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会計士監査に必要な視点

2016年06月26日 | コンサルティング

今回は多少長い文章になっています。タイトルに興味の無い方にとっては退屈な内容になっていると思われますので、ご了承ください。

2015年に明らかになった東芝の会計不祥事については、経営陣の交代と監査法人(新日本監査法人)に対する行政処分によって徐々に幕が下ろされそうな雰囲気になってきました。こうした会計に関する不祥事は、記憶に新しいところでもライブドア、オリンパスなどの事例があります。アメリカのエンロン、ワールドコム事件に至っては資本主義という国の根幹を支えるシステムを揺るがす一大事でした。

会計不祥事が起こるたびに、その原因の解明と抜本的な対策が叫ばれます。東芝事件(事件とあえて書きます)に対しても、多くの専門家が問題点を指摘し、様々な改革案を発表しています。専門的な内容にあまり立ち入らずに論点を整理するならば、概ね次のようになります。

1.企業経営者の問題

確かに東芝ほどの大企業のトップなら、不適切な会計処理がどのような結果を招くかわかりそうなものです。優れた頭脳の持ち主だからこそトップの座に就けたはずなのですが・・・。東芝の不正な会計処理の発生原因は、調査に当たった第三者委員会が「経営トップによる関与によるもの」と指摘しています。そして、「経営トップがチャレンジと称して、毎月の定例会議の場で、利益などの目標の達成を強く迫っていた実態が明らかになった。」と報告しています。

これについては、ある大企業の経理部門で40年近く勤め上げてきた私の知人がかつて口にした言葉が思い出されます。「会社で出世するのは保守本流でバリバリ実績を上げてきた猛烈社員だよ。そういう奴に限って間接部門を見下す奴が多い。経理なんて帳簿を付けるだけだから、まずいことがあっても適当に処理しとけ、なんていう感じだね。」

オリンパス事件で逮捕され、懲役3年執行猶予5年の判決(金融商品取引法違反)を受けた前川剛前会長などはその典型と言えそうです。2007年(不正発覚前)の前川氏のインタビュー記事「今、若者たちへ※1」」の中で、仕事のコツは「スピード最優先、ものおじしないこと」と述べています。そして、ご自身の経験から「至誠、天に通ず」を実感したとのこと。至誠ではなく、不正が天に通じてしまったのは皮肉としか言いようがありません。

2.監査法人の問題

公認会計士は、弁護士に並ぶ非常に難しい試験に合格した企業会計の専門家です。会計士の仕事は、企業の財務情報が適正に表示されているかどうかについて、独立した立場から監査を行なうことです。会計士監査は、上場会社など社会的に影響力の大きい会社に義務付けられています。そうした会社は通常、会計士1人では手に負えないので、監査法人という会計士のチームで監査します。

ところで、監査法人の報酬は被監査会社から支払われます。「おや?不正を暴く側が暴かれる側から報酬を貰うのはおかしいのでは?」と思われたかもしれません。しかし、監査法人の仕事は不正を暴くことではなく、その会社の決算書が正しいことを証明することなので、決しておかしくはありません。健康診断を受けた人が病院に検査料を払うようなものです。

とはいえ、やはり高額の監査報酬は監査法人にとって大事な収入源ですから、長年付き合いのある会社(顧客)には、できればダメ出しをしたくはないでしょう。また、企業規模が大きくなればなるほど監査は難しくなります。特に、東芝事件に見るような大規模なシステム開発に関わる業務をしっかりとチェックすることは、情報システムの専門家ですら至難の業です※2。その結果、東芝事件で監査を担当した新日本有限責任監査法人には金融庁から21億円の課徴金と3カ月の新規契約の締結禁止などの処分が下りました。

さて、他にも法律による罰則の甘さや、内部告発が機能しない制度上の欠陥など様々な問題点が挙げられますが、そこは専門家に任せるとして、門外漢である私が処方箋を書くとするならば、次のようになります。

「会計監査に文化人類学のアプローチを取り入れる」

文化人類学とは、人の集まりである国や民族などの生活様式、言語、習慣、思考、規則や掟などについて比較研究する学問です。一般的には研究対象である集団に実際に滞在し、その文化に参加して観察する「参与観察」という手法を使います。具体的には人々の生活を観察し、統計的なデータを取る、インタビューやアンケートを行うなど、生活を共有しつつ様々な情報を集めます。このときにポイントとなるのが「いかにして本音を引き出すか」ということです。よそ者がやって来て、いきなり色々と質問されても普通は建前しか話さないでしょう。その点、参与観察の手法は外部の人には閉ざされているような特異な集団の調査では威力を発揮します。多少脱線しますが、当社のコンサルティング業務においてもその手法(ディープインタビュー)は本音を引き出す上で非常に役に立ちました。

さらに重要な点は、文化人類学が考える文化の概念がきわめて多様であるということです。すなわち「互いに異なる集団に属する人間は、互いに異なる習慣や考え方を持っている」という大前提です。したがって、調査に当たっては先入観やあいまいな情報はすべて排除してかかることになります。

会計士監査の最大の問題は、監査対象である企業を「文化を持つ集団」として見ていないことです。

公認会計士法第1条に、公認会計士の使命は「会社等が作成する貸借対照表、損益計算書等の財務書類はもちろんのこと、広く財務に関する情報の信頼性を公認会計士が監査を通じて付与する」とあるように、財務に関する情報については十分に調査をしますが、それ以外のことについては触れていません。「会計士」という専門家としては当然のことでしょう。

しかし、東芝事件を見てもはっきりとわかるように、会計不正の根幹にあるのは企業文化です。企業を一つの民族や宗教集団とみなすのは行き過ぎでしょうけれど、文化人類学のアプローチを身に付けていれば、東芝という集団を見る目も確実に違っていたはずです。

会計士が文化人類学を学ぶことで財務とは異なる視点を持つことができれば、監査自体が非常にやりやすくなることは間違いありません。監査対象である財務数値を作りだすのは、独自の文化を持つ企業という集団に属する人間なのですから。

(人材育成社)

※ 以下を参考にしました。

1)http://www.adnet.jp/nikkei/morning/young/kimini/03.html

2)http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1509/09/news019.html