高くなるのではないか

2014年10月01日 | コンサルティング

私が担当した研修の終了時に、受講者にそれぞれの今後の行動の目標を発表していただくことがよくあります。その発表を聞いていて感じるのは、「今後、○○したいと思います」というように、いわば願望の表現で締めくくる人が多いということです。「○○します」と言い切ってしまえばいいのに、と思いますが、言い切ることに抵抗があるのか、受講者の8割はその表現を使います。

一昨日の研修では、思い切って「○○します」と言い切ってみてくださいと伝えたのですが、そのように言い切れた人はごく一部でした。

もちろん、他の受講者などの聞き手がいる中で言い切ることに恥ずかしさを感じるなど、抵抗感があることはわかるのですが、あまりにも消極的な言い方だと、はたして本当にそのとおり行動するつもりがあるのかな、もしくは本当にそのようにしたいと思っているのかなと、つい考えてしまいます。

そのような時に思い出すのが、「言霊」です。

言霊とは、言葉に宿っている霊威であり、古代では言葉の通りの事象がもたらされると信じられていた考え方です。実際のところ、言霊のもたらす効果があるのかないのか、あるにしてもどれ位のものなのかを定性的や定量的に示すのはおそらく困難なのでしょうが、やはり「口に出すこと」、そして「宣言する」ことの効果はあるではないかと私は考えています。

それは、自分が口にした言葉を初めに聞くのは、実は他の誰でもない自分自身だからです。言い切ることで、そのとおりにしなければならないというある種の強制力が自分自身に働くのではないかと考えられるのです。言い切ることは、頭や心で考えていることを顕在化させる行為だとも言えるからです。

そして、それを人前で発言することは、多くの人に聞かせることになるわけですから、自らへの強制力はさらに高まるのではないでしょうか。

敢えて口にして言い切る、大勢の前で発言することの効果がすぐに出るものなのか否かはわかりませんが、たとえ何十年か経った後にでも、「あの時の発言のとおりになった」と言えたら幸せですね。

ということで、実は私の今の目標は「目前に迫った○○試験に絶対合格する」ことなのですが、ここまで書いていながら「○○」を公言することをためらっている私には、言霊は宿らない、やはり合格できないのだろうかと、自分に突っ込みを入れたのでした。

(人材育成社)

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