イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

マッコリ・イン・トランスレーション ~オモビニを探してソウルフルな旅~ 4

2008年06月22日 22時58分51秒 | 旅行記
ソウル駅に出た。駅舎は新しく、躍進する韓国経済を象徴するかのように、巨大で、デザインも洗練されている。まるで空港のようだ。隣の旧駅舎も歴史を感じさせる趣のある建物で、なんともいえない雰囲気がある。駅前はかなりスペースがあり、広場のようになっている。

どこからともなく、ラテンな民族音楽が聴こえてきた。見ると、中南米系のバンドが路上で演奏をしている。日本でもよく見かける光景だ(小金井公園でも、イベント時などに彼らそっくりな人たちがアンデス風の曲を演奏している。ひょっとして、同じバンドがソウルまで営業しにきているのか?)。バンドの周りに集まっている観客は、なぜかおっさんが多い。そのラテンバンドと微妙な距離感を保ちながらも、気持ちよさそうに、あるいはものめずらしそうに、メロディに聴き入っている。くわえタバコの人たちも多い。これが東京の都心とかだと、おっさんたちは、忙しく歩いていた足をつい止めて、二、三曲バンドの演奏に聴き入いると、また現実の島耕作的なサラリーマン世界に戻るために足早に去っていく、という風になるのかもしれない。だけど、土曜日ということもあるのだろう、この駅前にいるオッサンたちはどこかのんびりとしている。別に、このバンドがいなくても、この駅前のあたりをブラブラしていた人たちという気がする。

着ている服も、黒とか茶とかの地味目の色が多くて、なんとなくかつては昭和のプロレス会場にたくさんいた「普段は真面目に働いてるんだけど、休日は特にやることもなくて割とヒマなお父さん」みたいなノリを感じる。そういう昭和なお父さんは、土日になるとありあまる時間と調和するようにスローに行動していたような気がする。釣りにいったり、パチンコしたり、盆栽したり、将棋を指したり、テレビで『笑点』を見たり。そしてお父さんたちは、たまに地元にプロレスが巡業しにくると、そそくさと出かけていき、地味なスラックスととっくりのセーターなんか着て、腕組みして真面目な顔をして猪木とか坂口とか小林とかの正統派ストロングスタイルな試合を観戦していたものなのである。このソウルのおっさんたちにも、同じ匂いを感じる。ヒマなら、パチンコでもやってそうな雰囲気。そういえば、韓国にはパチンコ屋がない。以前はあったものが現在は法律で禁止されているのだそうだ。

ともかく、ヒマそうなおっさんたちがいる。そして、ソウルの駅前には、あるいはソウルの街全体には、そんなおっさんたちがウロウロできるスペースとゆったりした時間の流れがある。そこに生きている人たちの、受け皿がちゃんとある。そんな気がしたのだった。

駅の構内を歩くと、軍服を着た若者が多くいた。兵役に服している人たちなのだろう。この駅から電車にのれば、ソウル以外の都市や地方に行くことが可能だ。もう一度韓国を訪れて、ソウル以外の街を散策してみたい。そんな日が来るといいな、と思った。

駅の隣にある、ロッテマートという大型スーパーマーケットを覗いてみることにした。最大規模のイトーヨーカドーといったところか。欧米のスーパーのようなダイナミックな雰囲気も併せ持っているけど、生鮮食品の豊富さとか、随所にある試食コーナーとか、細やかなレイアウトなんかは、やはり日本と感性が近いものを感じる。スーパーの品物を見て回るのがとても好きなので、ぐるぐると特に買うものもないのに歩き続ける。面白い。魚は、日本で売っているものととても種類が似ている。キムチはさすがに種類が豊富だ。調味料もかなりバラエティが豊富だ。日本の食材もたくさん売られていた。お菓子とかビールなんかは、人気があるようだ。確かに、日本ほど手を変え品を変えしてこれらの新商品を市場に投入している国もないのかもしれない。ちなみに、韓国産ビールの銘柄は、僕の見る限り、CASS、HITE、OBの3つがメジャーらしい。日本ではあまりお目にかからないような気がするが、どれも美味しかった。

店内のフードコートでトッポギを食べ、お菓子とか、韓国のりとか、ビールとか、ホテル用の食材を少々買う。もう、3時間近く歩き続けていた。少々疲れたので、ヨメはホテルに戻るという。僕はまだ歩き足りないので、一人で歩き続けることにしたのだが、とりあえず、ヨメと一緒にタクシーでホテルまで戻ることにした。駅の裏のタクシー乗り場にいくと、六十代と思わしき運転手さんが車の外でタバコを吸っていた。僕たちが日本人だと分かると、足でタバコをもみ消し、片言の日本語で話しかけてきてくれた。「ロッテデパートの近く? OK」とおっさんは少し嬉しそうに言うと、車を走らせ始めた。

道すがら、運転手のおっさんはあちこちを指差しながら、「あれはソウル駅」、「あれは南大門(南大門は焼失事件の後、四方が壁で覆われていて、その壁に元の門の姿がほぼ同じ大きさで描かれている)」、「あれは韓国銀行」、と教えてくれる。ただ、単語以上のことを説明しようとすると上手言葉がでてこないようで、もどかしそうに何かを言いかけては、韓国語で続きをしゃべってくれる。それでも、少しでも日本語で何かを伝えようとしてくれただけでも十分だ。彼の気持ちが感じられるから、それだけでうれしい。こっちも韓国語がしゃべれたら、もっといろいろと話せるのに。片言とはいえ、地元の人と言葉を交わすと、外国に来た実感が沸き、急にその国を身近に感じる。そしてこのときは、おっさんの口から聞こえてきた日本語に、韓国と日本の歴史が、ずっしりとした手ごたえとともに、ぐっとこちらに迫ってきたような気がした。

彼がどこで日本語を覚えたか、どういう心境で日本語を日本人に対して使ってくれているのか。彼個人が体験してきた歴史、日本人に対する感情の複雑さ、それらは、決して軽はずみに僕などが理解できると思ってしまえる類のものではないはずだ。彼と僕とでは、生きてきた時代の厳しさが違いすぎる。救いなのは、少なくともこの目に映っているこの体躯のいいおじさんが、今この瞬間、人が良くて、サービス精神があって、知っている外国語をしゃべるのが楽しくて、という人であることが、嘘ではないということが直感としてわかることだ。その背後に、とてつもなく大きなものが隠されていようとも。タクシーはホテルに着いた。おっさん、カニサムニダ。おつりはいらないです、と言ったら、嬉しそうに、恥ずかしそうにおっさんは笑った。

ヨメはホテルで少し寝るという。まだ五時。晩御飯までに戻ってくると約束し、僕は一人でソウル散策を続けることにした。

ドライバーの片言途切れ日暮れゆくソウルの街をタクシーは行き

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昨日はあさま組の勉強会でした。夏目さんに最新訳書『知をみがく言葉』をいただきました。先生、ありがとうございました!

帰り道、中野で降りて、ブロードウェイに行き、以下を購入。ひさびさに手ごたえを感じる充実のセレクション。さすがブロードウェイ。

『黒猫・黄金虫』ポー著/佐々木直次郎訳
『地底旅行』ヴェルヌ著/石川湧訳
『むさし走査線』かんべむさし
『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』トーマス・マン著/高橋義孝訳
『本業』水道橋博士
『えっ、これを食わずに生きてたの?』寺門ジモン
『猿を探しに』柴田元幸
『中原中也詩集』大岡昇平編



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